第88話 幼女勇者

 * * *


(勇者? に助けを求められる魔王の図。だいぶシュールだな……。けど、ここは私が頑張るしかないか……)



 やれやれ。


 ユーライは肩をすくめつつ、ふと精神汚染かけっぱなしの司祭に視線をやる。


 司祭はミイラに近い容姿に変わっていて、意識が残っているかどうかもわからない。魂は既に死んでいると言われても、ユーライは信じる。



「……これ以上は意味ないな。殺すか」


「え? こ、殺しちゃう、の?」



 ユーライが精神汚染を解除し、闇の刃を出現させたところで、金髪幼女が戸惑う。



「殺すよ。こいつのせいで、私の仲間が怪我したり死んだりした。町も壊された」


「でも……人殺しなんて……」



 この子はまだ殺人に慣れていないらしい。それが人間的には自然なことなのだが、ユーライは少し新鮮に感じた。



「……自然に殺そうと思っちゃうなんて、私もだいぶ魔王に染まったな」


「司祭様に何をしたのかはわからないけど……もう、十分でしょう?」


「まぁ、そうかも。無理矢理殺す必要はないか……あ」


 司祭の体から不意に力が抜けた。死んだらしい。精神汚染で弱っていたところ、天使召喚の影響で魂を抜き取られた感じだった。



「……あ、司祭様、死んじゃった?」


「だな。ついでに、聖歌隊ももう死んでるぞ」


「……え?」



 金髪幼女が、初めて聖歌隊たちに視線を向ける。首なしの死体を見て一瞬悲鳴を上げた。



「……魔王が、やったの?」


「そうだな」


「……人殺し」


「そうだな」


「……私も、人殺しだけど」


「その様子じゃ、自分の意志で殺したわけじゃないんだろ?」


「…そうだよ。私は、人殺しなんてしたくなかった……」



 金髪幼女がぽろぽろと涙を流し始める。


 神様に心酔していた者なら、聖都で生活することにも抵抗はなかっただろう。しかし、日本人的な感性を持っていれば、聖都での暮らしがとても苦しいものだったことは想像に難くない。



「……辛かったな。けど、安心しな。もう、嫌な思いはさせない」



 ユーライは膝立ちになり、金髪幼女の体をそっと抱きしめる。


 ユーライもまだ大人になりきらない体だが、金髪幼女の体はそれよりもずっと小さくて、支えてあげないといけない気持ちになった。


 ただ、金髪幼女が泣きやむまで待つ時間はない。


 ユーライはほどほどで切り上げる。



「そういえば、いい加減名前を教えてよ。ちなみに、さっきも言ったけど、私はユーライだよ」


「……リフィリス。向こうでの名前は、日向幸音ひなたゆきね。日向に、幸せの音って書くの」


「そっか。私はユーライ。……向こうでの名前は、なんだっけ。もう忘れた」



 本当は覚えているけれど、忘れたことにする。


 リフィリスなら、名前から元の性別も察するかもしれない。下手に知らせると混乱を招きそうだ。



「あ、一応言っておくけど、転生者だってことは、私とリフィリスの間だけの秘密な? 私、仲間にも言ってないから」


「わかった。秘密にする」


「よし。それじゃ、私は、天使退治に行ってくる。リフィリスはここで待って……」


「私も連れていって。私、もうここにいるの嫌だよ……っ」


「わかった。一緒に行こう。ただ、死んでも恨むなよ?」


「……恨むから、ちゃんと守って。強いんでしょ?」


「注文の多い幼女様だ」


「……こっちは五歳なの。中学生くらいの体を持ったあんたとは違うの」


「はいはい。……ちょっと失礼」


「え、何?」



 ユーライはリフィリスの体を抱える。五歳児の足では、移動に差し支える。



「舌を噛むな」


「ん」



 ユーライは礼拝堂の外に出る。


 大天使はしきりに光を放っていて、その先で建物が倒壊している。さらには、自ら町を踏み荒らしてもいる。


 狙っているのはフィーアだろう。まだ生きているらしい。


 ユーライは背の高い建物の上に上り、状況をより詳しく確認。フィーアはほぼ守りに徹しているのだが、大天使が町の被害を考えない攻撃を繰り返すので、効率的な破壊に繋がっている。



「……あの大天使、おっぱい、でっかい」


「……リフィリス。私があえて言わないようにしてたこと、口にするなよ。シリアスな雰囲気が台無しだろ」


「だ、だって……あんまり大きいから……」


「緊張感持てよな。現在進行形で町が滅んでいってるし、人もたくさん死んでるんだから」


「そ、そうだよね。ごめん……」


「ま、この光景に現実感が沸かないのもわかるよ」



 ユーライは大天使に向かって移動を始める。フィーアが注意を引きつけてくれているおかげで、足止めされることはない。


 しかし、フィーアの方も限界は近いだろう。ユーライはまだフィーアを仲間と認識できていないのだが、仲間を助けてもらったし、今も助かっている。



(……都合良く利用して使い捨てるんじゃ、まさに魔王だよな。フィーアのこと、ちゃんと大事にしよう)



「……それと、自分で走るより、こっちの方が速いな」



 ユーライは十メートル級の悪鬼を一体召喚。気配は隠蔽しているので、大天使にも気づかれない。その肩に乗り大天使に近づく。



「うっそ! こんなでかい魔物を一瞬で召喚するの!? デタラメすぎるでしょ!?」


「まぁ、私はそういう魔物だから」


「……魔王、強すぎ。勇者程度で敵うわけない」


「あ、リフィリスってやっぱり勇者なんだ? まぁでも、リフィリスにあの大天使をきちんと制御できる力が備われば、私でも勝てるかわからない」


「嫌だ。あんなの、もう絶対召喚しない」


「そっか」



 悪鬼のおかげで、ユーライたちはすぐに大天使の足下に到着。十メートルの悪鬼でも、大天使の膝までしかない。



「魔王、どうするの?」


「大天使の頭まで上りたい。リフィリス、天使の召喚、できないか?」


「無理。もう魔力なんて残ってない」


「そっか。なら……ちょっとだけ我慢してくれ」


「うん……?」


「悪鬼。私たちを、天使の頭上まで投げ飛ばせ」


「……へ? ちょ、え? ま、待って、それは、流石に乱暴すぎ……」



 悪鬼は粛々と指示に従い、ユーライを掴んだ後、上空に向かって投げ飛ばす。



「あひゃああああああああああああああああああああああああああああ!」


 リフィリスが叫ぶ。叫ぶ余裕があるなら大丈夫だ、とユーライは思う。通常の人間なら失神してもおかしくなかった。勇者だけあって、体は丈夫だ。


 ユーライたちは大天使の頭上に到達し、落下を始める。悪鬼の行動は何かと雑なので心配していたが、どうにか大天使の頭上に到達できた。足場が不安定なので、大天使の髪を掴んでおく。



「……し、死ぬ。ついてくるんじゃなかった……」


「後悔してももう遅い」


「いつか討伐してやる」


「それは冗談にならないからやめてくれ」


「それで、どうするの? この大天使、私たちが上に乗っかってるのにも気づいてないみたいだけど、普通の攻撃じゃどうにもできないでしょ」


「攻撃はしない。私が支配する」


「……どうやって?」


「上手くいくかは、わからない。でも、たぶんできる。まぁ、見てな」



 ユーライは一度リフィリスを大天使の頭上に下ろす。リフィリスはおっかなびっくり、ユーライにしがみついてくる。



(邪神は言った。私が魔王として戦うとき、あの名前を名乗れって。闇落ちとは別の力を発揮できるって。そして、魔王には……他者を従える力がある、はず。それに……)



 今まで使う機会のなかった魔法が、今回は活躍してくれるかもしれない。



「リフィリスなら知ってるかな。最強の悪魔サタンってのは、ルシファーっていう天使が地獄に堕ちた後のなれの果てだって。まぁ、私も詳しくないから、詳細は間違ってるかもだけど」


「まぁ、なんとなくは知ってる……。それがどうかしたの……?」


「こいつ、悪魔に落としてやる。そんで、私の下僕にする」


「……は? そんなこと、できるの……?」


「やってみないとわからない」



 邪神は、この大天使をどうにかできると言った。


 ならば、きっとできる。



「……さて、まずは名乗ろうか。肩書きだけの魔王だって言い続けてきたけど、今だけは、魔王として戦う。……我は、暗黒の魔女にして、魔王フィランツェル。我が力で、お前をねじ伏せてやろう」



 ユーライの内側から、魔力が溢れた。


 隠蔽魔法を打ち消すほど、途方もない魔力だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る