第84話 事態進行中の首都

(アハトさん……どうしたのかしら……)


 まもなくメルナキアの講演がはじまる。アハトが動き出したのは、そんなタイミングだった。


『急用が入りました。メルナキア、わたしはここで失礼します』


『え!?』


 そういってアハトはメルナキアの側から去ったのだ。


 本来であれば、アハトにはサポートに入ってもらう予定だった。講演を終えたあとには質問を受けつける時間を設けてある。


 その時に必要に応じて、資料を取り出してもらおうと考えていたのだ。


 なにせアハトの記憶力は抜群にいい。会場の質問に合わせて、膨大な資料の中から適切なものを選んでくれるだろうという確信があった。


 しかし1人になっても問題はない。もともと1人で行うつもりで学会の準備を進めてきたからだ。


 そして今。メルナキアは会場で講演を行っていた。研究をしているときも楽しいが、こうしてその成果を多くの人々に聞いてもらう時間も楽しく感じる。


 面倒なのは、その研究成果を文献としてまとめる作業だ。


(アムランさんは……やっぱり来てない……)


 会場は広いし、いくら見渡せる位置で話しているといっても、1人1人の顔がはっきりと見えるわけではない。

 もしかしたらどこかにいる可能性もある……が。今のところアムランを見つけられずにいた。


 だがそれで集中力がそがれるわけでもない。メルナキアは映し出される資料に沿って、端的に解説を行っていく。会場からは何度か感嘆の声が上がっていた。


(例年だと六賢者の誰かがきているのに……)


 会場には六賢者専用の聴講スペースが用意されている。しかしそこに座っている者はだれもいなかった。





「アハトくん……だったね。きみの言っていたとおり、何らかの薬効成分が抽出されたよ」


「そうですか」


 メルナキアと別れたアハトは、即座に騎士団の利用する食堂へと移動していた。1ヶ月過ごしていただけあり、主だった施設の場所はすべて記憶していたのだ。


 食堂に現れたアハトは、まずその場を占領するところからはじめた。料理人を追い出し、騎士の立ち入りも禁じる。そしてこう宣言した。


「どうしても食事を食べたくば、アカデミー始まって以来の天才学士であるわたしを倒しなさい」と。


 マグナは気づいていなかったが、アハトは実際、この1ヶ月で相当有名になっていた。


 メルナキアの推薦でそのまま彼女の研究室に所属したというのもそうだが、実際に多くの研究者が立ち入る図書館内で、スラスラと古語を現代語に翻訳していたのだ。これを見ていた者は多い。


 またメルナキアの専門性の高い会話についていけている点にも注目を集めていた……が。なによりやはりその美貌がうわさに上っていた。


 絶世の美女かつ古代の文字に精通した秀才。アハトが有名になるまでそう時は要さなかった。


 そんな彼女が意味のないことをしないはずがない。そう考える者は多かった。


「アハトさん……いったいなにがあったんですか……?」


「料理に薬物が混入している疑いがあります。また六賢者に出される予定の料理も同様の疑いがあります」


「薬物……?」


「はい。人の自我を失わせ、筋肉を異常発達させるものです」


「………………!」


 アカデミーにいる者であれば、この言葉を聞けば2年前の事件を彷彿とさせる。


 こうして専門の器具を持った研究者たちによって、料理がしっかりと調べられた。


 そして見つかったのだ。これには騎士も驚いていた。


「ここですか……!」


「あ!」


「レーディア様!」


 アハトの前に、20代後半の女性が姿を見せる。アハトは彼女に視線を向けた。


「あなたは?」


「お、おい! 失礼だぞ……!」


 隣で男性が声をあげるが、レーディアと呼ばれた女性は手で制する。


「私は六賢者の1人、レーディアです。異物混入の件でここに来ました。……あなたがアハトさん、ですね?」


「ええ」


 アハトの美しさを前に、女性でありながらレーディアは一瞬飲み込まれそうになる。だが頭を横に振ると、再び顔を上げた。


「今回の件、一歩間違えれば大きな事件となっていました。騎士たちが食事をとる前に未然に防いでくれたこと、まずは礼をさせていただきます」


 レーディアは事前にエンブレストがこの国にいる可能性があるということを把握していた。


 そしてこのタイミングで、筋肉が異常発達する薬効成分が騎士団の料理に混入していたこと。無関係だとは考えていなかった。


「……どうやって知りえたのですか?」


「フ……。わたしも聞かされたのですよ」


「え……?」


「くわしくは月魔の叡智に所属しているアムランという男に聞くといいでしょう」


 アハトの口から月魔の叡智という名が出たことで、周囲はざわめきだす。


 行方不明の前室長が自我を崩壊させ、筋肉を異常発達させるクスリを作っていたのだ。そのことと関連づける者は多い。


「ああ、それと。六賢者の1人、ノウゴンはすでに死んでいるそうです」


「え……!?」


「なんだって……!?」


「お、おい! 適当なことを言うな!」


「ノウゴン様が……!?」


 アハトの一言で周囲がますます騒ぎ出す。

 わざわざ言って騒ぎにする必要があったのかは不明だが、アハトはその様子を見て不敵な笑みを浮かべていた。


「あ……アハトさん……! 詳しく話を聞きたいので……! こ、ここから移動しましょう……!」


「いいでしょう。ああ、アムランも重要参考人として呼んでおいたほうがいいですよ。彼も知りすぎたようですし……身柄を確保しておいたほうがいいでしょう」


「…………! 騎士たち!」


「はっ!」


 こうしてアハトはレーディアと共に、六賢者の許可がないと立ち入りできない部屋へと移動したのだった。





 地下一階にノグを残したエンブレストは、姿を現したメイフォンと共に地下二階へと下りていた。


「地下にこれほど広い空間が……」


「ああ、当時の建築技術がどれほど素晴らしかったのか。それがよくわかるね。……こっちだ」


 地下二階には無数の書棚が設置されていた。ここにははるか昔の記録が数多く保管されているのだ。そしてここに入れるのは六賢者の許可を得た者のみである。


「ここに来たのもずいぶんと久しぶりだねぇ……。さて。まずは目的の1つを回収しよう」


 エンブレストが向かった先には、とくに古い資料がまとめられていた。


 しかし触れれば崩れてしまいそうな……そんな状態の資料は見当たらない。保存状態がいいと一言で言うには違和感のある資料だった。


 彼はその近くで懐からナイフを取り出す。しばらくすると、その刀身が青く輝きだした。


「それが……」


「ああ。総帥の知恵を得た金海工房が作り上げたものだ。今の時代で言えば、十分にオーパーツと呼べるものだろう」


 エンブレストは何もない空間にナイフを振るう。すると中空に青い亀裂が縦に入った。その亀裂はゆっくりと歪曲し、やがて小さな円へと変形する。


 一方でナイフは、役目を終えたようにバラバラと崩れていった。


「うむ……すばらしい。使用回数が限られているのが惜しいがね」


 そう言いながらエンブレストはその青い円に次々と資料を放り込んでいく。円に触れた資料は、そのまま姿を消していた。


「このあたりの資料が……?」


「2000年前の記録だね。まぁわたしも読めないが……時間を見つけてじっくりと解読してみたいものだ」


「……総帥なら読めるんじゃないの?」


「それは間違いないがね。こういうのは自分で答えを模索するから面白いのだよ。……うむ。これで全部だろう」


 ちょうどこのタイミングで、青い円が不安定に揺らめきはじめる。そしてその姿を消した。


「使用回数に加えて制限時間……。まだまだ発展途上だねぇ」


「それで? 次は?」


「ああ。いよいよ秘匿領域……地下三階へ向かう。ここから先は、六賢者にのみ許された領域だ」


「……でもこの部屋。階段なんてないけど……?」


「ああ。こっちだ」


 エンブレストはメイフォンを伴い、部屋の奥へと歩き出す。そして壁端に到着した。


「…………? 隠し扉でもあるのか?」


「ある意味でそうだね。ではメイフォン殿。その袋を」


 メイフォンはエンブレストに袋を渡す。彼はそこから切断された2つの腕と、透明なケースに入った眼球を取り出した。


「さて……これであっているはずなのだが……」


 壁には台座があった。エンブレストはそこに切断された両腕の手のひらをつける。すると台座の一部からうっすらと赤く細い光が伸びた。


「それは……?」


「おお……」


 エンブレストはその光を、透明ケースに入った眼球に触れさせる。すると光は消え、床が動きはじめた。


「な……!」


「これが……秘匿領域へ続く道か……!」

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