第78話 子供

 * * *


「おいおいおい、あの天使、大丈夫か? 平気で町を破壊してるんだけど」



 天使たちの狙いがユーライであることはわかっていたので、ユーライはリピアたちからなるべく距離を取った。また、城壁の上では戦いにくいと判断し、急ぎ地上にも降りた。


 門から中央部に向かう大通りで天使たちを迎え撃ったのだが、天使たちは初手で町の破壊など全く意に介さないような攻撃魔法を放ってきた。おそらくは聖属性で、見た目は光の柱だ。


 ユーライとクレアはそれを避けたのだが、ユーライたちのいた場所は爆発し、周囲の民家にも被害を及ぼした。


 民家には計十人以上がいたはずだが、建物の倒壊に巻き込まれて死んでしまった。



「……私が動けなくしてた人たちだけど、私のせいじゃないぞ、これ」



 天使たちは、上空から遠慮なく魔法で攻撃し続けている。


 ユーライは多少被害を減らしてやろうと思い、吸収で無効化を試みる。しかし、相性の悪さもあって全ては吸収できず、ユーライの周りに光が四散し、周囲に被害を及ぼした。


 天使の魔法は、ユーライにもクレアにも傷を付けることができない中で、周辺を無闇に破壊し続ける



「ユーライ。周りを気にしてる場合じゃない。グリモワへの攻撃で消耗してるのか、想像してたよりは弱いけど、結構強いのは確か」


「うん……。とりあえず、この辺りの傀儡魔法は解除しとくか。逃げる奴は勝手に逃げればいい」



 解除と同時に、周辺の人たちが家から出て逃げていく。これで多少人的な被害は減るだろう。



「これじゃどっちが悪者かわからないな。つーか、あれ、どうやって倒そう?」



 ユーライたちは飛行系の魔法を使えない。飛び道具に近いものとして闇の刃を使っているが、これも効果が薄い。鎧を傷つけることはできていても、切断したり破壊したりには至らない。



「向こうの魔法も無効化できてるけど、ずっとこのままじゃダメだよな。クレアの剣でばっさりやっちゃいたいところだ」


「でも、あたしは飛べない」


「うーん……まずは悪鬼でも使ってみるか」



 ユーライは五メートル級の悪鬼を五体召喚。


 悪鬼は基本的に物理攻撃特化で、遠距離攻撃が得意という訳でもない。接近戦では非常に心強いのだが、空を飛ぶ天使たち相手では分が悪い。



「悪鬼でどうするつもり? ただの大きい的じゃない?」


「まぁ、見てて。……それにしても、あいつら、悪鬼には目もくれないな」



 クレアの言うことももっともなのだが、天使たちはよほど頭が悪いのか、ヘンテコな指示でも受けているのか、狙うのはユーライばかり。ユーライは、自身に向けられた光を、吸収で無効化し続ける。



「……私の悪鬼の方がどちらかというと頭悪そうな顔してるんだけど、あの天使たちの方がバカだよな」


「……幼い子供が遊び半分で戦っているような感じもする。周りのことなんてろくに考えず、対処の順番も決めず、一番の敵だけを倒そうと無闇に暴れ回っている……」


「天使にも子供っているの? 見た目は大人だけど」


「さぁ……。あたしも天使を見るのは初めてだから、詳しくはわからない」


「……霊視したら、何か見えるかな?」



 ちょっとした興味で、ユーライは霊視を使って天使の一体を観察。



 名前:なし(アレス)

 種族:天使

 性別:なし

 年齢:0歳(10歳)

 魂:あり

 状態:断罪の汚れ。人族の魂が昇華したもの。



「……なんか、見ない方が良いものを見てしまった気がする」


「どういうこと?」


「あの天使たち、元人間の子供かも」


「……どういうこと?」


「私にもわからない。人間の子供を生け贄にして天使を召喚したのかな……? ちょっと違うか……? 子供がを天使に変化させた……? 天使としてはたぶん生まれたばかりだけど、人間だった頃の名前はアレスで、年齢は十歳……みたい」


「アレス……? もしかして、あのアレス?」


「誰? 知ってる子?」


「……団長の娘さんと仲が良かった男の子が、確かアレス君」


「……へぇ。もしかして、私への復讐のために、進んで天使になったのかな?」


「わからない。その可能性がゼロとは言えない」


「……やれやれ。余計なことしなきゃ良かった。ちょっと倒しにくいなぁ……。あー、他の天使も元人間の子供か……。まぁでも、グリモワを壊したり、ギルカの部下を殺したりしたのはあいつらか。どういう経緯があったにせよ、あいつらはもう私の敵だ。……殺そう」



 あれがまだ人間の子供だったなら、それなりの罰を与えただけで許せたかもしれない。


 しかし、あれはもう人間ではない。


 人間をやめてしまったモノにまで、慈悲は必要ない。



「……ユーライなら、あの子たちを人間に戻せる?」


「……わからない。クレアは、そうしてほしい?」


「子供を殺すのは気が引ける。もし人間に戻れるのなら、戻ってほしい」


「うーん……。私の力って、救う方向じゃなくて壊す方向に特化しちゃってるんだよな……。じっくり時間をかければ何か方法が見つかるのかもしれないけど、この状況でやることじゃないかな……」


「そう……。わかった。それなら、もう素直に殺すしかない」


「大丈夫?」


「大丈夫。あれが元子供たちだったとしても、今はただの哀れな天使。自分たちが生まれ育った町さえも、平気で壊してしまう……。元に戻れないのなら、終わらせてあげたい」


「ん。わかった。あれは、私たちが殺そう」


「うん」



 クレアが天使たちの方を見て、深く溜息。



「……ねぇ、ユーライ。昔のあたしは、何を信じて、聖騎士として戦っていたのかな……?」



 冑の下の素顔は、きっと寂しげだろう。



「……さぁな。ま、あんまり気に病むなよ。私もあれはどうかと思うけど……クレアと仲間たちが救えた人たちだって、少なからずいるだろ? 神様を信じた力で、救えるものだってあった。それは、ちゃんと誇っていいことさ」


「……そう、かな」


「うん。どんなことでも、良い面も悪い面もあるって。あれを見て、以前のクレアのこと、全部を否定する必要はない。悪い一面だけ見てそれが全部だと思ってたら、フィーアみたいになっちゃうぞ?」


「……そうだね。極端なことを考えちゃダメだよね」


「そういうこと。……さて、無駄に攻撃してくるあの天使たち、とりあえず悪鬼でどうにかしてみよう」



 ユーライは、悪鬼たちにその辺の瓦礫から重くて固いものを手に持たせる。大きめの石だったり、柱だったり。



「ユーライ、どうするつもり?」


「簡単だよ。至極シンプルな話。お前ら……落ちてるもの、とりあえず天使たちに投げつけろ」

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