第111話 悩

 リフィリスを奪還し、首謀者にも罰を与えたところで、ユーライたちはひとまずグリモワへ向かった。


 その道中、リフィリスは自身の力だけで精神を制御する練習をした。


 しかし、ユーライの補助がなくなると、リフィリスはすぐに暴走状態に陥ってしまう。友達や仲間を害そうとはしないのだが、それ以外に対する破壊衝動が沸いてきて、抑えきれなくなってしまう。


 精神を落ち着ける魔法具でもあれば、何か変わるかも知れない。探してみる価値はあるが、そんなものが実在するかもわからず、当てにはできない。


 リフィリスが死ぬまで、ユーライは魔王であり続ける必要があるかもしれない。そうなると、世界中の魔物が活性化したままになる。


 何か対策を打ちたくなり、ユーライは数万の不死者の軍勢を召喚し、魔物退治に当たらせた。


 これで世界の平穏が保てるわけではないが、何もしないよりはマシだろう。


 そして、グリモワに帰り着き、その翌日の朝のこと。


 ユーライは、魔物の接近を感知。


 その魔物は五体のアラクネ。人間の女性と大蜘蛛が合体したような魔物で、上半身は人間の女性、下半身が蜘蛛になっている。人間部分の手には、三メートル大の大きな槍。


 外壁の門は閉じていたのだが、特に問題なく外壁を上って町の中に侵入してきた。


 相手が敵なのかわからず、ユーライは五人の接近に少し混乱した。



「敵だったら、たぶんもっと大人数で攻めてくるよな。ラグゥみたいに、私の様子を見に来たのか」



 居住している民家から出て、ユーライは呟いた。


 その右隣で、少し緊張した面もちのクレアがユーライの腕を掴む。その手は小さく震えていた。


 ユーライは、クレアの手をキュッと握ってやる。



「クレアは虫が苦手なんだっけ。半分は人間の形でもダメ?」


「……人間の部分は平気。でも、あの巨大な蜘蛛の部分は、ちょっと」


「気持ちはわからないでもない。怖かったら家の中にいてもいいぞ?」



 クレアは、ユーライの左隣に立つリピアを見る。リピアは特にアラクネを怖がっていない



「あちしは虫も平気だよ。クレア、無理しないで隠れておけば?」


「……あたしは残る」


「無理しなくていいのに」


「無理はしてない。あたしだって、アラクネくらい、平気」



 二人の間に火花が散る。



(いつもいつも、何をやってるんだか)



 ユーライが呆れながらも微笑ましく思っていると、ギルカが両手に剣を持ちながら言う。



「もしかしたら敵かもしれねぇんだから、一応備えておけよ? まぁ、敵だっていうならあんな堂々と近づいてはこないだろうが、交渉次第で敵になる可能性はある」


「……そうだね。ごめん」


「場をわきまえないでごめんなさい……」



 ギルカお姉さんのおかげで、クレアとリピアも気を引き締める。


 なお、表には他の面子も出てきている。リフィリス、フィーア、ディーナ、セレス、ラグヴェラ、ジーヴィ。皆も様子をうかがっている状態。


 アラクネ五人は、ユーライの前にやってくると畏まって頭を下げた。



(戦いに来たわけではない、か)



 そして、中央にいる者が言う。



「魔王様。突然の訪問、失礼致します。こなたはアラクネ族のリューレンと申します」



 アラクネ族全員がそうなのか、ここにやってきた者たちだけの話なのか、リューレンたちの人間部分は浅黒い肌をして、髪色はくすんだ金。瞳は紫だ。そして、蜘蛛の部分は漆黒。


 五人とも人間部分は二十代の女性で、リューレンについては髪をショートカットにしている。



「初めまして。私はなりゆきで魔王をやってるユーライだよ。今日は何をしにここへ?」


「我らアラクネは、魔王様と共に人間たちと戦うことを望みます」



 ユーライは軽く溜息をつく。そういう連中もいずれ来るだろうとは思っていたが、実際に来てしまうと厄介だ。



「私と手を組んで、人間と戦争をしたいわけ?」


「そうです。とはいえ、本日は魔王様のご意向を確認しに参りました」


「私が人間とは戦わないって言ったら、どうする?」


「我々は大人しく引き下がります。魔王様の気配を感じてはいるものの、そこに邪悪な気配がないことも察知しておりました」


「へぇ、そこまでわかるんだ」


「はい。そして、今代の魔王様は争いを求めないのかもしれないと、仲間内で話していました。そうであれば、無理に戦いを求めるつもりはありません」


「そっか。話が通じる相手で良かった。見ての通り、私は人間とも一緒に暮らしてて、仲良くしていきたいって思ってる。だから、人間と戦争はしない。ごめんな、せっかく来てもらったのに」



 リューレンはユーライの周りにいる人間たちをざっと見回す。



「魔物と人が手を取り合うというのは、珍しくはありますが、あり得ないことではありません。

 そして、魔王様に無理に協力いただくつもりはありません。魔王様が存在するだけで我らの力は増しますので、その力で人間と戦います」


「えっと、それってつまり、私が戦わなくてもどうせ戦うってこと?」


「はい。魔王様がいらっしゃる今が、我らにとって人間を討ち滅ぼす好機。逃すつもりはありません」


「ちょっと待って。そもそも、リューレンたちも戦わないっていう選択はないの?」


「ありません」



 リューレンがきっぱりと言い切って、他の四人も頷いた。



(知性のない魔物はともかく、こういう奴らは、私が戦わなければ戦うことを止めると思ってた。けど、そうじゃないんだな……)



 少し当てが外れてしまった。



「私としては、そもそも戦争してほしくないんだけど……」


「魔王様がそうお命じになるのでしたら、ここにいる五人はそれに従う他ありません。しかし、他の仲間たちは戦います。

 ああ、安心してください。魔王様が大事になさっているだろう、この町の者たちは襲いません」


「それはありがたい……。っていうか、襲ってくるなら返り討ちにするだけかな……」



 ユーライは対応に困る。


 なるべく人間との争いを避けたいと思う。命令すれば、それを避けられるのも確か。


 しかし、誰かの自由意志を奪うのは、その人を殺めるのと同じくらい重いことだとも思っている。


 神様がリフィリスの意志をねじ曲げ、本人の望まないことをさせているのを見ると、余計にそう思う。



(どうしても戦いたいっていうのなら、戦いたいだけの理由があるんだろう。こいつらは、ただ人殺しが楽しいっていう雰囲気じゃない……)



「なぁ、アラクネは、どうして人間と戦いたがるんだ?」


「人間は意味もなく我らを襲い、殺します。我らの仲間の多くは、人間に無意味に殺されました。多くを奪われたのですから、我らも奴らから奪います」


「……そう」



 要するに、復讐ということだ。



(私だって、復讐のために人を殺したことがある。リューレンたちを止められる立場じゃないよな……)



「あのさ、歴史上、最終的に魔物が人間に勝ったことはないんだってな。それでもいいの?」


「人間を滅ぼすことはできずとも、一矢報います」


「そう……。たぶん、理屈じゃないんだろうな……。リューレンの言い分はわかった。わかったけど……少し、考える時間をくれないか? リューレンに協力するつもりはないんだけど、私がどうするべきか、考える時間が欲しい」


「魔王様がそうお命じになるのであれば、我らは従う他ありません」


「ああ、そうだったな。悪い、明日の朝まで、ここにとどまってくれ……」



 ユーライは魔王として命じる。すると、リューレンたちは大人しく頷いた。



「承知しました。我らは明日までこの町にとどまります」


「うん。ごめん。外は寒いだろうから、どこか空いてる家を使っていいよ」


「お気遣い、ありがとうございます」



 リューレンたちが頭を下げたところで、剣を納めたギルカが言う。



「ユーライ様、おれが良さそうな家を案内しましょうか?」


「ああ、うん。頼むよ」


「わかりました」



 ギルカはリューレンたちを導き、空き家へと向かった。



「……あー、これ、どうしよう? 私は無理矢理でも止めるべきなのかな……?」



 ユーライは顔をしかめて、リューレンたちの背中を見送った。

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