第83話 大天使

 膨大な魔力が町から溢れている。


 ユーライの宿す二百万以上の魔力量さえも超えているかもしれない。



「……なんだ、これ。お前ら、何をしているんだ?」



 ユーライの問いに、エマは乾いた笑いと共に答える。



「……私も詳しくは知らないが、どうせまた天使でも召喚しているんだろう」


「天使……。グリモワを襲った奴らか?」


「あのときとは全く規模が違う。もっと強大で、恐ろしい天使に違いない」



 あの五体の天使でも、ユーライにとっては厄介な敵だった。聖属性の天使は、アンデッドにとって非常に戦いにくい敵。


 あの天使よりも強力となれば、ユーライでも倒せない脅威になる可能性はある。


 ユーライが焦り始めていると、町の中心部に巨大な人影が浮かぶ。


 身長は五十メートル以上あるだろう。美しい女性の姿をしていて、何も身につけていない。腰まで届く黄金の髪が多少素肌を隠すが、ほぼ全てを晒している。


 地球の天使と違って頭上の輪はないのだが、その背中には三対六枚の白い翼。


 人間からすれば、おそらく神々しい姿。


 しかし、ユーライからすると、不快極まりないおぞましい姿。


 その輝きを目にしているだけで、気分が悪くなる。



「あれは……天使っていうか、大天使とか、上級天使って感じだな。あんなのが召喚できるなら、この前の戦いで使えば良かっただろうに……」



 あれが来ていたら、おそらくユーライは負けていた。跡形もなく消滅させられていた。


 戦慄せんりつするユーライに、エマが言う。



「……そうもいかないさ。あのレベルの天使召喚には、大量の人の魂を使う。この町の様子を見るに、町中の人間の魂を捧げているのだろう」


「……は? 町中の人間の魂? ここ、確か七万人くらいいるよな? その魂を全部?」


「全部……かどうかはわからない。私もエメラルダも、捧げられる魂には含まれないらしい。魂を捧げることくらいしかできない弱い人間の魂を捧げている……とかそんなところかもしれない」


「……お前、何を言ってるんだ? 人間の命は大事なものじゃなかったのか? 死んでもいい命があるなんて、お前らしくない」


「……私の考えじゃない。上層部なら、そんなことも考えるのかもしれないというだけの話だ」


「お前ら、私よりもどうかしてる」


「しかし、無駄に命を捧げろと強要しているわけじゃない。魔王を倒し、後生に平穏な世界を残すため、協力してもらっているんだ。お前の殺しとは違う」


「私が邪悪で世界を滅ぼしかねない魔王だったら、その言い分にも一理あったかもな。けど、私はそもそも平穏に生きたいだけだ。世界にとってなんの脅威でもない魔王を倒すために、万の命を犠牲にするなんておかしいだろ」


「はは……どうなんだろうな。今のお前は確かにただ平穏を望むのかもしれない。しかし、その意志は酷く不安定なものだ。実際、目的はどうあれ何万もの人を殺している。

 気分次第で世界を滅ぼしかねない存在など、この世に存在してはいけないんだよ」



 エマの言葉には、少なからず狂気が宿っている。


 そして……どこか、泣きむせぶ迷子の気配も、漂っていた。



「私みたいな魔王より、お前たちの方がよほど危険な存在だよ」


「……それより、のんびりおしゃべりしていていいのか? あの天使がもうじき動き出すぞ」



 エマの言う通り、茫洋ぼうようとした目で突っ立っていた天使が動き始める。大きく息を吸っている風に見えて、ユーライは嫌な予感。



「フィーア! 土で私たちを覆え! 半球状の壁にして、何が来てもいいように!」


「はい!」



 フィーアが分厚い土の壁を作り、ユーライたちを包み込む。ユーライはリピアを抱き寄せて、クレアの手も握る。


 直感で、ユーライは二人に魔力を注ぎ始める。


 直後、大天使が叫び声をあげた。悲鳴にも似た甲高い叫びで、それが魔物、特にアンデッドにとって害悪であることもわかった。


 土の壁越しでも伝わる聖属性の波動。ユーライにとっては体が軋む程度で済むものだったが、特にリピアにとっては命を蝕む攻撃だった。



「う……っ。あああああああああああああああああっ」



 リピアの全身にヒビが入り、血が吹き出す。ユーライが魔力を注いでいなければ、リピアは一瞬で消滅していたかもしれない。


 クレアも苦しそうだが、リピアほどにダメージがあるわけではない。おそらく、体中に痛みが走る程度。


 ギルカを運んでいたスケルトンは消滅し、ギルカはその場に落下。もしかしたら怪我をしたかもしれない。ディーナが駆け寄り、ギルカを抱えた。


 この叫びは、普通の人間にはなんの脅威でもないらしい。今危ないのはユーライたちアンデッドだ。



「リピア! 大丈夫だ! 私の魔力をあげるから、もう少し耐えてくれ!」



 天使の叫びは三分近く続いた。リピアは血を流し続け、いつしか気を失っていた。


 しかし、体の消滅は免れて、叫びが途絶えた後にはユーライの魔力で傷も癒えた。


 ユーライはリピアを救えたことに安堵したが、これで終わりではない。


 むしろここからが戦いだと、ユーライは嫌でも理解していた。

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