第20話 嫌な予感

 ロングの黒髪、青灰色の肌、魔法使いの黒いローブと帽子、目のない顔。


 倒れている人物を、遊雷は見た覚えがある。


 つい五日前に出会った、魔法使いの少女だ。



「お、おい! 大丈夫か!?」



 遊雷は、まだ名前も知らない少女の状態を確認する。


 まだ体温は残っているものの、呼吸をしていなかった。



「……そんな。なんで……。誰だよ、こんなことしたの……っ」


「……盗賊、あるいは、流れのチンピラ冒険者の可能性もある。一般人は亜人を差別し遠ざけるくらいだけど、ならず者は意味もなく亜人を殺す」



 クレアの声に怒気が滲んでいる。



「……この子、まだ温かい。この子を殺した奴、まだ近くにいるよな」


「おそらく」



 また、暗い感情が沸いてくる。いけないと思いながら、衝動に身を任せたくもなってしまっている。



「……落ち着いて。それ以上は良くない」



 クレアが遊雷の手を握る。人の温もりが、少しだけ遊雷の気持ちを落ち着けてくれた。



「……つーか、怒ってる場合じゃないか。まずは……」



 遊雷は霊視を発動。



 名前:リピア

 種族:無眼族

 性別:女

 年齢:15

 死後:5分

 魂:あり

 状態:無垢



(……良かった。まだ繋がってる)



 遺体の傍らに、ぼんやりした表情でリピアの魂が立ち尽くしている。


 何を感じているのか、何も感じていないのか、遊雷にはわからない。



「ねぇ、クレア。この子、アンデッドにしてもいいかな? 今ならまだ間に合うんだ」


「……あたしに訊かれても、何とも言えない」


「それもそうか。じゃあ、質問を変える。クレアはアンデッドとして生きるの、辛い?」


「……アンデッドになった当初は辛かった。でも、今はもうその辛さを感じてない」


「アンデッドとしてでも、生き返れて良かったと思う?」


「その答えは、まだ出ていない」


「そっか。少なくとも、絶対にやめてほしかったって思うものじゃないのなら、試す価値はあるよな。アンデッドとして生きるかどうかは、本人に訊けばいい」


「かもしれない」


「じゃあ、始める」



 難しいことではない。単に魔法を発動させるだけ。その前に、背中の矢を引っこ抜くくらいは必要だけれど。



「アンデッド作成」



 体内から膨大な魔力が抜けていき、リピアの体内へ。


 魔力はリピアの体を改変し、アンデッドへと変化させる。



「……すごい。これが、世界のことわりを侵す禁忌の力……」



 クレアが気圧された様子で呟いた。


 リピアからは禍々しい黒紫色の光が溢れ、五分ほどで消えていく。



「……完了。リピア、意識は戻った?」



 遊雷は優しくリピアの頬を撫でる。その肌は、クレアと同じく薄ら青いものに変わっている。髪も黒から深い青になった。



「……う、ん……?」



 リピアが意識を取り戻した。



「リピア。大丈夫? 痛いところはない?」


「……この声……ユーライ、なの? でも、魔力が感じられない……」


「ああ、今は隠蔽魔法を使ってるからさ。これなら怖くないかなって。クレアはわかる?」


「わかる……」


「良かった。それで、何があった? 背中に矢が刺さっていたけど……」


「そ、そうだよ! あちしたち、人間に襲われたんだ! ラグヴェラとジーヴィは!?」


「あの剣士と槍使い? それは私もわからない。リピアだけ見つけた」


「お願い! 二人を助けて! たぶん、まだあの人間に捕まってる!」


「わかった。連中がどこにいるか、わかる?」


「わかる! 探知の魔法を使えばすぐ!」



 リピアが立ち上がり、魔法を使おうとする。



「……あれ? あちし……何か変……。自分の魔力が、自分のものじゃないみたい……」


「……それは後にしよう。リピア、案内を頼む」


「う、うん! そうだね! 探知!」



 リピアの魔法を頼りに、三人で森の中を急いで進む。


 途中で状況を確認したところ、三人で暗闇のダンジョンに向かっているところ、人間と遭遇し、三人とも捕まったらしい。


 三人で協力し、リピアだけは一旦逃げることができたのだが、背中に矢を射られてしまった。


 助けを求めてグリモワの町に行こうとしたところ、探知魔法で遊雷の魔力が感じられなかったため、ダンジョン内にいるのだろうと、ダンジョンに向かった。


 そして、ダンジョンに入る前に倒れて気を失ったそうだ。



「もう死んだと思ったけど、ギリギリ生きてた! 助けてくれてありがとう!」



 嬉しそうに笑うリピアに真実を告げるのは、全てが終わった後にしよう。遊雷はそう決めた。


 三人で向かったのは、特に目印もない森の一角。リピアの探知魔法がなければ見つけるのは難しかった。遊雷もクレアも、探知系の魔法を扱えない。



「二人の反応はすぐそこ。でも……すごく弱ってる」



 何となく、遊雷は嫌な予感がした。


 ろくでもないことが起きていて、それをリピアには見せない方が良い、と。



「クレア、ここから先は私一人でいく。リピアを頼む」


「……でも」


「ここで待ってて」


「……自分を見失わないで」


「……うん」



 単独で二百メートルほど進む。


 木々の隙間から、木に吊され、何本もの矢が刺さった、裸身のラグヴェラとジーヴィの姿が見えた。


 そして、二人に向けて弓を構える、何か人間のような者たちの姿も。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る