第59話 勘違い

 程よいところで、ユーライはフィーアから離れた。


 フィーアは不満そうだったが、ユーライとしてはこれ以上優しくするつもりはなかった。


 ついでに、クレアの視線が冷気をまとっていたので、なおさら接触しづらかった。


 ともあれ、フィーアに教団についてもう少し詳しく訊いたところ。


 教団には、教主が一人と、二つ名を持つ幹部が五人いる。


 星をむしばいばら、フィーア。

 破壊の戦鎚せんつい、ローディ。

 黒の教典、ルシフェル。

 災厄の獣、ガリエラ。

 死を告げる鳥、ディーヴェル。

 

 一番偉いのは教主で、闇の力による世界の支配を企んでいる。


 五人の幹部は、概ね強さと魔王への忠誠心で選ばれる。そして、配下を従えたり単独だったりの違いはありつつも、教団のために活動中。


 その活動内容は、ユーライが魔王として認知される前までは、魔王が生まれたときのための下準備だった。教徒集め、資金調達、戦力増強の他、各国の要人に教徒を配置したり、邪魔になりそうな者を暗殺したりもしている。


 ちなみに、フィーアは主に単独で暗殺を担っている。


 いつ現れるかもわからない魔王のために延々と下準備しているのは変な話なのだが、実質的には教主の望みを叶えるために動いていたような状況。ただ、魔王を神と見立てて団結し、裏ではかなり影響力のある組織になっているらしい。


 魔王が生まれた今では、教団はユーライと共に世界を支配する方法を思案中。


 今のところはまだ魔王の誕生から日が浅いので、魔王としての素質やあり方を見極めようとしているらしい。フィーアはよくわかっていなかったようだが、おそらく、魔王をどう操り利用するのが最適か、考えているのだと思われた。


 そして、フィーアはいつでも魔王と接触できるよう、ユーゼフに滞在していた。まだ教団から接触の指示は出ていなかったのだが、ユーライがユーゼフに来たため、我慢できなくなって指示を待たずに接触。結果としてユーライに拘束され、無力化されている状態。


 フィーアはユーライと会ってから教団の者と連絡を取っていないが、おそらく状況は伝わっているだろうとのこと。


 教徒の総数は、フィーアも知らない。それなりに長い歴史の中、百万は越えるだろうとも言われている。


 ただし、その全てが魔王による世界の支配を望んでいるというわけでもない。単に神様に対して絶望し、別の救いを求めてとりあえず魔王にすがった、ということもあるようだ。



「……ふむ。教団のことも、フィーアのこともだいたい理解した。私の意志に反して余計なことをしそうで本当にうっとうしいんだけど……その教主はどこにいるんだ? 会って話をつけたい」


「教主様の居場所はわたくしにもわかりません。不定期に教主様が召集をかけるのですが、場所は様々です」


「そう……。連絡を取る手段はある?」


「ありますわ。わたくしのつけている首飾りは魔法具になっていまして、メッセージを吹き込むと教主様に伝わる仕組みになっております。その後、教主様からまたメッセージが届きます」



 確かに、フィーアは黒い宝石のついた首飾りをしている。



(それ、連絡手段じゃなくて、監視用の魔法具じゃないの? フィーアは常に見張られているし、何を見聞きしたかも伝わってるっていう……。今のやり取りも全部筒抜けかな……。いいけどさ……)



「……じゃあ、このまま教主に向けて話せばいい?」


「その前に、魔法具に魔力を込める必要がありますわ」


「ふぅん。それ、私の魔力でもいい?」


「ええ、構いません」


「じゃあ……」



 ユーライは再び席を立ち、フィーアの側に寄る。フィーアがうっとりと眺めてくるのは無視して、フィーアの首飾りに触れ、魔力を流す。黒い宝石が淡く光り始めた。



「……教主さん、聞こえてる? 私は魔王のユーライ。ちょっと会って話をしたいんだけど、会える? 会えるなら集合場所を教えて。もしくはグリモワに来て。それじゃ、また」



 魔力を流すのをやめる。光は消えたが、果たして本当にこれでただの飾りになったのかはわからない。



(……教団の歴史は長いらしいし、規模も大きい。それを取り仕切るだけの奴だから、きっと厄介な相手なんだろうな……)



 たとえ神に匹敵する力を持っていたとしてもそれを過信してはいけない。ユーライは自分に言い聞かせる。世の中には、力だけでは対抗できない相手もいる。もし会うことになったら、慎重に対応しなければいけない。



「……さて、と。フィーアと教団のことは一旦もういい。やることはもう終わったし、明日にはグリモワに帰ろうか。あんまり長いこと不在にしてると、変なのが侵入してくるかもしれない」



 ユーゼフとルギマーノでやるべきことは終わった。結果的に支配地域を拡大してしまったので、色々とトラブルも起きるだろう。それはそのときに対応すればいい。



「フィーア、とりあえず私についてきな。っていうか、動けないようにしたまま連れて行く」


「はい! 連れていってくださいまし! わたくしはもう魔王様のお側を離れません!」


「……それは嫌だよ。私、お前のこと好きじゃない」



 ユーライとしては、フィーアなど捨てていきたいとも思う。しかし、放っておくとまた余計なトラブルを起こすに違いないので、連れて行く。




 そして、翌朝。五人で家の外に出たとき。


 家の前に、首が四つ落ちていた。


 青年と中年男性、そして若い女性二人分。


 表情は穏やかで、眠っているようでもある。



「……は?」



 どうしてこんなところに首が落ちているのか。一瞬、ユーライは思考停止してしまう。


 ただ、よく見ればその首の奥に、一人の青年が片膝をついている。


 身長は百八十近くありそうだが、顔立ちは綺麗で、青白い髪も肩まで伸びているから、どこか中性的な雰囲気もある。


 服には返り血らしきものものが見えていて、落ちている首はこの青年が斬ったのだろうとわかる。



「……今度は何だよ。お前、誰?」


「自分の名前はギルディン。魔王様にお仕えしたく、参上致しました」


「……私に、仕える?」


「はい。自分は一介の兵士でしたが、魔王様の圧倒的なお力に感服し、魔王様にお仕えすることを決意致しました」


「……勝手に決意すんなよ。それで、この生首は何?」


「この者たちは、魔王様への反逆を企てておりましたので、我が手で処分致しました」


「……ああ、そうなんだ」



 敵になる者を排除してくれるのは、ありがたい一面もある。


 しかし、そうしろと命じたわけでもないのに勝手に動かれるのは困る。


 魔王は少しでも反抗的な者を全員処罰する、みたいに思われてしまう。



(私の意志とは無関係のところで処刑とかされても、私の評判が悪くなるだけだろ。なんで勝手なことするかな……。私に寄ってくるの、こんなバカばっかりか?)



「……私、そんなことしてくれって頼んだか?」


「魔王様のお力になれればと、自分の一存で動きました」


「フィーアといい、お前といい、頼んでもいないことを勝手にやるなよ。私は暴力とか恐怖による支配なんて望んでないんだよ」



 青年の顔を蹴り飛ばす。青年は攻撃を予期していなかったのか、避けることも防御することもなかった。頭を大きく仰け反らせ、そのまま背中から倒れて後頭部を地面に打ち付ける。


 首が取れても構わない、というくらいの力で蹴ったが、青年も多少丈夫な体をしているようで、首は繋がったままだ。



「ま、魔王、様……!?」



 青年にはまだ意識がある。鼻血を垂れ流しているが、それだけだ。



「お前みたいなのが今後も沸いてくると思うとうんざりする。魔王っていうイメージだけで、私が純粋な悪だとか勘違いすんな。何万人も殺しておいて、正義面すんなって話でもあるけどさぁ」



 困惑する青年の頭を、ユーライはもう一度蹴り飛ばす。股間を思い切り蹴ろうかとも思ったが、元男としてそれは控えた。



「じ、自分は、ただ、魔王、様の、ためを、思って……っ」


「それが私のためになってねぇって話だよ! 私が、ただ無闇に人を殺してるだなんて、勘違いすんな! もう二度とこんなことすんな!」



 青年が気を失うまで蹴り続けていたら、青年の顔が大きく変わってしまった。色男が台無しだ。



「はぁ……。私、このまま帰って大丈夫かな? 見張っておかないと、私の意志とは無関係に他人を傷つける奴が出てくる?」



 ユーライがうんざりしていると、クレアが答える。



「勘違いする者はまた出てくると思う。実質的な統治はギルド長に任せるとしても、ユーライとしての意志はもう少し明確に示した方が良さそう」


「……仕方ないか。面倒だけど、こんな奴らを野放しにもできない……」



 やれやれ。


 ユーライは大きな溜息をつき、もうしばらくルギマーノに滞在することを決めた。

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