第31話 会議

 * * *


 聖騎士団の会議室に集められたエマは、団長より、一等級冒険者セレスがダークリッチに破れたという報告を受けた。


 エマに限らず、集合した五十人少々の聖騎士団員が息を飲んだ。



(まさか、セレスまでが破れるとは……。意外、ではないな。当然と言えば当然か……。三十を越える聖騎士団をたった一人で制圧した力を考えれば、一等級冒険者一人を倒すなどわけもない)



 先日派遣された聖騎士団員は、全員が二等級以上の力を持つ。セレスがいかに強力といえど、一人では聖騎士団には敵わない。聖騎士団が勝てない相手に、セレスが敵うわけもない。


 ただ、やはり一等級の実力者が負けたというのは、聖騎士団敗北とはまた違った衝撃をもたらした。



「セレスと共に偵察に行った冒険者によると、どうやらセレスとダークリッチはほぼ互角の戦いをしていたそうだ。ただ、ダークリッチに加え……クレアとも戦うことになり、セレスは押され始めたそうだ」



 団長カーディンの口からクレアの名前が出て、団員たちの顔に苦いものが走る。



(クレア……。生きていてくれるのは嬉しい……。でも、元聖騎士団の一員が、ダークリッチと共に戦うなんて……)



 エマは、余計なことかもしれないと思いつつ、カーディンに尋ねる。



「団長。そのときのクレアの様子は、どうだったのでしょうか? その……自発的に、ダークリッチのために戦っている様子だったのでしょうか?」



 もうじき四十となるカーディンの眉間に、深い皺が刻まれる。



「詳細はわからない。ただ、ダークリッチに操られ、人形のような戦い方をしているようには見えなかったらしい。クレア本人の力を発揮して戦っているようだった、と」


「……ダークリッチは、人を自在に操りつつ、その力量を最大限に引き出す術を持っているでしょうか」


「わからない。しかし、その可能性はある。奴に人を自在に操る術があるのは事実だ」



 エマは、自分の体を操られたときのことを思い出す。己の意志とは無関係に体が動くのは、非常に気持ち悪かった。



「ちなみにだが、セレスはダークリッチとクレアの二人に負けたわけではない。そこにもう一人、獣人の女がいたそうだ。黒髪に狼の耳と尻尾……おそらくは、盗賊団黒幻狼こくげんろうのリーダー、ギルカだ」



 ギルカの名前を聞き、団員たちがどよめく。


 ギルカは、リバルト王国では名の知れた盗賊。身体能力の高さと優れた剣の腕に加え、隠密の力が非常に厄介。盗賊よりも暗殺者と呼ぶに相応しい戦い方を得意としていて、戦闘力の差をくつがえして強者を狩ることで有名だ。


「ギルカが、どうしてダークリッチと共に?」


「それも不明だ。とにかく、ギルカもダークリッチにくみする者であるのは確かだろう」


「……他に、向こうの戦力は?」


「一応、他にも黒幻狼の団員十名程度と、どうやら無眼族の少女二名がグリモワの町にいると判明している。戦力として数えるべきかは未知数だ」


「……勢力が拡大していますね。ああ、ちなみに、セレスはその後どうなったのでしょう? 殺されたのでしょうか?」


「殺されてはいない。四肢を切り落とされるなどの重傷を負った他、ダークリッチになにかしらの魔法をかけられたようだが、生きている」


「……なるほど。私たち同様、殺されはしなかった、と」


「そのようだ」


「……ダークリッチは、何故襲ってきた相手を殺さないのでしょう? 通常の魔物にはない行動です」


「……それもわからん。だが、魔物のすることだ。自分の手駒に変える術があるなど、なにかしら狡猾こうかつな理由があるのだろう。ダークリッチが仲間を増やしているのも、その狡猾さによるのかもしれん」


「……そうですね」



(殺しを嫌う魔物……。世界を探せば、そういう魔物がいないわけではない。ラージェ皇国ではドラゴンが宰相を務めていると聞く……。しかし、そんな魔物は片手で数えられる程。あのダークリッチが、人間に友好的かもしれないなどと考えるべきではない)



「セレスが敗北した今、グリモワ近辺の領主が、軍を率いてダークリッチ討伐に乗り出すことが決まった。そこに、我ら聖騎士団にも応援要請が入った」


「……珍しいことですね。領主が我々に助けを乞うなど」



 領主は教会関係者を好ましく思っていない。聖騎士団が神様のために生き、そして戦うのに対し、領主は自身の領地経営を主眼に置いている。神様の名を領地経営のために利用することはあっても、本人が敬虔な信者であることは稀。


 本来なら、教会関係者を排除し、ダークリッチ討伐を自分たちだけの手柄としたいくらいのはず。聖騎士団の力を借りれば、神様の加護のおかげで勝てた、と言われるようになり、領主としては面白くない。



「……敵がダークリッチだからな。我々の敗北についても聞き、ダークリッチの討伐には聖女様の力が必要だと思い至ったらしい」


「……なるほど。しかし、それはつまり、エメラルダ様を戦場へ連れて行くということでしょうか?」


「そういうことだ。エマとしては心苦しいかもしれないが、楽観視できない状況なのも確かだ。時間が経つほどダークリッチの勢力が増える上、本人もさらなる力を蓄える恐れがある。早急に対処し、今のうちに討伐しておくべきなのだ」


「……状況は、理解しています」



(エメラルダ……。あの子には、安全な場所で穏やかに暮らしていてほしかった……。ダークリッチの今までの挙動を見るに、積極的に殺しを行うことはないのかもしれないが、それも確実ではない。それに、怪我を負わせることまでは避けていない)



 エメラルダが傷つく姿を想像し、エマは胸が酷く痛む。



(あの子が傷つく姿など見たくない。しかし、そもそも、あのダークリッチは殺さずに勝つ余裕があってこそ、今まで殺さなかっただけかもしれない。余裕がなくなれば何をするかわからない……。町一つの人間を消し去ったという魔法を、使う可能性も……)



 悪い想像ばかりしてしまい、エマは顔をしかめる。



「エマ。落ち着け」


「……はい」


「次の戦には、聖女様の他にも、聖剣士アクウェル、そして暗部の者たちも同行するそうだ。聖女様と聖剣士だけでも心強いが、暗部の者とも力を合わせれば、ダークリッチも討伐できるだろう」


「……多少は希望が持てますね」



 聖剣術という特殊なスキルを持つ青年、アクウェル。セイリーン教会とは無関係の冒険者だが、魔物討伐においては彼に勝る者はそういない。


 等級としては、準一等級。しかし、光魔法を使うセレスよりも、より魔物の討伐に向いている。


 暗部の者は、概ね暗殺者のこと。領主はそれぞれお抱えの暗殺者を雇っているもので、かなりの実力者。味方にするなら頼もしい。



「討伐作戦の出立は五日後。グリモワに到着するのは、そこからさらに十日後といったところだろう。皆、心して備えよ」



 団員たちが一斉に頷く。



(こちらの規模は一万を越えるだろう。果たして、あのダークリッチ一人がどこまで抵抗できるのか……。下手に追いつめることで、悪いことが起きなければ良いが……)



 エマは胸のざわつきを感じながら、作戦成功を祈った。

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