第80話 二人

 天使たちを倒しても、ギルカが目を覚ます気配はなかった。


 また、ユーライが霊視で確認しても、不快な光のもやは消えていない。


 元凶を倒してもダメということで、ユーライはひとまずエメラルダに助けを求めることにした。


 しばらく待機してもらっていたディーナたちも一緒に、全員でエメラルダの元に向かう。気配が独特なので、居場所はすぐにわかった。なお、ギルカについては、スケルトンに丁重に運んでもらう。


 静かな町を歩いていく中で、ユーライはディーナに念を押す。



「ディーナ、町を率先して壊したのは私じゃなくて天使の方だからな? そこんとこ、ちゃんと冒険者ギルドに報告しろよ?」


「……わかってる。けど、魔王様もそれなりに壊してるような……」


「まぁ、それはそれで報告してくれていいよ。でも、私より天使の方が壊してる。それは間違いない」


「うん……」



 ディーナが頷いたところで、フィーアが熱っぽく言う。



「それにしても、魔王様のお力はやはり素晴らしいです! あの強力な天使たち相手でさえ、魔王様は町を壊さないよう気遣いつつ、倒してしまわれるのですね! 正直、わたくしではあの天使たちを倒すことさえ難しかったでしょう!」


「……フィーアでも倒せないのか。結構強いのに」


「わたくしの戦闘力は十万にも届きませんよ。それに、人間故に聖属性は弱点になりませんが、あの光には流石にダメージを負います。防ぐだけなら可能ですが、相手は遥か上空ですし、反撃の隙がありません。

 そして、あの剣も特殊なものに見えました。人間にも有効な武器でしょう。切れ味は抜群のようでしたから、わたくしには対抗しきれません」


「そっか。うーん、ああいうのが今後も出てきたら厄介かもな……。

 なぁ、クレア。あれ、例の五歳児が呼び出したんだよな? 五歳であんな強力な天使を呼び出せるのか?」


「……あたしの知る限りだと、不可能なはず。たぶん、あたしの知らない補助魔法を使っているのだと思う」


「そっか。じゃあ、また似たようなのが出てくるのかな……。あんまりのんびり構えてる余裕はなかったか? まぁ、出てきたら倒すけど、町に被害が出ても私のせいにはしないでほしい……。あ、敵がまた何かやってる気配はしてきたな……」



 ユーライは、教会の方から不快な気配を感じ取る。何が起きているかまではわからないものの、聖属性の魔力が溢れている。



「無駄な抵抗はやめろって言うべきか、相手の全力を叩き潰すのがいいのか……。うーん、今はリピアもいるし、余計なことはさせない方がいいな……」



 先に教会へ向かおうとしたところで、ユーライたちの前に白銀の鎧を着た聖騎士と聖女エメラルダが立ちふさがる。聖騎士の方は、おそらくエマだろう。聖女の方は、急な夜襲にも関わらず、聖女らしい純白のローブをまとっている。



「よ。エマとエメラルダだよな? 二人とも、久しぶり」



 ユーライは気楽に挨拶してみる。しかし、予想通りお気楽な挨拶は帰ってこない。聖騎士は剣を構え、それに合わせてクレアとフィーアも臨戦態勢。



「……魔王。何をしに来た」



 聞き覚えのある声。やはり、鎧の方はエマだ。



「何をしに来たって? そっちが先に攻撃してきたんだろ? だから報復に……ってのもちょっとはあるんだけど、本題はそっちじゃない。あの妙な天使が使った魔法の影響で、ギルカが目を覚まさないんだ。私たちじゃどうも手に負えないから、そっちの聖女様に助けてもらおうと思って」


「……私たちが魔王の仲間を助けるわけがないだろう」


「そう堅いこと言わないでよ。そもそも、私はあんたらと敵対してるつもりはないんだ。そっちが勝手に攻撃してくるだけでさ」


「……私たちなど弱すぎて敵にもならない、と?」


「そう卑屈になるなって。力量差があるのは確かだけど、単に私には教会と敵対する理由がないってこと。そっちが放っておいてくれれば、私だって何もしない。お互いに不干渉でいいじゃんか」


「……お前は魔王で、多くの者を殺めた。そして、将来何をしでかすかわからない世界の脅威。放置しておくわけにはいかない」


「……頑固だなぁ、お前。私は平穏に暮らしたいだけだって言ってるのに」


「魔王の言葉を鵜呑みにはできん」


「ああ、そう。んー、ねぇ、そっちの聖女さん。聖女さんも、どうしても私を討伐しないと気が済まないの?」



 ユーライが視線を移すと、聖女エメラルダは悲しげに俯く。



「……わからない。魔王は存在するべきではないとも思うけれど、これ以上、あなたたちと争いたくはない」


「それ、隣の聖騎士さんにも言ってくれない? 私たちと戦っても何にも良いことないよ。無駄に被害が増えるだけ」



 エメラルダがエマの方を見る。しかし、なんと声をかければ良いのか、わからない様子。


 ここで、クレアが一歩前に出る。



「エマ。たとえあなたが何を考えていようとも、あたしたちには到底敵うはずもない。それはわかっているはず。勝ち目のない戦いに挑んで、無駄に命を散らせるのがあなたの望み?」



 クレアの容赦ない言葉に、エマは苦しげに答える。



「……無駄に散るつもりはないさ。クレア、私と一騎打ちをしないか」


「一騎打ち? 何故?」


「私とエメラルダの力を合わせても、魔王を倒せないことはわかっている。ただ、せめてクレアだけ、魔王の呪縛から解き放つ。……この手で、殺してやる」


「あたしは、ユーライに何かの縛りを受けているわけではない」


「そんなことはないさ。クレアは、魔王に力を貸すような悪人ではなかった」



 クレアが深く溜息をつく。



「ねぇ、ユーライ。少しだけ、私的な戦いをしてもいい?」


「好きにしなよ。何をするかは、クレアの自由だ」


「ありがとう。それじゃあ、エマ、戦おう。けど、どうせ戦うなら、条件を一つ。……エメラルダ。あたしがエマに勝ったら、ギルカを診てあげてほしい。あなたなら、何とかできるかもしれない」



 エメラルダが頷いた。


 そして、クレアがエマに向かって進んでいく。



(教会の方も気になるんだけど……クレアが聖女と交渉してくれたし、まぁ、今は見届けようか)

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