第92.5話 番外編①

 ユーライがグリモワで目を覚ました、数日後のこと。


 ユーライはリフィリスと二人で、破壊されずに残っていた服と装飾品の店にやってきた。


 一応の目的は、リフィリス用の服を見繕うこと。ただ、実のところ、二人きりで話をするのが一番の目的とも言える。


 服を物色しながら、ふとリフィリスが言い出す。



「あのさー、ユーライってチョコレートの作り方、わかんない?」


「チョコレート? 私は知らない。カカオとかは関わってくるんだろうけど、それをどう加工するかなんて全くわからん」


「だよねぇ……。あーあ、チョコレート、食べたいんだけどなぁ……」


「まぁ、そういうの、わかる。私は……味噌とか醤油も恋しいな。リフィリス、作り方知らない?」


「わかんない。大豆使ってるんだっけ? それくらいしか知らないや」


「残念……」


「お互い、都合良くグルメ知識は持ってないよね……」



 リフィリスが深い溜息。ユーライも苦笑い。



「私にそういう知識は期待しないでくれ。マヨネーズの作り方もわからん。ソースもケチャップも不明。リフィリスは?」


「私も知らない。料理関係のこととか、マジでさっぱりわからない」


「だよなー。家で材料から調味料を作るとかしないし……。そもそも私は料理なんて調理実習くらいの経験しかない……」


「私は多少料理してたけど、調味料とかは普通に市販のもの使ってた。材料から作るとかしない」


「だよな。ああ……味噌と醤油もいいけど、カレーもいいな……食べたい……」


「カレーもいいよねー。向こうだったら気軽に食べられるのに、こっちじゃ全然……」


「現代日本の暮らしって、たぶんこっちの王様よりも恵まれてるよな」


「そうだと思う。日本なら一般人でもだいたい何でも食べられるし、スイーツも気軽に手に入る。車と電車で遠距離移動も軽々できちゃう」


「スマホ一台で面白いものも無限に楽しめる」


「うんうん。そう思うと、いくら特殊なスキルがあっても、異世界の暮らしが必ずしも良いわけじゃないよね。

 それにさ、私の場合、もし勇者として魔王を討伐することになってたとしても、この世界の水準でもらえる報酬って、大して魅力的じゃないのかも。

 お金で買えるものは高が知れてるし、領地とかもらっても経営が面倒臭いだけだし。

 よく考えると、勇者様として頑張るの、ちょっとバカバカしいかな」


「確かに……。報酬的にはやりがい搾取かも……」



 現代日本の暮らしを知る者同士、ユーライとリフィリスだからこそわかり合える部分はやはりある。それが楽しいとも、ユーライは思う。



「リフィリスの言うことはわかる。でも、日本での暮らしが色々と恵まれているとしても、私はこっちでの暮らしが好きかな。

 仲間がいてくれるっていうのも大きいけど、何もないなら何もないなりに、ゆったり過ごすっていう楽しみもある。向こうだと、隙あらば何か面白いものを求めてあくせくしてた。あれ、結構疲れることだった気がする」


「あー、それはあるね。面白いものが多すぎて消化しきれないとか、娯楽の領域を越えちゃってたかも。スマホでずっと他人と繋がってるのもたまにうざいし、いちいち流行に乗るのも面倒臭い」


「二つの世界を知ると、色々見方変わるよな」


「うん。本当に。……あ、この髪飾り、ユーライに似合うんじゃない?」



 リフィリスが、花を象った空色の髪飾りを掲げる。



「……髪飾りか。物騒なことをしてないとき、普段つけておくのは良いかも」


「ちょっとしゃがんで。つけてあげる!」


「うん」



 ユーライがしゃがむと、リフィリスがユーライの左側頭部に髪飾りをつけてくれる。



「これで良し! 綺麗! 似合う!」


「そう? ありがと」


「ユーライ、せっかく可愛いんだから、もっと積極的におしゃれしてみたら? 幼児の私が着飾ってもいまいち映えないけど、中学生体型のユーライなら良い感じになるって!」


「ん……。私なりにそこそこ頑張ってはいたんだけど……」


「まだまだ足りないよ! 髪ももっとアレンジしよ? 調味料のことはさっぱりだけど、編み込みとかはできるし! っていうか、ユーライもできるんじゃないの?」


「……私、昔から自分の髪をいじる習慣とかなかったから」



 異世界に来て、髪を結ぶくらいのことはたまにする。しかし、三つ編みの仕方もわからない。



「あー、昔はショートカットだったとか? 髪が長いのも面倒だもんね。私が色々教えてあげる!」


「うん。ありがと」



(……リフィリス用の服を探しに来てたんだけど、まぁいいか)



 その後、ユーライはリフィリスによって改造され、普段よりも随分と可愛らしい姿に変えられてしまった。ふりふりのドレス姿には気恥ずかしさがあったけれど、似合っているのは確か。見た目が中学生なので、可愛さを全面に押し出した格好でも特に違和感はない。


 自分のことながら可愛いとも思い、ユーライはおしゃれにより興味を持った。


 また、他の仲間たちに見せたときの反応も上々。特にクレアの目がギラリと輝いていたので、ユーライは少しだけ身の危険を感じた。



(まぁ、クレアになら何をされてもいいと思ってるんだけどさ)



 口に出して言うべきかどうかは迷うところで、まだ本人には伝えていない。しかるべきタイミングで言えば良い。


 また、ユーライのおしゃれモードは、何か別の意味でもクレアの乙女な部分を刺激してしまったらしい。

 ユーライはクレアに服の店に連れて行かれ、しばらく着せかえ人形にされてしまった。クレアとリフィリスのコンビはなかなかに相性が良く、お互いに激論を交わしながら『人形遊び』を楽しんでいた。


 さらには、途中からフィーアまで一緒になることでより混沌が深まり、それぞれの感性の違いから何故か物理的な喧嘩が始まりそうになった。フィーアはユーライをダークでパンクな雰囲気にしたかったのだが、クレアとリフィリスはもっと朗らかで可愛らしい雰囲気を求めていた。



(もう好きにしてくれ……。私にはついていけない領域だよ……)



 ユーライが思考停止に陥った頃に、呆れ顔のギルカがやってきて、皆を落ち着かせてくれた。ユーライはこっそりギルカにお礼を言っておいた。



(なにはともあれ、こういうちょっとしたことで賑わう日々を送れれば、私は満足なんだけどなぁ……)



 そんなことを思いながら、ユーライは異世界でなんでもない日常を送れることに感謝した。

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