第109話 狡猾

 ノギア帝国第二皇子リルシェンは、帝都とラムテンの間にある聖竜の森に潜んでいるらしい。その森は元々聖竜が住まう場所だったのだが、百年以上前にその竜が死に、今ではその骨が安置されている。


 また、第二皇子はただ森に潜んでいるわけではなく、森に隠れ住む亜人、兎人族の里に滞在中。戦う力のない兎人族を従わせ、優雅な逃亡生活を送っているようだ。


 聖竜の森までは、悪鬼を使って三日かかった。移動距離は千キロを超えるだろう。毎回毎回移動時間が長くて、ユーライも少々うんざりしている。


 聖竜の森は、険しい山脈の麓にあった。森というよりも樹海という表現が似合う場所。陰鬱な雰囲気はないのだが、人が安易に踏み入れる場所ではないと感じさせた。


 森に入り、ユーライたちは兎人族の里を探す。通常であればかなり時間がかかってしまうところなのだが、ユーライは十万のスケルトンを動員し、その時間を短縮。


 人海戦術で森を捜索し、スケルトンが妙な動きをする場所に向かったら、幻惑魔法がかけられた場所を発見。リピアと共に惑いの効果をはねのけ、その魔法を突破すると、人里を発見した。


 無眼族の町のように、特殊な入り口を作っているわけではなかった。聖竜の森はそもそも魔物がいないため、人を寄せ付けないようにするだけで良いということだ。


 兎人族は、身長一メートル半くらいの小柄な種族だった。外見は二足歩行する兎。何故か全ての兎人族に首輪がついていて、ユーライは少し気になった。



「兎人族、可愛すぎる……っ。一人連れて帰りたい……っ」



 リフィリスが濁った瞳をキラキラさせていた。



「見た目は兎でも、普通の人と同じだよ。誘拐はダメだ」



 ユーライがたしなめると、リフィリスはしぶしぶ頷いた。



「それで、肝心のリルシェンはどこだ?」



 ユーライはその辺の住人に尋ねようと思ったが、自分が怖がられているのもわかったのでやめた。代わりに、リピアに尋ねてもらった。


 リルシェンの居場所はすぐに判明。長の家に滞在しているという。


 兎人族の家は、ログハウスのような木造住居。その中で、一番大きな家に向かう。



「こんにちは。ここにリルシェンはいますか?」



 玄関をノックして、ユーライは中に声をかける。強引に引きずり出すことも可能だったが、無関係な兎人族もいるので、あまり暴力的な手段を取りたくなかった。


 内側から扉が開き、全身黒ずくめの妖しい奴が現れた。顔まで黒い布で覆っており、顔は一切わからない。ただ、肩幅や胸部の膨らみから、女性だろうと、ユーライは察した。



「あ、ニール。また会ったね?」



 リフィリスがにこりと笑う。その笑みには、復讐心が滲んでいた。



(この人がニールね。話は聞いてた)



 ニールはちらりとリフィリスに顔を向けたが、反応はしない。ユーライに向けて、話しかけてくる。



「存外早かったな。主様がお待ちだ」


「随分と堂々とした態度だな。一応、あんたとそのご主人様を殺しに来たんだけど」


「知っている」



 ニールはユーライたちを家の中に招き入れる。焦って逃げ出さないところは、ただのチンピラとの違いかもしれない。


 応接室のソファに、第二皇子リルシェンが腰掛けていた。銀髪にルビー色の人をした、麗しい青年だ。命の危機が迫っているというのに、口元には余裕の笑み。



「よぉ、第二皇子。私は魔王。お前を殺しに来たよ」


「我はリルシェン・リディヒ・ノギア。まぁ、掛けるが良い」


「……とりあえず、話くらいは聞いてやろうか。いきなり殺すのは良くないもんな」



 リルシェンの対面、三人掛けソファの中央にユーライが座る。左隣にリフィリスが座るが、他の五人は立ちっぱなし。ただ立っているのではなく、周囲を警戒していつでも迎撃できるようにしている状態。



「リフィリスからお前の話は聞いてる。リフィリスを最強の勇者にしたかったとか、勇者が魔王を討伐するところを見たかったとか……。

 正直、それだけのために何万人も犠牲にする精神は、私には到底理解できない。

 ただ、私に理解できないからって、全部を否定するつもりはない。お前にはお前のこだわりがあるんだろう」



 リルシェンは静かにユーライの言葉に耳を傾けている。



「お前が何をしようが、私に被害がなければ口を出さなかった。でも、今回はリフィリスに辛い思いをさせて、望まない状況に追いやった。だから、私はお前を殺そうと思う。何か言いたいことはある?」


「噂には聞いていたが、今代の魔王は随分と穏和な性格をしているらしいな。すぐさま我を殺すのではなく、まずは会話を試みるとは」


「私は平穏を望んでる。できる限り、争いは起こしたくない」


「そなたであれば、おそらくこんな脅しも効くのだろう。我に手を出せば、この里の住人全てが死ぬ。それでも、我に手を出すか?」


「……は? 何を言っているんだ?」


「そなたが来るまでに、我はこの町の住人に殉死の首輪をつけた。住人たちは、我が死ねば当然一緒に死ぬし、我が何かしらの魔法をかけられても、多大な苦痛を付与される。首輪を無理矢理外そうとしても死ぬ。それでも、我を殺すか?」


「……お前、滅茶苦茶性格悪いな」


「身を守るために必死に考えた結果さ」



 リルシェンがニヤリと笑う。ユーライはリルシェンを睨んだ。



(悔しい話、これは効果的な防衛方法だ。兎人族はこの件に無関係で、私は巻き込みたくないと思ってしまう……。殉死の首輪は呪いの魔法具かな? 私は呪いをかけることはできても、解除はできない……。聖女エメラルダがいてくれれば良かったんだが……)



 ユーライは眉を寄せつつ、リフィリスに尋ねる。



「なぁ、リフィリスって殉死の首輪とかを外す魔法、使えないか?」


「私は無理……。前は浄化の光とかが使えて、それでどうにかできたかもしれない。でも、もう聖属性と光属性の魔法は使えない……」


「そうか……」



 ユーライは他のメンツに視線をやる。残念ながら、解呪の能力は誰も持っていない。


 クレアは、残念そうに言う。



「そういう能力を持つ者を探して連れてくることはできる。でも、今すぐの解呪は難しい」


「そうだよな……。あー、なんかムカつく。今すぐリルシェンを殺したい」



 リルシェンは狡猾だ。単純に力で勝てない相手は厄介。殺せるけれど、殺せない。



(この状況、どうすればいい……?)

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