第110話 悠々
リルシェンを出し抜く方法が、ユーライには思いつかない。
(実質、これは私の負けってことか。リフィリスに辛い思いをさせた相手を放置するのは癪だけど、私にはリルシェンをどうにもできない……)
ただし、既にリルシェンの望む結果は得られない。リルシェンはリフィリスを最強の勇者に育て、魔王を討伐してほしかった。それは、もう叶わない。
「私はお前に手を出せないらしい。ここは私の負けなのかもしれない。けどな、もうリフィリスは勇者じゃなくなった。私の魔法でその称号を変質させた。だから、お前の望む
それを聞いて、余裕たっぷりだったリルシェンの表情が変わる。
「なん、だと……? 我はリフィリスを最強の勇者とすべく町を犠牲にした。勇者が魔王の力に屈するなどありえん!」
「ありえるんだよ。私の力は、勇者の力をも超える。だいたい、こうして仲良く一緒に座ってるだけでも、本当ならおかしな話だろ?」
「それは、まだ神に捧げる命が足りないだけ……っ」
「どれだけ捧げたところで、もう意味のない話だ。リフィリスは勇者じゃないし、むしろ私の同類に近いのかもしれない。リフィリスは私と共に生きてくよ」
「バカな……。勇者は魔王に屈してはいけない……。勇者とは、最強にして無敵の存在なのだ……」
リルシェンは頭を抱える。町一つを平気で壊滅させるくせに、勇者喪失というだけで取り乱している。
リルシェンにとって、勇者は神と同義の存在なのかもしれない。何かを信じすぎていたものは、裏切られたときに脆い。
「リフィリス! 魔王を討て!」
リルシェンのルビー色の瞳がキラリと光る。強制的に他者を動かすスキルを発動したのかもしれない。
しかし、リフィリスは全く動じない。
「やだ。ユーライは私の友達だもん。殺すわけないじゃん」
リルシェンのスキルを無効化した原因は不明。リフィリスにそういったスキルを無効化する力があるのか、あるいは宿した魔力が膨大過ぎるのか。
「勇者と魔王が友達など、あってはならない!」
「私、もう勇者じゃないし。そもそも勇者なんてなりたくなかったし」
「何か……何かあるはずだ。勇者の力を取り戻す方法が……っ」
「あったとしても、私には使わないで。私はもう勇者になんてなりたくない」
リルシェンが鬼の形相でユーライを睨む。
「我の計画の邪魔をしおって……っ。許さんぞ……っ」
「許さないならどうするんだ? 私はお前に手を出せないけど、お前程度の力じゃ、私をどうすることもできない」
「……必ず、貴様を殺す」
「あ、そ。どうするつもりか知らないけど……よし、こうしよう。黒ずくめの奴、ニールって言ったか? こっち来な」
ユーライは傀儡魔法でニールを操作し、側で膝をつかせる。ユーライはニールの頭に右手を置く。
「小生を殺す気か? 小生の命など、殿下にとってはさほどの価値もないぞ?」
「それ、自分で言ってて悲しくならない? 仕えてる主になんとも思われてないとか」
「小生は殿下の道具。道具は意志も感情も持たず、代替可能であることが望ましい。小生はその役目をまっとうするのみ」
「……ある意味立派だよ。私には理解できない心情だけど。んじゃ、その道具さんは、一生大事な殿下さんをこの場所に監禁し続けること。外部と接触させることも禁止。リルシェンから何か命令されても、もうそれに従う必要はない。リルシェンを決して死なせず、自由にもさせず、ただ飯食って寝るだけの悠々自適な生活を送らせてやれ」
ユーライは精神操作を施す。ニールの心が完全に壊れるわけではないが、ユーライの命令を遂行することを最優先に考えるようになる。
「……わかりました。主様」
「ん。素直で宜しい」
ニールは即座に動き、リルシェンを拘束。どこからか取り出した枷で、リルシェンの両手両足の自由を奪った。
(リルシェンもそれなりに強そうだけど、やっぱりニールの方が
「ニール! 何をしている! 離せ!」
「申し訳ありません。殿下。小生は、この命令をどうしても遂行しなければならないのです」
「クソ! 魔王め! 卑劣な真似を!」
「私より、お前の方がよほど卑劣な真似をしてるだろ? 平然と町を壊滅させるとか、私でも正気じゃできないことだよ」
「敵国の民など人ではない! 殺したところでなんの問題もないのは当然だろう!」
「お前、本当に意味がわからないな。殺せないのが本当に残念だ。ま、人間にとって過剰な退屈は死に勝る苦痛だ。兎人族には迷惑な話だが、この家で一生悠々自適に暮らすといい。私の大事な友達に手を出した罰だ」
もうここに用はないと、ユーライは立ち上がる。
「ニール! 我を裏切る気か! 裏切るのであれば……今すぐ死ね!」
「……殿下。申し訳ありません。魔王の命令が優先されます」
「ふざけるな! 早く死ね! 我は皇子だぞ! 側近風情が逆らうな!」
「申し訳ありません」
ユーライは、もう二人のやりとりの続きを聞かないことにした。
「あーあ。お偉いさんだからって、側にいてくれる人を軽んじるようにはなっちゃいけないよな」
ユーライは、後についてくる六人の方を振り返る。
「ディーナをどう思えばいいのかはわかんないけど、他の皆のこと、私は好きだよ。私の道具になんて、ならないでいいからな」
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