第4話 闇落ち
目を覚ました
何が起きたのか話せと命じられ、遊雷は素直に全てを話したのだが、保身のために嘘をついているだのなんだのと否定された。そして、拷問は続いた。
もはや事情を聞くためではなく、大切な姫様を失った怒りをぶつけるため、利用されているだけだった。
拷問を続けるために回復魔法をかけられる……などという地獄のような時間も、大いに遊雷の精神を削った。
(……こんなことなら、さっさと死にたい。早く殺せよ……クズが)
救いのない状況に、遊雷は何度そう思ったかわからない。
(自死用のスキルとかないかな……ん?)
ぼんやりした頭で、自分のスキルを確認する。
すると、闇落ち、というスキルを新しく獲得していた。
(……なんだこれ? 効果は……発動中、暗黒魔法の威力を飛躍的に引き上げる、そして特別な魔法を使えるようになる、か。副作用……精神を病む。はは、病んだら今の状況をむしろ楽しめたりしないかね?)
拷問は続いている。宙づりにされた状態で、腹から内蔵を引きずり出されるという意味のわからないものだが、何度もされているので、少し慣れた感がある。
なお、目は潰されたままだが、切断された手足は今のところ復活している。もっとも、全ての指が潰され、痛みを伝えることしかしてくれないが。
(……まぁいいや。考えるのも面倒臭い……。闇落ち、発動)
途端に、遊雷は体が燃えるように熱くなるのを感じ取る。同時に、先ほどまでの無気力を吹き飛ばす、どす黒い怒りが沸いてくる。
「な、なんだ!? 急に魔力が……!?」
「おい、殺せ! 今すぐ殺せ! 危険だ!」
周囲が慌ただしくなる。
相手が何かをしてくる前に、遊雷は別の魔法を発動。
当初は使えなかった、特別な魔法だ。
「
「うわ! 体が動かない!」
「なんだこのまとわりついてくる闇は!」
「うああああああああ! 足が、足が食われた!」
「この闇に触れるな! 食われるぞ!」
「先にあの魔物を殺せ! やめさせろ!」
「無理です! 魔力の放出が激しすぎて、近づけません!」
遊雷は目を潰されている故、何が起きているのか見ることは出来ない。しかし、視覚以外の何かで、周囲の状況がなんとなくわかった。
闇の
体を少しずつ蝕まれていく兵士たちが、必死で助けを求めて叫ぶ。しかし、当然、遊雷は攻撃を止めない。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね……。お前たち、全員死んでしまえ」
靄はさらに広がり、急速に地上を包み込んでいく。
町の人間が異変に気づき、逃げまどうのも感じ取れた。
今回の件とは無関係な人間がたくさんいることも、遊雷は認識していた。しかし、どす黒い感情に突き動かされるままに、遊雷は
一時間、二時間、三時間と、靄は広がっていくばかり。
……そして、一日が過ぎた。
「……全員食ったか。逃げ出した者もいるが、まぁいいか。兵士たちは全員殺した」
町の人口は、おそらく二万人程度。そのうち数十人程度は逃れたかもしれないが、あえて捕まえようとまでは思わなかった。
「……疲れた。もういい。休みたい」
丸一日魔法を行使して、遊雷は極度の疲労を感じていた。魔力も空っぽで、もはや呼吸をするのも辛い。
「もう目が覚めることもないかもな……」
それでもいい。
遊雷は全てがどうでも良くなって、意識を手放した。
自分の体が、何か黒い繭のようなものに包まれるのを感じながら。
* * *
リバルト王国の聖都。
セイリーン教の教会にて、エメラルダは一人で祈りを捧げていた。
エメラルダは国でただ一人の聖女であり、非常に強力な聖属性の力を有している。
聖女としてのスキルは生まれもってのもので、そのせいで幼少期から親元から引き離され、教会の管理下で暮らしている。十七歳になった今でも、個人としての自由はほとんどない。それを不満に思う心は、今はどこかに置き忘れてしまった。
そんなエメラレルダは、ふと強烈な寒気に襲われて身震いする。
「何……? 何が起きているの……?」
何か良からぬことが起きていることは直感的にわかった。しかし、それが具体的になんなのかはわからない。
エメラルダの体は震え、冷や汗が止まらない。
ピシッ。
教会に飾られた女神の像に大きなヒビが入った。特別な魔法がかけられ、自然に壊れることはないはずなのに。
『……災いが起きる。危険な魔物が……魔王が目覚めてしまった……。北の地はまもなく滅びるでしょう……』
「今のは……天啓……?」
エメラルダは聖女であり、天啓を受けるスキルを持っている。神様のような何かの声を聞く力で、今まで一回だけ天啓を受けたことがある。
その一回目の天啓は、祝福の子供が生まれた、というもの。とても強い力を持つ子供で、まだ幼いが、聖戦士として教会に育てられている。
「あれが天啓だというのなら……世界に危機が迫っている……?」
エメラルダは身震いする。
悪寒が落ち着くまでしばらく待っていると、教会の扉が勢いよく開け放たれる。
「エメラルダ様!」
「……エマ。どうしたの? そんなに慌てて」
エマは聖騎士の一人で、エメラルダと個人的な付き合いもある少女。年齢は十八歳。赤髪の美しい人で、聖騎士の甲冑がよく似合う。
公式の場では聖女の方が立場は上なのだが、プライベートでは立場に関係なく接している。
「……暗黒のダンジョンの近く、グリモワの町で異変が起きました」
「……異変? どういうこと?」
「詳細はわかりません。ただ、黒い
「……そう」
災いが起きている。
天啓の言葉が正しいならば、危険な魔物が目覚めた。
「……私は現地に向かいますが、エメラルダ様、顔色が悪いようですね。どうされました?」
「実は、先ほど天啓を聞いたの」
「天啓を? どういった内容でしょうか?」
「危険な魔物が、魔王が目覚めた、と。具体的にはわからないけれど、世界の危機なのだと思う」
「魔王……? そんなお伽噺の存在が……? わかりました。とにかく、早急に調査する必要がありますね」
「ええ……」
「では、私は行って参ります。しばらく帰れないかもしれませんが、必ず帰ります」
「ねぇ、わたしも行ってはダメかしら? わたしにも聖属性の力があるのだから、きっと役に立てる」
エマは柔らかな笑みを浮かべつつ、首を横に振った。
「エメラルダ様は、聖都の守護をお願いします。その魔物が、いつここを襲うかもわかりません」
「……そう。そうね」
エマの本心は、エメラルダを危険から遠ざけたいというものだろう。エメラルダはそれを理解している。
「……わかった。ちなみに、クレアも一緒にいくの?」
「ええ、あいつも一緒です」
クレアはエマと同じく、エメラルダの友人の一人。同性で年も近いので、他の者より親しい。
「二人とも、無事でいて」
「ええ。わかっています」
「……いってらっしゃい。神のご加護があらんことを……」
「はい。行って参ります」
エマが去っていく。
エメラルダは嫌な予感を覚えていたが、エマたちならばきっと大丈夫だろうと、信じることにした。
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