第65話 伝言

 * * *


 ユーライたちは、ルベルトとのやり取りが終わったその日のうちにルギマーノを出て、グリモワに向かった。


 スケルトンの馬に乗れば二日かかる道のりだったのだが、十メートル級の悪鬼を移動手段として利用したら、三時間ほどで到着した。


 悪鬼の使い方としては間違っていたものの、すぐに帰りつけたのは良かった。


 同行者は少し遠い目をしていたようだが、ユーライは見なかったことにした。


 ちなみに、ディーナはもちろん、フィーアとギルカの部下たちも連れて帰っている。


 グリモワに到着すると、ユーライが残していた悪鬼は倒されていたが、それ以外で特に変わったところはない。人気ひとけのない寂れた町並みに、ほっとするような、少し寂しくなるような、複雑な気持ちだった。


 領主城に帰ったら、ユーライはひとまずセレスを軽く小突いておいた。



「お前さぁ、私たちの仲間じゃないってのはわかってるけど、すんなりとラグヴェラたちを誘拐させるなよ。毎日ご飯も作ってもらってるくせに、恩義とか感じないわけ?」



 呆れるユーライに、セレスは言う。



「相手があいつらを傷つけようとしていたなら守ったさ。傷つけるつもりも殺すつもりもないって話だったから、手を出さなかったんだよ」


「……それなら、危ないときは本当に守れよな。恩のある相手を見捨てるとか、人としてどうかと思う」


「魔物に人間の善悪を説かれるとはね。ますます魔王らしくない奴だ。しかし……私にだって譲れないものはある。守るべきものは守るさ」



 セレスは仲間ではない。それでもセレスなりの正義はあるはずで、ラグヴェラとジーヴィを守ることは、その正義に含まれているはず。セレスは意外とまっとうな奴だと、ユーライは感じている。


 その翌朝。



「魔王様。教主様からのお返事が届いております」



 朝食前にフィーアがそう言った。


 ユーライは外にいたギルカを食堂に呼びつつ、朝食を摂りながら教主からのメッセージを聞いた。なお、食堂にいたのは、ユーライ、クレア、リピア、ギルカ、セレス、ラグヴェラ、ジーヴィ、フィーアだ。


 教主からの伝言をざっくり言うと。


 フィーアが迷惑をかけてしまい申し訳ない。


 フィーアにはもう魔王様の意志に背くことはさせない。


 フィーアをしばらく魔王様の側に置いてやってほしい。悪いところは矯正してやってくれ。どうにもならないと思ったら殺し良い。


 魔王様が暴力による世界の支配を望まないのであれば、教団はその意志を尊重する。


 教団は魔王様と共にあるので、必要なときにいつでも力を貸す。


 情報集めなども可能。また、各地に潜伏する教団員に、魔王様に好意的な発言をさせ、僅かながら世論を誘導することも可能。


 一度直接会って話したいが、今は遠方に滞在しているため、それはまたの機会に。



「……なかなか胡散臭い奴だな。私に協力的な姿勢を見せてるけど、実のところ何を考えているのかわからない。絶対何か裏で画策してる」



 教主エルクィドからの伝言を聞き、ユーライは率直にそう思った。


 しかし、フィーアはにっこり笑顔で言う。



「魔王様には到底及びませんが、教主様も素敵なお方です。きっと魔王様にとって良き協力者になると、わたくしは信じています」


「……お前に言われてもなぁ。クレアたちはどう思う? 信用できる相手か?」


「全く信用できない」


「おれもそう思います。信用していい相手ではありません」


「……あちしも、胡散臭いと思う」



 クレア、ギルカ、リピアも、やはり教主を怪しい人物だと判断した。



「だよなぁ……」



 相手を油断させるため、好意的な雰囲気を出しているとしか思えない。



「フィーア。教主に伝えておけ。私は魔王教団の力を借りるつもりはないし、できる限り関わるつもりもない。それに、余計なことをするならまず魔王教団から滅ぼす」


「わかりました。伝えておきます。……けれど、少しでも気が変わりましたら、まずはわたくしになんでもご命令ください。魔王様のためであれば、わたくしはどんな仕事も致します。暗殺でも、虐殺でも!」


「いや、そういう仕事は一切させるつもりない。私は人間と共存して生きていくつもりだって、いい加減理解しろ」


「……魔王様がそうおっしゃるのであれば従います。

 しかし、いずれ魔王様も人間の醜さを理解する日が来ます。そのときには、わたくしは人類を根絶やしにするお手伝いをさせていただきます」



 人類根絶やしを宣言するフィーアは、相変わらず良い笑顔を浮かべている。その笑顔が気持ち悪く、危うすぎるとユーライは感じる。ただ、何を考えているのかはわかりやすいので、教主よりは怪しくない。



(……魔法を使えなくしておけば、こいつはそう危険な存在でもないはず。少し様子を見ておこう……)



 それからしばらくは、平穏な日々が続いた。


 フィーアは大きな問題を起こすことなく、静かに日々を過ごしていた。ただ、フィーアがやたらとユーライと接触を試みたり、同じ部屋で寝泊まりしようとするので、クレアとリピアから冷たく扱われている。


 いつか大事おおごとになるのではないかと、ユーライは少し不安。


 ドワーフのディーナは、なかなかユーライには慣れないものの、無眼族の三人娘とは親しくなった。ワイワイと談笑することも多いし、ラグヴェラとジーヴィとは同じ部屋で寝泊まりしている。


 ディーナがどうして監視役として選ばれたのかは、ユーライにはよくわからない。ちょっと気弱で心優しい女の子にしか見えず、少なくとも暗殺などを実行できる相手ではない。情報収集にも長けておらず、そもそもユーライとの接触は極力さけている。


 危険な感じはしないので、ディーナのことは放置している。


 そうこうするうちに、十日が過ぎた。


 寒さは増しているが、意外と吹雪くようなことはない。どうやら雪が降りやすい地域ではないらしい。


 気温はマイナス二十度くらいまで下がるらしいが、グリモワでは暖を取るための魔法具が充実しているため、外が寒くてもそう問題はない。ただ、外に出て清掃活動をするという雰囲気でもないので、ギルカの部下たちも室内で過ごすことが増えた。


 ユーゼフとルギマーノも、以前のような落ち着きを取り戻しているらしい。


 色々と不満はくすぶっているが、まっとうな暮らしを営めるようになり、市民はその不満を飲み込でいる状況。


 冒険者ギルドとリバルト王家も、ユーライのことはしばらくは様子見状態。ユーライが問題を起こさなければ、そのまま共存の道も見えるかもしれない。


 ちなみに、ずっと塞ぎ込んでいたアクウェルが、ようやく少しずつ外に顔を出すようになった。ただ、ユーライを仲間とは認めていないようで、いつもパーティーメンバーの三人をはべらせている。


 ユーライとしては全く問題ないので、好きにしてくれという感じだった。


 何事も起きない日々は、少しばかり退屈かもしれない。


 でも、それがいいと、ユーライは思う。


 変なトラブルは起きなくていい。誰かを殺さなければいけない事態にはならないでほしい。


 そう願っていたのだけれど。


 平穏は、そう長く続かなかった。

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