第124話 宣戦布告

 二日経ち、ラーカイルは予告通りに処刑された。


 公開処刑とはならず、薄暗い地下室で、ユーライたちの前で首を落とされた。


 ラーカイルは最後までユーライにエレノアの蘇生を訴えていたが、ユーライは聞き流した。


 リフィリスを生き返らせるかどうかは、二日悩んでも答えは出ない。


 このまま悩み続けて、結局何も決められず、期限を過ぎるのだろうとも思った。


 それで良いのだろうとも、思った。



(色々と悩むことが増えた。もっとシンプルに、気楽に生きていたかった。神様みたいな力なんていらなくて、ただ日々を穏やかに過ごしたかった。それだけなのに……)



 そんなことを思いながら、ユーライは仲間と共に王城を後にする。


 空は程良く曇っていて、ユーライには丁度良い。



「あーあ。エレノアの遺体なんて、持ってこなきゃ良かったかな……。魔法具だけ寄越せって言ってたら、こうはならなかったのに……」



 王城前の庭を進みつつ、ユーライはぼやく。


 箱に入ったリフィリスの遺骨は、ユーライが抱きかかえている。いざとなれば、いつでもリフィリスを蘇生できるように。


 ただの横暴な魔王にならないようにしようとしたが、それが逆に悪い結果を招いた。そもそも、あるべき場所に遺体を返しただけで、何か見返りを求めようとしたのが間違いだったのかもしれない。


 何が原因だとかいうことはなくて、たまたま巡り合わせが悪かったのかもしれない。


 因果関係なんて、人が勝手に後付けするだけ。理不尽な死はいくらでもある。何か悪いことをしたら天罰が下るというのは、単なる人間の願望。悪いことをしている奴らが得をするなんて我慢ならないから、そうあってほしいと思っているだけ。



「……リフィリスは、死んだのか」



 生き返らせることはできる。


 でも、もうきっと生き返らせることはしない。


 ユーライは、そうするだろうとなんとなく悟っていた。


 それを自覚して、ようやく涙が溢れてきた。


 静かに泣きじゃくるユーライに、クレアとリピアが優しく寄り添ってくれた。


 護衛としてついてきたガリム含む数名の兵士たちが、困惑顔でユーライたちを見ていた。


 ふと、空を何か大きな気配が駆け抜けた。



「……今度は、なんだ?」



 空を見上げれば、一頭の竜。紅い鱗には見覚えがあった。



「ラグゥ……? このタイミングで来るのかよ……。もう戦う理由はなくなったのに……」



 ラグゥは、ユーライの存在が魔物を活性化させることなどを懸念していた。リフィリスがいなくなり、その心配がなくなった今では、ラグゥがユーライと戦う理由がない。



「……ラグゥなら、それはもう感じ取れているはずじゃないのか? 単に様子を確認しに来ただけか?」



 状況を説明すれば、ラグゥはすぐに去っていく。


 ユーライはそう思い、のんきに空を眺めた。


 しかし、そこで脳裏に声が響く。



『わたくしはシェイラン聖王国の聖女、ファイスです。我々は、魔王と手を組んだリバルト王国に宣戦布告します』



 伝達魔法の類を使っているらしい。その声は、ユーライだけではなく、周りにいる者たちにも届いている。



「んん? シェイラン聖王国の聖女? 竜族だけじゃなくて、聖王国も絡んでるのか? っつーか、こいつは何を言ってるんだ? 私、リバルト王国と手を組んだ覚えはないぞ?」



 ユーライが首を傾げていると、クレアが言う。



「……どうやら、シェイラン聖王国と竜族が手を組んだみたい。そして、事実は関係なく、戦争を仕掛けるための口実を口にしているのだと思う」


「口実ね……。その辺の機微はよくわかんないや。それより、竜族だけじゃ私に勝てないから、聖王国と手を組んだってことかな? 聖王国の連中って、セイリーン教の信者とは違うんだよな?」


「違う。信仰している神様は同じはずなのだけれど、教義や考え方には違いがある。とはいえ、苛烈さには似通ったところがあるのかもしれない」


「……だな」



 ユーライの感覚からすると、同じ神様を信仰しているのに教義や考え方が違うことには違和感がある。


 しかし、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は全て同じ神様を信じているという話を聞いたことがあるので、異世界でも同じことが起きているだけかもしれない。


 神様がたまにしか人間に干渉しないのであれば、それをどう解釈し、利用するのかは、人間次第だ。



「それで、宣戦布告ってことは、ここを戦場にするつもりか? 非戦闘員も巻き込んで? そんなの、今暴れてる魔物の軍とやってることが同じじゃないか。なんでそんなことができるんだよ」


「……世の中には、常人とかけ離れた思考をしている者も少なからずいる。あれはそういう連中」


「はぁ……。あんな奴らがいたら、私もゆっくり泣いてられないじゃん。うっとうしい奴らだなぁ……!」



 ラグゥは王都の上空を旋回している。


 気配を探ると、その背中に嫌な魔力。聖女はラグゥの背に乗っているようだ。



『……リバルト王国は魔王と手を組み、世界を支配しようとしています。邪悪な国の存在を、我々は許しません。偉大なる神に代わり、我々がリバルト王国を滅ぼします』


「……滅ぼす、ね。一体どうするつもりなんだ? やけに自信がありそうだけど、私に勝てる見込みが本当にあるのか?」



 ユーライは首を傾げる。



『それでは、王都の皆さん、さようなら。死んでください』



 直後、王都に超高速で何かが落下した。


 凶悪な爆弾でも爆発したかのような衝撃。


 その後、ユーライの意識は途絶えた。

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