第21話 良くない

 人間の成人男性のような姿をした者たちは五人。盗賊のような風体だが、正体はわからない。


 一人が少女に向けて矢を放つ。


 その矢を、遊雷は闇の刃で即座に弾いた。


 そこで、五人の何かが遊雷の接近に気づく。



「ああ? なんだこいつは?」


「あの肌の色、魔物か?」


「全然魔力を感じねぇ。ただの雑魚だろ」


「ゴブリンよりも弱そうじゃねぇか」


「あいつも捕まえて的にすっか。いい声で鳴くといいな!」



 遊雷は拳を握る。力を入れすぎて血が滲んだ。



(ああ……やばい。こいつら、殺したい。ここで何が起きたのかなんてろくに知らないけど、こいつらは死んでいい奴らだ)



 遊雷はドス黒い感情に飲まれそうになる。



(落ち着け……落ち着け……落ち着け……クレアに言われただろ。自分を見失うなって……。いや、見失ってなんかいないさ。私は至極冷静に考えて、こいつらを殺したい。クレアも言ってたろ? 盗賊に生きる価値はないとかさ……)



「捕まえろ! 吊せ!」



 五人の何かが迫ってくる。


 遊雷は熱に浮かされた気分で、その五人を見る。



「傀儡」



 五人の動きがとまる。普段は体の動きをとめるだけだが、遊雷は声も聞きたくなかったので、今回は声も出せなくした。



「まぁまぁ、落ち着きなよ、私。ここはこいつらを殺すより、あの二人を助けるのが先決だろ?」



 吊された二人はまだ生きている。小さなうめき声が聞こえてくるから、それは確かだ。



「早く、助けてあげないとな」



 遊雷は少女たちの元に駆け寄り、魔法で一人ずつロープを斬る。遊雷は落ちてくる二人を受け止め、地面に優しく寝かせた。


 近くで見ると、その姿は悲惨だった。何カ所も矢で射抜かれているし、打撲の痕もある。


 幸いというべきか、女性として辱めを受けた様子はない。



(だからって、許せることではないけど)



 遊雷は腰に巻いたポーチから回復薬を取り出し、二人に飲ませていく。まだ意識はあるようで、ちゃんと飲んでくれた。



「……まずは弱っている体力の回復。でも、傷を塞ぐには矢を抜かなきゃ。麻酔でもあればいいのに……あ、認識阻害ってのがあったな」



 相手に自分を認識できなくするなどの使い方をするのだが、痛みを認識できなくする使い方もできるはず。


 遊雷は二人に認識阻害を施し、痛みを忘れさせる。少しだけ二人の表情が和らいだ。


 痛みはないだろうが、それでも、遊雷は慎重に矢を抜いていく。これ以上、体を傷つけないようにと。



「……痛かったよな。すぐに助けられなくて、ごめん」



 全ての矢を抜きとって、さらにまた回復薬を飲ませていく。傷口にもかけた。回復薬は飲ませると体全体を回復するが、部分的にかけるとそこの回復が早くなる。



「……これで、少なくとも死にはしないかな。良かった、二人が無事で」



 幸いと言いたくないが、あの五人がラグヴェラたちの殺害を第一に考えていなかったのが良かった。長くいたぶるのが目的だったのだろう、急所に傷はなかった。


 二人は疲れ切っていたのか、体の傷がある程度回復すると同時に意識を失った。死んではいない。ちゃんと呼吸している。



「……さぁて、こっちは終わった。次、あれはどうしよう?」



 遊雷は、動くことも声を出すこともできなくなっている五人の方へ歩み寄る。


 連中の正面に回ると、その顔に苛立ちや焦燥を浮かべていた。



(今すぐ殺したい。でも、事情くらいは聞いてやるべきか……?)



「……お前たちさぁ、どうしてあんなことしたわけ? ちょっと、話を聞かせてくれない?」



 一人だけ、声を出せるようにする。



「て、てめぇ、何者だ!?」


「私の質問に答えてくれない?」



 遊雷は右手で男の首を絞める。そのまま首を握りつぶしたくなるのを、必死でこらえた。


 男がギリギリ死なないところで、遊雷は手を離す。



「で、どうしてあんなことしたの?」



 男はしばらく咳込んだ後、答える。



「ど、どうしてだと!? あれは亜人だ! 人間でも魔物でもない、気味の悪い化物! いたぶって何が悪い!?」


「……化物じゃないよ。あの子たち、ごく普通の女の子だよ。……けど、もういいや。お前は黙ってろ。一生わかりあえない相手と話すのは時間の無駄だ」



 情状酌量の余地はない。ラグヴェラたちの方から仕掛けたという可能性も頭にあったが、そんなことは微塵もなかった。


 傀儡魔法で、男をまた話せなくした。



「あー……殺したい。でも、殺すのは良くないよな……。良くないよ……。命は大事だよ……」



 命は大事だなんて、とても白々しい言葉だ。


 大事な命と、大事じゃない命は、歴然としてある。



「あ、そうだ。ちょっと実験に付き合ってよ。試してみたかったことがあるんだ」



 使う機会はないだろうと思っていた、いくつかの魔法のうちの一つ。



「魂抽出、やってみようか」

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