第23話 違和感

 * * *


「ま、また絶叫が……っ。ねぇ、クレア! あのダークリッチは何をしているの!?」



 リピアは時折聞こえてくる男の絶叫に不安を募らせる。


 距離があって状況がよく察せないが、何か良くないことが起きているのはすぐにわかった。



「……さぁ。あたしにも何が起きているかはわからない」


「……クレア、放っておいていいの? あのダークリッチ……きっと人を襲って……」


「ユーライが人を襲うのであれば、襲うだけの理由があるということ。……おそらく。そのはず。あなたを襲うわけではないのだから、心配しなくていい」


「で、でも……」


「あなたは、盗賊らしき連中に矢を射られた。だというのに、襲われているだろうその連中を、どうして心配する?」


「心配しているわけじゃなくて……。あんな絶叫、尋常じゃない……。何か恐ろしいことが起きているのが……怖い……」


「大丈夫。あなたが心配することじゃない。ただ……確かに、そろそろ止めたほうがいいのかも……盗賊の類なんて死ねばいいとは思うけど、無闇に苦しめるのは好ましくない……」



 クレアが動き出そうとしたところで、男の絶叫は聞こえなくなった。


 それから程なくして、ユーライが戻ってきた。ラグヴェラを背負い、ジーヴィを横抱きにしている。



「ラグヴェラ! ジーヴィ! 大丈夫!?」


「二人ともちゃんと生きてる。大丈夫だよ」



 ユーライが微笑む気配。


 リピアには色のある世界は見えないのだが、魔力の流れで周りの状況はわかる。もっとも、ユーライの場合は、そこだけぽっかりと穴が空いたように感じられる。その周囲に流れる空気中の魔力から、様子を察するのだ。


 リピアはまず、ジーヴィを受け取る。体は弱っているようだが、体に大きな傷はない。あるのは……まだ完全には癒えていない、矢で射られたような痕。服は着ているものの、服の下にも傷跡があるようだ。



「……この傷、何……? ジーヴィは、全身を弓で射られたの……?」


「あれ? 表面の傷は治ってるはずなのに、わかるんだ?」


「あちしたちは魔力の流れを感じ取るから、体の奥の傷がわかる……」


「……そうだったか。余計な心配はかけたくなかったんだけど」


「……もしかして、ラグヴェラも……?」


「まぁ、ね」


「……なんて、酷い。あちしたちが、一体何をしたって言うの……っ」



 無眼族は涙を流さない。しかし、涙を流せたら、きっと泣いていただろうと、リピアは思う。



「あんたたちは何も悪いことはしてない。ただ、世界には、肌の色が違うとか、自分と違う姿をしているとかいうだけで、それを排除したくて仕方なくなってしまう連中もいる。世界は理不尽で残酷なんだ」



 ユーライが人を襲うのであれば、襲うだけの理由があるということ。


 クレアが言った言葉の意味を、リピアは理解する。



「……あいつらはどこ? こんなの、許せない……っ」


「あー……ごめん。もういない」


「……殺したの?」


「死んだのは一人。殺したかったわけではないんだけど、生き返らなくてさ。他の連中は……どこかへ行った、かな」


「まさか、そのまま逃がしたの!?」


「そのままではないよ。……あいつらの心は、完全に失われた。もう、元には戻らない」


「……どういうこと?」


「ま、まぁ、詳しいことは追々……ね?」



 何か言いづらいものがあるらしい。


 あの絶叫を考えれば、ろくでもないことが起きたことは想像に難くない。



(……復讐は、ユーライが終わらせたってことなのかな。そういうのは自分たちの手でって思っちゃうけど……これで良かったのかもしれない。やられたらやり返すなんて、悪い連鎖に飲み込まれてしまいそう……)



 リピアが溜息を吐くと、四足歩行の獣が近づいているのを感じ取った。


 その気配に、リピアは怖気が走った。



(な、何!? こんな魔力の流れをする生き物、あちしは知らない! 人間? 違う。獣でもない!)



 人間を無理矢理改造し、四足歩行の獣を作り上げたような、歪な気配。


 人間のような魔力を有しているくせに、その形は狼。


 特にその頭はいけない。人間の頭脳がそこにあるはずなのに、魔力の流れがぐちゃぐちゃに乱され、人間としての知性も心も完全に破壊されている。



(あまりにも気持ちの悪い存在……っ。嫌だ、こんな気配を感じていたら、こっちまでおかしくなる……っ)



「あ、もう、私に付いてくるなって! どっか行けよ!」



 ユーライがその何か気味の悪い生物を追い払おうとしている。



「ち、近づかないでっ」



 リピアは水魔法でウォーターボールを作り、その生物に向けて放つ。


 何度も、何度も。


 そいつの気配を感じ取れなくなるまで。



「……リピアって、狼が苦手だった?」



 ユーライが首を傾げる気配。



「……そうじゃない。あれは……違う」


「ふぅん。リピアには、あれが何に見えてた?」


「……わからない。あれは、一体なんなの……?」


「……さぁ、ねぇ」



 ユーライはそれ以上のことは言わない。リピアも、聞きたいとは思わなかった。



「あ、そうだ。リピア、これは先に言っておかないといけない」


「……何?」


「その……大変申し訳ないんだけど、私たち、間に合わなかったんだ」



 リピアの心臓が跳ねる。



「え? ま、間に合わなかったって……? でも、ラグヴェラたちは無事に……」


「そっちじゃなくて。その……リピアのこと」


「……あちしの、こと?」



 猛烈に嫌な予感がする。


 この先を聞きたくないと思ったのに、ユーライは続ける。



「私たちがリピアを発見したとき、リピアはもう死んでたんだ。だから……アンデッドにして蘇らせた。それしか、私には救う手段がなかったから」



(あ、あちしが……アンデッドになった……? ずっと感じてた体の違和感は……それ……?)



 リピアの思考がとまる。体が急に重くなり、倒れそうだったところを、クレアに支えられた。


 しかし、リピアは結局膝をついてしまい、しばらく動けそうになかった。

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