第60話 脅し
魔王は反逆を許さないが、魔王への反逆の意志がある者を、他の者が勝手に殺してはいけない。
既に領主はいないが、基本的には以前と同じ法律を適用する。
現場の統治は冒険者ギルドの長に一任する。
魔王の意志を勝手に歪めて解釈し、犯罪行為をしてはいけない。
ただ暴力を肯定するために魔王に取り入ろうとする者を、魔王は臣下として求めていない。
……等々、ユーライはユーゼフとルギマーノの人々に告知した。
ただ、想定外の出来事はいくらでも起こるので、何かトラブルがある度に告知するものは増えていくだろう。
(法律とかルール作るのって本当に難しい……。わけのわからん解釈をする奴はいくらでもいるし、かといって全ての可能性を考えて作ることもできないし……。統治ってただひたすら面倒くさい……。世界を支配するとか絶対嫌だ……)
ユーライはそんなことを思いつつ、微調整しながら成り行きを見守った。
そんな中でユーライは色々な人を見た。
魔王の特別な庇護を求めて、自分の子供を捧げようとする者。
爆弾のような魔法具を隠し持って自爆テロを仕掛ける者。
魔王軍の幹部になりたいと言い出す者。
魔王の配下を自称して勝手に悪さをする者。
反逆者をあぶり出して密告し、魔王に取り入ろうとする者。
正面から決闘を挑んでくる者。
リピアが一番弱いと見極め、誘拐や殺害を企てる者。
そんな連中に、ユーライは必要な処分を下した。基本的に実害がなければ追い返すだけなのだが、自爆テロを行った女とリピアを狙った男には念入りに罰を下した。
ユーライは二人とも魔改造で体をいじったのだが、女の方は、顔から蜘蛛のような足が生えた気色の悪い生き物にした。そもそも自爆のときに体がバラバラになってしまっていたので、頭部だけで生きられるようにしようと思ったら、そうなった。
放置しておくと何をしでかすかわからないので、小型の檻の中にいれて飼育することに。世話は自分ではせず、冒険者ギルドの長に預けた。一ヶ月は人目に付くところで生かしておけ、と命じている。期限が過ぎたら、おそらくギルド長が速やかに殺してやることだろう。
リピアを狙った男は、人の顔の花を咲かせる不気味な木に変えた。それを広場の片隅に植えて、警告文を書いた立て札も側に置いた。こちらも一ヶ月は手を出すなと命令。期限が過ぎたら、誰かが勝手に焼くなり斬るなりするだろう。
様々なトラブルはあったものの、ユーライの圧倒的な力を前に、人々はやがて諦めを覚え始めた。
憎き敵ではあるのだが、もはや逆らうことも復讐することも得策ではない。害をなさない限りは生活を脅かしてくることもないので、もう何もしない。色々な感情は押し込めて、魔王の存在は忘れ、以前のような生活を送る方が良い。復讐や反逆以外の自由は奪われていないので、案外支配下での生活も悪くない。
人々の意識が変化しているのを実感しつつ、ユーライたちは十日を過ごして。
魔王教団の教主からは連絡がないので一旦放置し。
支配した町の統治ではなく、外部との関係について考え始めた頃。
昼過ぎ、ユーライがいつもの四人で町を見回っていると、小柄な女の子が現れた。
身長は百四十センチ程度だろうか。童顔気味だが、小学生ほどではなく、高校生くらいの雰囲気はある。ポニーテールの髪はオレンジ色。活発な印象なのだが、なぜか涙目なので気弱そうに見える。
その手には、身の丈ほどもある大きな鎚。
(……もしかして、ドワーフか?)
暫定ドワーフ少女は、震える声でユーライに向かって言う。
「ま、魔王……っ。無眼族の少女、ラグヴェラとジーヴィは、あ、あ、預かった! 無事に返してほしければ、お、大人しく、ここで命を差し出せ!」
相手が泣きそうになっているのであまり実感がわかないのだが、どうやら脅されているらしいとユーライは理解する。
(……二人が誘拐された? グリモワに残した悪鬼はさほど強い奴でもないから、それもあり得るか。もっと強い奴を置いておけば良かったか……。今考えても遅いけど……)
仲間が誘拐されたことに焦りつつ、脅してきた相手がとても弱そうなので、ユーライは困惑。
「……お前、冒険者か何か?」
「ボ、ボクは冒険者だ!」
「ふぅん……。私の討伐依頼でも請け負った?」
「そうだ!」
「……死にたいの?」
「ひぃっ」
ユーライは特に威圧したわけではない。それでも、冒険者少女はガクガクと足を震わせる。
「えー……まぁ、お前が本気で脅してる前提で話すけどさ。私にとって、ラグヴェラとジーヴィはもちろん大切な仲間だ。
でも、正直言うと、自分の命より優先するほど大事に思ってるわけじゃない。ここにいる三人ならまだしも、あの二人を人質にしたって意味はないよ」
「……だ、だよねぇ……」
「……お前、本当に何しに来たの? 本気で脅しに来た風じゃないけどさー、もし、お前がラグヴェラとジーヴィを傷つけたり、殺したりしたら、私は絶対にお前を許さない。生まれて来たことを後悔するような苦しみを味わわせる」
ユーライは一歩踏み出す。冒険者少女が一歩下がり、ぶるぶると体を震わせる。
「あの……その……」
ユーライは隠蔽魔法を解き、一瞬だけ魔力を放出しながら、命じる。
「二人を今すぐ解放しろ。さもなくば、お前の命はない」
「ひぃあああああああああっ」
冒険者少女が戦鎚を落とし、その場にぺたんと座り込む。
涙を流し、さらには失禁してしまった。
(……こいつ、本当に冒険者? 軽い脅しでここまでビビってたら、魔物も退治できないだろ……)
「ごごごごごごごごめんなさいぃいいいいいいいいいいい! ボクはただ、魔王を脅迫しろって命令されただけなんだ! ボクは二人に手出しなんてしない! どうか、どうか、許してぇぇえええええええ!」
冒険者少女が地面に頭を擦り付けるほどに頭を下げる。この世界に土下座などという文化はなさそうだが、ユーライは初めて土下座に近しいものを見た。
ユーライは魔力の隠蔽を施しつつ、溜息。
「……はいはい。なんかよくわからんけど、お前にそれを命じた奴に伝えにいけ。二人を今すぐ返せって」
「わ、わかった! あ、あれ? 足が……っ」
冒険者少女は立ち上がろうとするが、その場でジタバタするばかり。
腰が抜けたらしい。
「……なんなんだよ。リピア、ちょっと手を貸してあげて」
「……うん」
リピアが冒険者少女に歩み寄り、優しく声をかける。
「落ち着いて。ユーライは無闇に人を傷つけたりしないから、大丈夫」
リピアは冒険者少女の側にしゃがみ、その背中を撫でる。
冒険者少女はぼろぼろと泣き出してしまい、すぐには収拾がつきそうにない。
「……何を考えてこいつを送り込んだんだか」
ユーライは首を傾げつつ、冒険者少女が落ち着くのを待った。
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