第62話 子供

 ユーライは、あの日見たクレアの寂しげ表情を覚えている。


 大切な友人とたもとを分かつに至り、魂の半分を削がれたような顔をしていた。


 それでも、まだエマとエメラルダが生きていることは、クレアにとって救いだろう。



(たぶん、セイリーン教っていうのは、邪神の言ってた潔癖な神の派閥。魔王の存在を許さない神がトップにいるなら、断固討伐って言うよな。……エマとエメラルダは生かしてやりたかったんだけど、それも難しい? いや、セイリーン教から抜けさせればいいか……?)



 ユーライはクレアの方を向き、尋ねる。



「クレア。エマとエメラルダ、死なせたくないよな?」


「……その問いに答えるなら、死なせたくはない」


「それ以外の教会関係者は?」


「……死んでほしくないとは思う。一部、狂信的な者がいるのも事実だけれど、善良な人だってたくさんいる。魔王討伐とかではなく、世界の平和だとか、人々の幸せな暮らしだとかを純粋に願っている人たちのことは、殺さなくてもいいかもしれない……」


「ま、そうだよな。教会関係者だからって、全員が私の敵ってわけじゃない。戦うにしても、相手は選びたいところだ……」



 その方法は、すぐには思いつかない。


 しかし、セイリーン教の者だからといって皆殺しにするのは避けたいところ。



「私の力で何かいい感じにできたらいいな。まぁ、これは後で考えるとして。クレア、ちなみにだけど、セイリーン教には私に対抗できる人材がいる? 聖騎士団はほぼ壊滅状態のはずだよな?」


「……人に限定しなければ、聖歌隊、退魔の神剣、そして祝福の子が脅威になりうる。

 聖歌隊は、特別な儀式場を用意する必要があるけど、大人数で強力な魔法を使う。

 退魔の神剣は、魔物に対して絶大な威力を発揮する剣。誰でも扱えるのは厄介かも。

 祝福の子は、まだ幼いけれど、才能に恵まれているし、いずれは一等級の冒険者を圧倒する力を身につけるかもしれない」



(クレアの口から初めて祝福の子の話を聞いたな。一応、初めて聞く風で話してみるか……)



「へぇ……。その祝福の子ってのは、やっぱり聖都に? クレアは会ったことある?」


「聖都にいる。あたしは見かけたことくらいならあるけど、話したことはない。特別な子だからと、隔離されて育てられている」


「その子、今何歳?」


「五歳だったはず。金髪碧眼の、可愛らしい女の子」


「そっか。……私としては今の内に殺しておく方がいいけど、流石に可哀想だな……」



(同郷の転生者なら、殺さずに話し合いで解決できるはず。セイリーン教と切り離せれば、殺す必要はない)



「……将来的には、ユーライにとって一番の脅威になるかもしれない。ユーライが殺せないなら、あたしがこの手で……」


「まぁ、落ち着いて。相手はまだ幼児だろ? 一度様子を見てから考えよう」


「……わかった」



 ともあれ、ユーライは国内における自分の置かれた状況をなんとなく把握した。



「ルベルト、ちなみに、他国の動きはどう?」


「様々だ。断固討伐すべしという国もあれば、今のうちから取り入ろうとしている国もある。ただ、俺はあまり他国の情報を知らない」


「ルベルトはただの冒険者だもんな。わかった。私からルベルトに訊きたいことはもうないかな。脅迫のことは許すから、帰っていいよ」


「ちょっと待ってくれ」


「ん?」


「ディーナを、魔王殿の側に置いてやってほしい。冒険者ギルドとの連絡係、そして、魔王殿が真に共存を目指しているか見極める、調査員として」


「……私はいいけど、ディーナはそれでいいわけ? 私のこと、怖いんでしょ?」



 ユーライは、ルベルトの隣に座るディーナに視線をやる。それだけでディーナはビクリと体を震わせ、視線をさまよわせる。



「あ、その、ボクは……もう、その仕事、引き受けるって、言ってるから……っ」


「話はついてるのか。まぁ、わかった。グリモワにおいで」


「う、うんっ」



 ディーナはガチガチである。仕事を引き受けたことをとても後悔していそうだ。



「……なぁ、ルベルト、本当にこいつでいいの? もっとしっかりした奴の方が良くない? 私が普通に接してるだけで、いつも威圧してくる恐ろしい奴だとか報告されても困るよ?」


「……こちらとしては、他に適任者はいないと判断している」


「ふぅん……? そう。わかった」



(ルベルトは、たぶんバカじゃない。何かの意図があってディーナを送り込もうとしてる。何か特殊なスキルでも持ってるのか……?)



 考えてみるが、ユーライにはわからない。


 もし何か不審な動きがあれば容赦はしない、とだけ決めておく。



「ルベルトからも以上?」


「こちらからは、もうない」


「ん。それじゃ、もう終わり。……あーあ、なんだか堅苦しい話をすることが増えちゃって、困ったもんだよ」



 ユーライは体を弛緩させ、ソファに背中を預ける。



「……魔王殿は、魔王でありながら普通の少女のような雰囲気だな」


「そりゃそうだよ。私、魔王っていう肩書きがあって、強力な魔法は使えるけど、中身は普通の子供と変わらないんだから」


「そうか……」


「私は王族でも貴族でもない。元々はただの理性を持つ魔物。国がどうとか考えず、自由気ままにのんびりできれば、それでいいんだよ」


「……歴史書に残る魔王とはだいぶ印象が違う。歴史上、魔王とは悪の化身だったはずだが……」


「昔の魔王なんて知らないよ。私は私。力が強いだけの普通の小娘。周りが騒ぎすぎなんだって」


「……直接話すと、確かにそういう印象だな。このことも、冒険者ギルドのリバルト王国本部に報告しておこう」


「うん。よろしく。っていうか、ルベルトは本部からの依頼でここに来たんだよな? 本部って、ルギマーノとかユーゼフのギルドのことはどう思ってるの? 魔王に寝返った敵だとか?」


「そんなことはない。それぞれの最善を尽くしていると認識している」


「そっか。ここのギルド長に誘拐のことは言ってなかったみたいだけど、仲間として見てないわけじゃないんだな?」


「これはほぼ俺の独断だ。魔王殿を怒らせてしまったなら、俺の命を差し出して許しを乞うつもりだった。もっとも、セレスに魔王殿の評価を聞いた限りでは、この程度で怒り狂うことはないと踏んでいたが」


「……そういや、セレスはグリモワにいるんだった。あいつ、少しは護衛とかしてくれりゃいいのに」


「自分は魔王殿の敵でも味方でもない……。そんなことを言っていた」


「ああ、そうかい。しょうがない奴だ……。私も仲間だとは思ってないけどさ」



 ユーライが溜息をつくと、ルベルトがふっと小さく笑った。


 半分がミイラでなかったなら、様になっていたことだろう。



「……ルベルト。その顔のことだけど、私なら直すこともできる。お前が今後私たちのために頑張ってくれたら、元に戻してやる。具体的には、私たちと冒険者ギルド全体が友好的になれるように頑張ってくれ」


「それはいいことを聞いた。期待に応えられるよう、尽力しよう」



 これで対談が終わり、ルベルトは去っていった。


 ディーナは残ったが、やはりユーライに恐れを抱いているようで、慣れるまでしばらく時間がかかるだろう。


 リピアとは自然と接することができているので、グリモワに来ても孤独になることはなさそうだ。



「……長くグリモワを留守にするのもよくない。知らないうちに占拠とかされたくないし、そろそろ帰ろう」

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