第5話 散策
どれくらい眠っていたか、遊雷にはわからない。
「……まだ生きてたか。別に、死んでも良かったのに」
遊雷は深い溜息を吐く。
そして、ふと自分の目が見えていることに気づく。目も回復しているし、はみ出ていた内蔵もちゃんと腹に納まっている。
「回復してる……? なんでだ? ありがたいことだけど……。つーか、この状態でよく眠れたもんだ」
遊雷はまだ宙づりにされたまま。縄で縛られた両腕で体を支える状態で、普通なら非常に苦しい。ただ、体に何か変化でも起きたのか、あまり痛くもない。
「地上に降りたいな……。何か使えそうな魔法は……お? 腕力だけで切れた」
普通の子供並の腕力だったはずが、軽めに力を入れるとすんなり縄が切れた。どうやら腕力が上がっているらしい。
遊雷は落下し、地上に足をつける。
「あー、やっぱり地上はいいな。にしても、闇落ち、あれはやばいな。無関係の人間を万単位で殺すなんて……。どうかしてるよ。もうなるべく使いたくないもんだね」
闇落ちはもう解けている。しかし、影響は残っているのか、無差別大量殺戮に対する罪悪感はあまりない。他人の足を間違えて踏んづけてしまった、くらいの感覚。
「……別に人間の敵になるつもりなんてなかったのに、立派にダークサイドやってるじゃん。あーあ、お前たちのせいだからな」
遊雷は、転がっている甲冑を蹴り飛ばす。
なお、食われた人間は、遊雷の中に取り込まれ、糧となっている。大規模に魂と肉体を食った感じだろうか。
「あ、髪の色も変わってね? 元々黒だったのに、白くなってら。ストレスかな?」
特に髪の色にこだわりはないので、遊雷としては些細な変化。
ただ、改めて自分の体を確認してみると。
「ん? 少し成長してる……? 胸も微妙に膨らんでるような……?」
転生してから鏡を見たことがないので、正確にはわからない。ただ、十歳児くらいの体だったのが、二、三年分くらい成長しているように思えた。身長が伸び、身体には女性的な膨らみも感じられる。
「へぇ、ほぉ、これが膨らみかけ……自分の体だけど、このサイズ感はなかなか可愛い……いや、それより、いつまで素っ裸でいるんだって話。服を着よう」
拷問の間、素っ裸にされていた。このクソロリコン野郎ども、などと憤っていたのが、随分昔のことのようだ。
遊雷は自分が着られそうな服を探す。兵士が着ていた長袖の服を拝借し、それを着る。袖は長いが、下半身も大事な部分が隠れる裾丈だったので、一旦よしとする。地上に出てちゃんとしたものを探せばいい。
「見た目が成長してるってことは、ステータスも変わってるかな……?」
名前:フィランツェル(
種族:ダークリッチ
性別:女
年齢:3ヶ月
レベル:13
戦闘力:82,700
魔力量:925,000
スキル:暗黒魔法 Lv.5、闇魔法耐性、聡明、死なず
称号:暗黒の魔女、魔王
「……あん? 色々成長してるけど……名前まで変わってるぞ? なんだこれ? フィランツェル……? んー、わけわからん。
しかも、知らんうちに一ヶ月も経ってるっぽい? いや、元々の年齢が二ヶ月と二十日とかだったかもだし、正確にどれだけ経過したかはわからないな。まぁいい。
暗黒の魔女は前からあったけど、暗黒魔法の威力が上がるとか、魔法を覚えやすくなるとかだったな。
魔王ってなんだ? 俺、魔王になったの?」
意識すると、その詳細が浮かぶ。
魔王:世界を統べる素質を持つ者。破壊の力と他者を従える力が増す。
「ざっくりしてるな……。実際のところは追々わかってくるかな……?」
具体的な部分はわからないので、今は放置。
「暗黒魔法、使えるものは増えてるか……?」
暗黒魔法Lv.5:霊視、魂摘出、
「おぅ……。ますます人類の敵感が強まったな……。俺が人間だったら、こんな魔法使える奴は生かしておけねぇ……」
遊雷は深い溜息を吐く。
「いやさ? 俺は大人しく慎ましく暮らしていくつもりだったんだよ? 体が女なら美少女ハーレムを築くのも違うだろうし、勇者様プレイで尊敬を集めるとかも望んでなかったよ?
それなのにさぁ、勘違いしたバカ共が俺を追いつめるから、こんなことになったんだよ? 俺のせいじゃないからな?」
誰に言い訳しているのかはわからない。ともあれ、遊雷は、いい加減地下牢の外に出ることにする。
「あ、その前に。あの宝剣、いただいちゃおうか」
部屋の片隅に落ちていた宝剣を拾う。
その近くには、剣の持ち主であった少女の遺体がある。死んでいるので、虚に食われなかったらしい。
部屋が冷え切っているせいか、今のところは腐ってもいない。
弔うのか、何かに利用するのか、後々決めればいい。今は剣のことを、遊雷は考える。
「これ持ってるとまたなんか言われそうだな……。一応、布で包んで隠しとくか。使い勝手は悪いけど、そもそも剣なんてろくに使えないから構わん」
その辺に落ちていた服で剣を包みつつ、別の服で背中に固定した。
そして、遊雷は地上に続く階段を上り、天井の扉を開けて上の階へ。
薄暗いじめじめした部屋に出て、さらに外側に続く扉を抜ける。通路になっており、地上はまだ見えない。
「えっと……虚を使ったときに何となく全体の構造は理解してたはず。ここは城の東側で……こっちに行けばいい……?」
いくつか分かれ道があったものの、遊雷は記憶を頼りにすんなり進む。
(俺、こんなに記憶力良かったか? これが聡明スキルの恩恵?)
十分ほどで、ようやく遊雷は城の正門から外に出た。
「相変わらず太陽が眩しいなぁ……。俺、やっぱり夜の眷属になっちまったか? 弱体化する気配はないけど、ちょっと不快だ」
遊雷は少しぐったりしながら、誰もいない町を歩く。全体像としては、中央の城から東西南北に大通りが伸びていて、東西に抜ける川も流れている。
一番の繁華街だった場所は、町の南部。遊雷はそこに向かった。
「……誰もいない町って、薄気味悪いもんだな。寂しいねぇ」
焦る理由もなく、遊雷はゆっくりと辺りを散策する。
日本ではなかなか見ることのない煉瓦づくりの家が建ち並び、人がいた頃の名残が散乱している。
市場もあり、食品を取り扱っている露店もあったのだが、腐敗臭に満ちているわけでもない。
「あの子もそうだったけど、この気温のおかげで腐らずに済んでるんだな。相変わらず寒いもんなぁ。氷点下近いんじゃない? 魔物の体じゃなかったら、こんな格好で出歩けないよ」
寒くはあるのだが、体の芯まで冷える感覚はない。病気にはならなさそうだ。
遊雷は一軒ずつ見ていき、服の店を見つける。
「どれがいっかなー? せっかくこっちでは女の子になってるんだし、可愛い服でも着てみるかー」
女性用の服を着ることに、若干の抵抗を遊雷は感じた。しかし、その抵抗はもはや意味のないものだと思い、店内の服を色々と試着してみる。
そして、最終的に濃紺の長袖ワンピースを選んだ。なお、下着もあったので、女性用を身につけている。
「うーん、背徳感は否めんが、そのうち慣れるだろ。俺、もう女だし。あ、一人称も俺じゃなくて私にしとくか。形から入るって大事だよな」
遊雷は他も巡り、魔法具が置かれた店を発見。
その中で、まずはサイズの合う黒を基調としたローブを羽織る。魔法使いらしい三角帽子も見つけたので、それも頂戴した。効果はわからないが、おそらく防御力は高いのだろう。
「魔法使いらしい格好とこの宝剣、いまいち合ってない気が……。まぁいい。あと、杖も持っておこう」
杖は二メートル大の大きいものと、三十センチくらいの小さいものがある。
持ち運びの便利さを考えて、小さい方にしておいた。先端には青い宝石がついている。
「……鑑定スキルとかあればいいのに。自分のステータス以外はさっぱりわからん。この杖も良いものか悪いものかわからん」
遊雷は色々と使い勝手を試してみたい気もしたが、やめた。直感的に、この店にあるどんな杖も、自分からすれば大差ないと感じ取った。
「あとは……地図とかどこかに置いてないかな? 図書館もあればいい。この世界の文字、何故か読みとれるみたいだし」
遊雷が魔法具店から出ようとすると、ふと外から物音が聞こえた。
(誰かいるのか? 生き残り……?)
耳を澄ますと、微かに声が聞き取れる。
「……あの店に、何かいます」
「間違いないか?」
「はい。強大な魔物の気配を察知しました」
「この町を壊滅させた元凶か?」
「それはまだ、なんとも。しかし、ずっと気配だけは感じていた何かが動き始めたのは確かです」
「そうか。この町を拠点に調査を始めて十日……。ようやく掴んだ手がかり、調べねばなるまい」
(ふむ……。誰かはわからないが、友好的な雰囲気じゃないね。はぁ……また前回みたいにならないといいけど)
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