第123話 容赦
* * *
死後三日以内であれば、ユーライは死者を生き返らせることができる。
ただし、その代償として一万人の生け贄を必要とする。
それだけで済めばまだ良い。
反魂を使うには、闇落ちも使う必要がある。
闇落ち状態ではほぼ理性が飛んでしまい、勢いでより多くの人を殺めてしまうかもしれない。
一万人どころか、国中の人を殺してしまう可能性もあるのだ。
(反魂は、気軽には使えない。でも、でも……! なんでリフィリスが狙われるんだよ! もうリフィリスは世界の脅威でもなんでもない! ここにいる人なら、それはもうわかってるはずだろ!?)
考えてみても、ユーライにはわからない。
やがて、ギルカが昨日会ったあのメイドの首を持ってきた。
それだけで、リフィリスを狙ったのがラーカイルだとわかった。
「……なんで、あいつはリフィリスを殺したんだ?」
クレアに抱きしめられながら、ユーライは血を滴らせる首に向かって問いかける。首から答えが返ってくるはずもないのだが、ギルカが口を開く。
「リフィリスを生き返らせるついででいいから、エレノアも生き返らせてほしい、ということのようです」
「……は? バカなの? あいつ、この国の王子だろ? 大量の生け贄が必要だってこと、知ってるんだろ? 国民を犠牲にしてでも、妹の命を優先するのかよ?」
「ラーカイルにとっては、それだけの価値がある存在だったようです」
「……大切な人が死ぬことを許せないって気持ちは、わかるけどさぁ!」
実際、ユーライはクレアとリピアのために、二万以上の人間を殺した。
ラーカイルを一方的に責めるのは、おかしな話だろう。
ノギア帝国の第二皇子よりは、人々に犠牲を強いる理由も納得できる。
納得できるとしても、犠牲になる人間からすれば、そんなものは知ったことではないだろう。
(国中の人を犠牲にして、本当にリフィリスとエレノアを生き返らせてやろうか? エレノアを蘇生できるかは知らないけど! ああ、嫌な感情が溢れそうになる……っ。落ち着け……ここで暴走すれば、私の大切な人も犠牲になる……っ。皆を巻き添えにするな……っ)
ユーライは、溢れそうになるものを必死に抑え込む。
クレアがユーライを抱きしめる力も増した。
「ユーライ。あなたが何を選択するかは、あなたが決めればいい。でも、せめて、怒りや悲しみに支配されたまま、決めてしまわないで……」
「わかってる……。わかってるよ……」
ユーライが心を落ち着かせるのに、しばらくかかった。
その間、リピアは城の人に頼んで木の箱をもらい、それにリフィリスの骨を納めていた。骨が残っていれば、まだ復活は可能。三日間は、どうするか考える余裕がある。
また、ギルカと城の者たちが、ラーカイルを探し出し、捕らえた。特に隠れていたわけでもなく、自分に何が起きようと構わないという風に、自室で待機していたらしい。ちなみに、リフィリスを射抜いたのはメイドで、焼いたのはラーカイルだそうだ。
そして、ユーライたちは、もう一度玉座の間に案内された。
「我が息子の愚行、申し訳なかった……。国を代表し、謝罪する。そして、息子は厳罰に処する故、国を滅亡させることは、容赦してもらえないだろうか……」
王様がユーライたちの前で膝をつき、頭を下げた。集まった家臣たちの困惑を見るに、随分と異例のこと。
「……ラーカイルは殺します。ただ、それ以外の人を殺そうとは考えていません」
リフィリスを生き返らせたい気持ちはある。
でも、冷静に考えれば、そのため無関係の人を一万人も殺すのはやりすぎだ。
「息子の処刑は、我らの手で行っても良いだろうか。魔王殿が私憤に駆られて殺めたとするより、今後の印象も良い」
「……ああ、そうですね。それでいいですよ。私が殺すとやりすぎてしまいますし、きっとその方がいいです」
ただ殺すだけで終われるわけもない。
散々苦しませてから殺すことになる。
それは、きっと良くない。
「温情、感謝する」
ラーカイルの処刑は、明後日に行われることになった。それまで、ユーライたちは王城への滞在を許可された。
再び来賓用の部屋に通されて、ユーライはベッドに倒れこむ。何もする気が起きなかったし、何かをしようとすれば、大量虐殺でも始めてしまいそうだった。
部屋には一緒に来た面子が揃っていて、ユーライの様子をうかがっている。
重い空気の中、フィーアが軽い口調で言う。
「魔王様。遠慮は要りません。さっさとこの国の者たちを犠牲にして、リフィリスを生き返らせてしまいましょう。あの子もまだ死にたくないと願っているはずです」
「お前くらい簡単に決められれば、私も楽だけどなぁ……」
「本当に、このままリフィリスを死なせてしまうのですか? わたくしからすると気に入りませんが、大切な存在なのでしょう?」
「ああ、大切だよ。それは間違いない……」
「では、やってしまいましょう! 文句を言う者も、全部まとめて消し去ってしまえばいいのです!」
「フィーアって、本当に危うい奴だよな……」
フィーアはまだ何かを言おうとしていたが、それはクレアに遮られる。
「ユーライ。あたしの希望を述べるなら、リフィリスのことは諦めてほしい。ユーライには、もう大量殺戮なんてしてほしくない」
「……うん」
「今も、よく耐えてくれた。これはとても大事なことだと思う。ユーライがこの先、人間と共に生きていくのなら、こんな状況でも感情を制御するのは大切なこと。人間側も、ユーライを信頼するようになる」
「……うん」
「それに、死者蘇生の力は、人間にとって危険すぎる。ユーライがもうその力を使わないと決めて、誰が死んでも復活させないという姿勢を貫くのは、ユーライが平穏な日々を送る上で必須だとも思う」
「……そうかもしれない」
「そして、大切な人を失う痛みを共有できてこそ、ユーライは人と共に生きられるのだとも思う。何を選ぶにしても、それは忘れないで」
「……わかった。ありがとう」
ユーライは深く息を吐く。
まだ何も決まらない。
黒い感情に支配されずに済んでいるのも、まだリフィリスを蘇生できる可能性が残っているからかもしれない。
「……少し、休むよ。皆、心配かけてごめん」
ユーライは目を閉じる。
何も考えないように努めたけれど、リフィリスの笑顔がずっと脳裏に浮かんでいた。
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