第19話 剣

 暗闇のダンジョン地下十階のボスを倒し、遊雷は両手の剣を鞘に納めて微笑む。



「クレア、どう? 私、魔法を使わずにここのスケルトンロードも倒せたよ。剣術スキルはまだ手に入らないけど、私って剣の才能もあるんじゃない?」


「……才能はあるのかもしれない。でも、やっぱりあなたは剣よりも魔法で戦う方が向いてる」



(それ、やっぱり才能がないってことじゃないの? 剣術スキルがないとやっぱりダメかなぁ……。まぁ、私ってリッチだもんなぁ……。剣を使うリッチなんて変ではある……)



「うーん、剣には憧れるんだけどなぁ……。クレア、かっこいいし……」


「剣を使えること自体は悪くない。闇魔法を無効化してくる相手はいる。ただ、あなたの場合、二本の剣だけで戦うのはもったいない。同時に数十の刃を扱う頭脳があるのなら、そうした方がいいに決まっている」


「ん……? どういうこと?」


「普通の人間は、剣を一本扱うだけで精一杯。二本の剣を使うことさえ難しい。それが人の頭脳の限界」


「限界……」


「あたしが見たところ、あなたには剣の才能もある。スキルの補正なしで、既に剣術スキルを持つ者に匹敵する。だけど、数十の刃を扱う頭脳があるのに、それを使わないのはもったいない」


「……なるほど。私には腕が何十本もあるのと同じで、それを自在に使うことができるのに、二本の腕しか使ってないのはもったいないってことね」


「そう。あなたは普通の人間とは違う。自分にあった戦い方を身につけるべきだと思う」


「そっか……」


「二本の剣で闘うことも、基礎としては悪くない。でも、最終的には全く別のスタイルで戦うことになると思っていい」


「ん。アドバイス、ありがと」


「どういたしまして」


「それじゃあ、地下十一階も行ってみる?」


「……構わない。でも、注意して。地下十一階からは、敵がかなり強くなる。あたしが単独で攻略できるのは地下十一階まで」


「……敵が全部クレアよりちょい下レベルってことか。危険だなぁ……」


「魔法を使えば、あなたなら楽に倒せる相手」


「魔法はいざというときの切り札かな。まずは降りてみよう」



 地下十一階のボス部屋に出現した階段を下り、二人で地下十一階へ。



「わ、雰囲気が一気に変わった。ダンジョン内なのに空がある……」



 地下十階までの洞窟のような内装から一転、外の世界のように開けた空間になっている。空……というより夜空が見え、さらに草原が広がっている。魔物の姿もちらほら。



「ダンジョンは地下十一階から別世界になる。空は見えるけれど、ちゃんと天井があって、空に向けて魔法を放つと途中で何かに当たる」


「へぇ……不思議……」



 遊雷が感心しながら空を眺めていると、クレアが鋭い声で言う。



「魔物が近づいてる。ブラックバジリスクがニ体。……まぁ、あなたにとってさほど脅威でもないかもしれないけれど」


「普通の人間には脅威?」


「目を見ただけで、魔法封じと暗闇と硬直の呪いがかかる」


「……私だと?」


「あなたには強力な闇魔法耐性がある。問題ない」


「了解。クレアは?」


「あたしは目を閉じて戦う。魔力の気配で周囲の状況はわかる」


「……へぇ。とんでもないことを平然とやるもんだね」


「無眼族がやっているのと同じこと。もちろん、無眼族ほど正確に全てを知覚できるわけではないけれど」



 宣言通り、クレアは眼を閉じて剣を構えている。


 遊雷は今まで通りにブラックバジリスクと対峙。


 相手は、体長五メートルを越える、蛇とトカゲの中間のような魔物。足は八本あり、鱗は黒い。真っ赤な目には確かに強い魔力が宿っているようだが、遊雷にはただ目つきが悪いだけと感じられる。



「一人一体で行こう、クレア」


「わかった」



 向かって右のブラックバジリスクに遊雷は狙いを定める。


 持ち前の身体能力を生かして接近し、前足に向けて両手の剣を振るう。堅い鱗に傷を付けることに成功したが、全くダメージになっていない。



「かったいなぁ! やっぱり剣だけじゃ厳しいか!?」



 遊雷が使っているのは、町の武器防具店で見つけた魔剣。属性は付与されていないものの、丈夫で切れ味が鋭いという一品。クレアが使えばブラックバジリスクの鱗も斬り裂けるだろうポテンシャルはあるので、遊雷の使い方が未熟なのだ。



「まだ剣を使い始めて五日くらいだもんな……。まだまだ訓練が必要だよ……」



 ブラックバジリスクが噛みついてくるのを、遊雷は軽く跳んで回避。攻撃を避けるのは難しくなさそうだ。



(あ、クレアはもう三本も足を切り落としてる。実力差えぐい……。つーか、やっぱり綺麗だな、あの太刀筋とか動作とか……。剣で戦うのが非効率的だって言われても、憧れちゃうなぁ……)



 五分後には、クレアはブラックバジリスクを一体しとめている。対して、遊雷はまだ鱗一枚切り裂くことができていない。



「……一人一体と聞いた覚えがあるけれど、空耳だった?」



 クレアが淡々と煽ってきた。遊雷は苦笑しつつ、ブラックバジリスクの攻撃をいなす。


 そうするうちに他の魔物も近寄ってきて、それらをクレアが退治していった。



(……クレア、強いな。流石は元聖騎士……。私が特殊な魔法を使えなかったら、絶対勝てない相手……)



 さらに三十分。遊雷はひたすら同じブラックバジリスクと戦闘を続けた。


 ようやく堅い鱗を斬る感覚を掴み、最終的にはブラックバジリスク一体を討伐できた。



「よっしゃ! 倒した!」


「おめでとう」



 クレアが無表情のままパチパチと拍手をしてくれる。


 ただ、遊雷が一体を倒している間に、クレアは既に二十以上の魔物を屠っている。



「……はぁ。早く強くなりたい」


「魔法を使えば一撃で終わる。あえて制限をかけているのはあなた」


「まぁ、そうなんだけどね。でも、魔法で一発で倒しても、何の訓練にもならないじゃん?」


「それはそう」


「だよなー……。あ、また魔物来てる。ここ、敵多くない?」


「そういう階層。下を目指す者なら適度にやり過ごして進む。力を付けるには便利な場所でもある」


「確かに。悪いけど、しばらく付き合ってよ」


「それが命令なら」


「命令ってことで!」



 二人で戦い続けること数時間。


 ほど良いところで切り上げて、二人は地上に戻る。


 外は夕暮れ時で。


 そして、背中に矢が突き刺さった無眼族の少女が、入り口付近に倒れていた。

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