第84話 逃がす

 土壁の中は暗いが、ユーライたちはクレアが灯してくれている小さな明かりで視野を確保できている。


 ユーライはリピアを抱きしめつつ、深い溜息。



「……ただ叫ぶだけでこの威力。フィーアの壁がなかったらもっと危険だったな……」


「うふ? わたくしの力が魔王様のお役に立ちましたね! これからもどんどん頼ってください!」



 ダメージを追ったユーライたちに対し、フィーアは全くの無傷。やはり普通の人間には、あの叫びはただの大きな音でしかない。ディーナとギルカも無事だ。



「……まさか、フィーアがいてくれて良かったと思うときが来るとは」


「わたくしは魔王様の剣にして盾です。敵を殺し、そして魔王様をお守りします。そして、どんな命令でも、必ずや遂行して見せます!」


「……無駄な殺しをしなければ、案外頼れる奴かもな。それにしても、あの大天使はダメだ。早くなんとかしないと」



 しかし、どうすればあの大天使を倒せるだろうか。


 何万人だかの命を犠牲にして召喚されたあの大天使は、ユーライに匹敵する魔力量を誇る。また、ユーライが得意とする魔法では攻撃が通じにくい。



「クレア。あれ、クレアの剣で斬れるかな?」


「……斬ることはできると思う。でも、あのサイズだと、向こうからすると爪で引っかかれた程度のダメージ」


「だよな……。私が悪鬼を召喚してもすぐに消し飛ばされそうだ。召喚主を叩いても無駄?」


「無駄だと思う。ユーライの悪鬼と同じ」


「だよな……」



 ユーライの召喚する悪鬼も、一度召喚すればユーライを殺しても消滅はしない。いずれ魔力が尽きて消滅するが、それまでは動き続ける。



「あの大天使を直接叩くのは現実的じゃないな……」


「もしかしたらだけど、町を破壊すれば、あの天使の力は多少弱まるかも。

 あの天使を召喚したのは祝福の子だとしても、一人であんなものを召喚できるわけがない。おそらくは聖歌隊の力を借りていて、町自体を儀式場として利用してる。儀式場を壊せば、天使への魂の供給は止まるはず」


「なるほど。やってみる価値はある。ただ……やっぱり、それだけで倒せる相手じゃないな。現時点での強さはそのままだ。あーもう、また闇落ちに頼るのか? 次使ったら、私、何をしでかすかわからないぞ?」



 先日の戦いのときよりユーライは強くなっている。魔力量も増えたし、魔法の扱いも上手くなった。種族も変わっている。今の状態からさらに桁違いの力を手にして、さらに理性を失えば、一つの町を壊滅させるだけでは済まないかもしれない。


 闇落ちのときには、魔界召喚などという不穏な魔法も使えてしまう。大陸北部を本当に魔界に変えてしまう可能性すらある。



「……どうすればいいんだよ、こんなの。逃げればいいのか? 逃げても大天使が追ってくる? 追ってくるよな……。やっぱり倒さないといけない。人里離れた場所で戦っても、どうなることか……」



 考える時間が欲しいけれど、大天使はいつまでも待ってはくれない。


 再びあの叫びがユーライたちを襲った。


 ユーライはリピアとクレアを守るために全力で魔力を供給する。


 先ほどよりも威力が高く、クレアも体から血を流していた。



「……仕方ない。クレアとリピアは、まずはこの町から離れてくれ」


「あたしはユーライと一緒に……」


「クレア。これは命令だ。クレアの力じゃ、あの大天使の前に立つこともできない」



 クレアは酷く切なそうな顔をする。しかし、戦士として実力不足は理解しているのか、ゆっくりと頷いた。



「……それが命令なら」


「うん。ごめん。でも、私にクレアは必要ないとか、そんなんじゃない。今回の戦いは相性が悪かったってだけ。これが終わったら、また私と一緒に戦ってよ」


「……それが、命令なら」


「うん。命令だ。……とりあえず、それなりに強力な悪鬼を召喚して、二人を逃がすよ。

 フィーア。私とディーナは外に出して、リピアとクレアは強固な土壁で守ってくれ。アンデッドは呼吸できなくても死にはしないから、自力じゃ出られないくらいがちがちに固めてくれて構わないぞ」


「はい! わかりました! 日頃の恨み、ここで晴らしてやります!」


「おい、なんか気合いの入り方がおかしいぞ? 殺したり傷つけたりしたらダメだからな? 土で押しつぶすとかはなしだぞ?」



 ユーライは若干心配になる。フィーアはにぃっと薄気味悪く笑うばかり。



「……フィーア。ちゃんと言うこと聞けたら、何かちょっとくらいご褒美あげるぞ」



 フィーアが数秒何かを迷うそぶり。



「……魔王様にもう一度抱きしめてほしいです」


「わかった。いいよ。だからちゃんと指示に従え」


「わかりました!」



(抱きしめてもらえるだけで満足するって、フィーアは無邪気な子供みたいだな……。実際、中身はそんなもんなのかも?)



 ニコニコ笑顔のフィーアは、素直にユーライの指示をこなした。何かと危うい奴だが、上手く扱えば有用な人材には違いないのかもしれない。

 

 さておき、天使はまだ完全体ではないのか、連続で攻撃はしてこない。そもそも、あの叫びは攻撃ですらないのかもしれない。


 今のうちにと、ユーライも十万ほどの魔力を込めた十メートル級悪鬼を召喚。


 念のため隠蔽魔法で存在を隠し、天使が悪鬼に反応しないのを確認。その後、悪鬼にクレアたちが入っている土の塊を運び出させる。


 天使がいつ悪鬼を攻撃するか、ユーライは心配だった。しかし、悪鬼は町の外壁を飛び越え、無事に逃げていった。



「クレアたちはひとまず大丈夫かな。けど、大天使がクレアたちを狙わないように、私があいつを片づけないとな。まずは儀式場である町の破壊? それから、どうすればいい……?」

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