『暗黒の魔女』に転生してうっかり二万人ほど殺したら、魔王の称号を得ちゃった。平穏に過ごしたいのに、敵がたくさんいるから戦うしかないや。《TS》

春一

第1話 ろくでもない

 冒険者少女の無惨な遺体を発見したとき、神谷遊雷かみやゆうらいは前世の記憶を取り戻した。



(こんな思い出し方しなくてもいいのに……。ろくでもない記憶だ……)



 遊雷はかつて日本で生まれ、育ち、そして死んだ。


 死んだのは十五歳のときで、まだ高校一年生だった。夏休みに遊び半分で心霊スポットを訪れた時、運悪く不審な男と鉢合わせして、その男に殺されたのだ。


 その男が何者であったか、遊雷は知らない。ただ、その男の側に少女が倒れていたことは覚えている。


 その少女の姿が、目の前で倒れている冒険者らしき少女と重なった。それがきっと、記憶を取り戻すきっかけになった。



「……転生か。まさか俺がこんな経験をするとはねぇ。しっかし……俺、魔物だな」



 生まれ変わるなら人間の方が良かった。人間であれば、前世でできなかったことをやり直せる。



「今の俺は……リトル・リッチか。体が骨じゃないだけマシかな。普通に肉はついてるし、容姿も人間っぽい。肌は薄紫だけど」



 自分の体を改めて確認しつつ、遊雷は内側に意識を向ける。すると、自分のステータスを確認できた。



 名前:神谷遊雷かみやゆうらい

 種族:リトル・リッチ

 性別:女

 年齢:2ヶ月

 レベル:1

 戦闘力:8,500

 魔力量:13,800

 スキル:暗黒魔法 Lv.1、闇魔法耐性、聡明

 称号:暗黒の魔女



 どうやら生後二ヶ月らしいが、体は少なくとも十歳児くらいには見える。赤ん坊からやり直すわけではなかったことに、遊雷は安堵。



「つか、俺、女? ふぅん……? そういや、髪は長いな。色は黒のままだけど」



 記憶を取り戻すまでのことは、なんとなくしか覚えていない。明確な自我が存在せず、フラフラと無目的にさまよっていた。


 自分が男か女かという意識も特になく、そもそも排泄などもしておらず、己の性別を確認することもなかった。


 遊雷は、真っ黒なローブの上から下半身を確認。今まであって当然だったものがなくなっていることに、違和感を覚えた。



「本当についてないな……。つーことは、俺、もう脱童貞の機会はないわけ? あー……そこだけはちょっと心残りかも……」



 遊雷は深く溜息。



「……まぁいい。そこは考えてもしょうがない。戦闘力も基準がわからんからなんとも言えん。改めて……ここは、ダンジョンか何か?」



 遊雷がいるのは洞窟の内部のような場所。単なる洞窟かもしれないが、色々な魔物が徘徊しているのを考えると、ダンジョンのようにも思える。



「つまり、俺は日本で死んで、異世界のダンジョン内に、リトル・リッチとして生まれ変わった。そういうことだな? 了解。で、俺は何をすればいい?」



 別に神様なんぞには出会ってはおらず、何かの使命を与えられたわけではない。



「たまたま異世界に生まれただけなら、自由にやらせてもらうかね。何をするかは、もうちょっと状況が掴めてから考えよう。面白おかしく生きていければそれでいいが……とりあえず、この暗黒魔法って何だ?」



 意識を向けると、暗黒魔法の詳細がわかる。



 暗黒魔法:霊視、魂摘出、魂食たまくい、傀儡かいらい、魔改造、苦痛付与ペイン、精神汚染



「……不穏すぎる。これ、絶対ダークサイドの魔法だろ。暗黒の魔女だしなぁ……」



 それぞれの詳細に意識を向けると、概ねどういうものかはわかる。



 予想通り、どう考えてもダークサイドの魔法だった。


 なお、暗黒魔法以外、闇魔法耐性はその名通りで、聡明は思考力などが上がるものらしい。



「……これは、あれだな。俺、もはや人類の敵だな。まぁ、こっちの世界で魔物がどういう位置づけなのかは知らんけどさ。その辺はどうにか調べるとして……」



 遊雷は、少女の死体の側に寄る。頭の半分は陥没してしまっているが、残りの半分を見るに、まだ十五歳くらいの可愛らしい少女。剣士の類なのか、腰には鞘に入ったロングソードを帯びている。妙にきらびやかで、高級品に見えた。


 死体でなかったら、この少女の金糸のような長髪も、サファイアのような瞳も、とても美しく感じただろう。今は、この少女を形作る全てがどこか薄気味悪い。



「……霊視すれば何か見えるか? 霊視、発動」



 霊視は、魂や死者の情報を少しだけ覗き見る力。



 名前:エレノア・リバルト

 種族:人族

 性別:女

 年齢:15歳

 死後:5時間

 魂:なし



 死後間もなければ、霊視を使って魂を見ることもできたはず。しかし、五時間経過していると、既に魂もどこかに行ってしまっている。



「……もし魂がまだそこにあったとしたら、俺に何かできたのかね? そのうちアンデッド作成とかはできるようになるかもしれんが、今はないな……」



 遊雷は、エレノアの死体をどうするか考える。放っておけば、ダンジョン内の死体はダンジョンに取り込まれて消えてしまう



「……人のいるところまで、送り届けてやるか。その後のことは知らん。使えそうな魔法は……傀儡かいらい、かな」



 傀儡を発動。


 任意の相手を思い通りに動かす力で、死体ならば容易に操り人形にできる。


 エレノアの体がピクリと反応し、遊雷の意志に従って動き始める。


 半分になった頭部から血を滴らせ、ぎこちない動作で立ち上がろうとする姿は、まさしくホラー以外の何物でもない。



「……ストップ。順番を間違えた。魔改造が先だ」



 魔改造を発動。


 これは、任意のものを好きなように変形、改造する力。


 生きているものをいじくるのは大変らしいが、死体をいじくるのは造作もない。


 遊雷は、欠けている頭の半分を元に戻し、生前の綺麗な顔を復元する。



「……うん。綺麗になった。これなら家族と対面しても大丈夫かな」



 遊雷は一つ頷いて、改めて傀儡を発動。ぎこちない動きはやはりホラーの香りがするものの、さきほどよりは随分マシになった。



「……魔法を使うって結構難しいな。そもそも、生まれてから二ヶ月、魔法をちゃんと使った記憶もない……。何となくで使えてるだけよしとしよう」



 遊雷はしばし、エレノアを操る練習をする。普通に歩かせるだけでもガックガクに体が揺れて、良く言っても壊れたロボットを見ているかのようだった。



「……生前のエレノアに申し訳ない。まぁ、このままダンジョンに取り込まれるよりはマシだろ? ちょっと我慢な」



 二十分ほどして、ようやく操り方に慣れてきた。



「……魔力は二百くらい減ってるな。外に出るくらいまではもちそうだ」



 遊雷はざっと計算して、エレノアと共に歩き出す。



(暗黒魔法か……。こんなものが使えるなら、この先、きっとろくでもないことがたくさんあるんだろう。まぁ、そのときはそのときだな)

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