第41話 アハトさんがギルドの狙いに気づいたようです。

 レッドとオボロはどこか曖昧な表情のままだった。ルシアはどう答えたものかと、すこし思案しているように見える。


「ねぇねぇ! もし四聖剣があったら、わたしにちょうだい!」


「……リュイン。その……」


 ちょうだいって……すっげぇ図々しいな!? 


 さてなんと答えるかな……と思っていたら、これまで黙っていたアハトが口を開いた。


「フ……ルシア。あなたはグランバルクの残した財産について、あること自体は確信を得ていますね。ですがどこに……という部分までは把握できていない。つまり隠し財産に対して持っている情報は、その他大勢の冒険者たちと変わらない。ちがいますか……?」


「え!?」


「いきなりなに言ってんの!?」


 急に口を開いたと思ったら……! だがアハトはレッドたちにも視線を巡らせながら言葉を続ける。


「ギルドがルシアファミリーを認可した理由について、昨日のメリクの話を聞きながら考えたのですよ」


 それについては俺も考えていたことだ。遺産を巡って、ギルドとルシアの間でなにか交渉があったんじゃないか……と。


「話を聞くに、グランバルクという人物は当時、魔獣大陸で最も権力を持っていた人物でしょう。その背景には冒険者としての実績の他、資金力やオーパーツといった存在があったことは容易に想像できます」


 そうだな。メリクの話によると、彼の死後、持っていたはずの財産がろくに出てこなかったいう話だった。


 作られたはずのもう一隻の船と一緒に、今も魔獣大陸のどこかで眠っている……といううわさも信憑性が増す。


「オーパーツは魔道具では再現できない性能を持つと言っていましたね? 大国がそれを欲しがらないはずがありません。どこの国も、彼が持っていたオーパーツの行方が気になっているでしょう。あなたはギルドからそれらを探し、いくらか譲渡することを条件にファルク設立を認めさせた。ちがいますか?」


「…………………」


 まぁ一番ありそうな話だ。だがちがう疑問も出てくる。


「まてよアハト。それはルシアがじいさんの残した財産の場所を知っていることが前提となる」


 そう。だから俺は、ルシアはかくし財産のありかを知っているんだろうな……と考えていた。


 だがアハトは首を横に振る。


「おそらくギルドも、ルシアが隠し財産の場所を把握していないとわかっていますよ」


「え!?」


「忘れましたか? ファルカーギルドは各国から資本と人が入って運営されている国際機関です。その目的は一部の国による富の独占を防ぐことでしょうが……その中には当然、オーパーツも含まれています」


 オーパーツの具体的な性能がわからないので、その評価はしにくいが。それでもどこかの国が独占して保有するというのは考えにくい。


「つまりギルドとしても、隠し財産の存在は無視できません。そして海賊に先に見つけられることにも警戒している」


「ああ……なるほど。たしかに海賊が先に見つけたら、各国に流れないだろうからなぁ……」


 昨日の海賊聖女さんを思い出す。彼女が盛りだくさんのオーパーツやらを見つけて、それを大人しくギルドに渡すとは思えない。


 そうなると困るのはギルドと、その背後にいる大国だ。


 なにせ外大陸には魔獣大陸産のオーパーツが流れてこないばかりか、各国はこの地に手出しができないのだから。欲しくても打つ手がないのだ。


「他国籍機関であるギルド側からしても、各国から派遣されてきた職員同士で利害は一致しています。すなわち、可能な限りはやく隠し財産を見つけて、自分たちの国で確保するという利害が。この点においては、ギルド内部でも協力し合うことができます」


「まぁ……たしかに……」


 ギルド職員はいろんな国から派遣されてきている。内部では当然、各国の国力を背景にしたパワーバランスの綱引きも行われているだろう。


 だが偉大な大冒険者の残した財産を独占させないという点においては、利害を超えて協力関係を結ぶことができる。それがお互いに監視し合うことにも繋がる。


「つまりギルド全面バックアップの元、ルシアをサポートすることも可能なのですよ。……ルシアが隠し財産の場所を知っていれば、ですが」


 なるほど……ギルドとしては慣例を破ってまで、ルシアをサポートする理由がある。それだけはやく、グランバルクの遺産を手に入れたいとも考えている。


 他国だけではない、海賊に先を越されるリスクもあるからだ。


 しかしグランバルクがこの世を去って10年以上経つのに、今日までルシアをバックアップして隠し財産の探索は行われてこなかった。


 そして最近になって、ルシアをマスターとするファルクに認可を出した。


 一方で今の彼女を強くサポートしているわけではない。その扱いはあくまでファルクランク相応のものだ。


「ルシアが冒険者たちに持つ影響力については、一緒にいることでよく理解できました。だれもが彼女の動向と、いつ隠し財産を見つけるのか注目しているのでしょう。おそらくギルドの狙いは……」


「ダインルードやヘルミーネのような大物ファルクたちがルシアに接触してくる。いずれルシアを中心に、広く人脈も形成されていくだろうな。そして大手ファルクも隠し財産を探し出す……?」


 彼女が隠し財産を探し出すことで、本格的に動き出すファルクも増えるだろう。


 グランバルクの孫が探しているくらいだし、やっぱり隠し財産は実在しているんだ……と、本気でトレジャーハンターをはじめる連中も増えるはずだ。


 それに大手ファルクが関われば、よりその流れに拍車がかかるだろう。隠し財産を探すという行為自体にロマンを感じている奴もいるだろうし。


 最初は大手ファルクしか動かなくても、時の経過とともにいくつもの少人数ファルクも動き出す可能性は十分ある。


「ええ。あとは然るべきタイミングで、ギルドはこう発表すればいいのです。隠し財産を見つけたファルクには、持ってきたものに応じて高額な報酬と、ファルクランクの昇格を行う……と」


 ギルドからすれば、べつにルシアが隠し財産を見つけなくても構わない。海賊でさえなければ問題ないのだ。


 そしてファルクはランクが上がるとわかれば、十分に働く。見つけたオーパーツも持ってきてくれるだろう。


 ファルクランクの向上というのは、長くこの地で生活を続けていくほど受けられる恩恵が大きいからだ。


 長い目で見れば、よくわからない道具を保有し続けているより、ぜったいにその方がいい。


「つまりギルドの狙いは、ルシアを起点に秘宝探しの一大ムーブメントを、ファルクたちに巻き起こす……これではないかと。いかがですか?」


 隠し財産はこれまでうわさされてきたが、本格的に探している連中はほとんどいなかった。


 だが無数のファルクが動き出すと、ギルドとしては人海戦術で秘宝探しが可能になる。そしてギルドに持ってきてくれさえすれば、発見者はだれでも構わない。


 これもファルクという制度を上手く整えてきたからこそだろうな。そして冒険者とファルクに、ギルドとして恩恵を与えてきたからこそでもある。


 すげぇな、アハトさん。すくないヒントからそこまで予測を立てていたのか……。


『やれやれ。昨日の晩、わたしが聞かせたことをさも自分の考えのように話すとはな』


 …………訂正。どうやらリリアベルさんがそう予想していただけのようだ。


 つかいつの間にアハトとそんな会話をしていたんだ……。


 まぁこの2人であれば、わざわざ口に出さなくても情報のやり取りができるんだろうけど。


 レッドとオボロも、途中からは引き込まれるようにアハトの話を聞いていた。そしてルシアはと言うと。


「……すごいわね、アハト」


 感嘆の表情を浮かべていた。なんならアハトに尊敬のまなざしを向けてすらいる。


 く……! 俺が事前にリリアベルからレクチャーを受けていれば……!


「正直、ギルドの狙いに関してはまったくわかっていなかったわ……」


「そうなのですか」


「ええ。たしかにわたしはギルドと交渉をしたわ。おじいさまの隠し財産を見つけ、ギルド指定のオーパーツを渡すと。でもその裏に、そんな狙いがあったことまでは読めていなかった……」


 ギルド指定……? 妙な言い方だな。隠し財産なのに、その中身がわかっているような言い方だ。


 気になって口を開きかけたが、先に話したのはオボロだった。


「ルシアが動くことで、いずれこの魔獣大陸に秘宝探しブームがくる……か。たしかにギルドからすれば、そうなってくれた方がマスターの遺産を手にできる確率が上がる」


「だなぁ。アハトの言ったことはなにも確証がないことではあるが。連中が考えそうなことではあるな」


 だてに10年以上、この魔獣大陸で話題になり続けていたわけではない。だれもが隠し財産に対しては関心を持っている。まぁ俺は昨日まで知らなかったけど。


 おそらく普通の冒険者のように、どこかのファルクに所属していればすぐに知ることのできた情報だったんだろうな。


 俺たちはフリーだし、協力しているのが他ならぬルシアファミリーだ。そこらの冒険者どもとはすこし状況がちがう。


 ルシアがギルドと交渉していたことも予想どおりではあった。一方で交渉に乗ったギルドの思惑までは知らされていなかった……か。


「むぅ。べつにわたしにデメリットがあったわけではないけど。なんだかくやしいわね……」


 秘宝探しブームを作るきっかけとして利用されているんだもんなぁ。


 それにルシアとしては、秘宝はじいさんの形見にもなる。自分が一番に見つけたいという気持ちもあるだろう。


 とはいえまだアハト……というか、リリアベルの予想が当たっているという確証はないけど。


「でもそれなら、昨日の出来事にはギルドもヒヤっとしたんじゃないか?」


「え?」


「ほら。海賊聖女さんに連れ去られそうになっていたんだろ? もしそうなっていたら、ギルドの狙いはうまく機能しないことになる」


 リメイラさんたちも上に報告しているだろうし。今後同じことがないように、なにか対策を講じてくるかもしれないな。


 リリアベルの予想が当たっていた場合。ギルドとしては、まだルシアを失いたくないはずだ。


 だが自然な形で秘宝探しブームを巻き起こすためにも、目に見える形でサポートはしにくい。


 あくまで一般のファルクマスターに対する態度しか取れないだろうな。


「ま、それならよ。ギルドを出し抜くチャンスも伺っていこうぜ!」


「え?」


「そんなブームが起こる前に、さっさと見つけたらいいんだよ。じいさんの遺産をよ」


「マグナ……」


 簡単なことではないだろうけどな。ギルドのさじ加減一つで、一ヶ月後にはそのブームを作り出すことも不可能ではないんだ。


 急に宝探しキャンペーンをはじめると不自然だからやっていないというだけで。


 やはり待っているのだろう。ルシアを起点に、隠し財産探しが活発になることを。


 ギルドからすれば、ブームに火が付き始めたタイミングで介入した方がやりやすいのも事実だ。


『シグニールが飛べるようになれば、秒で見つけられるものを。オーパーツ……ギルドの手に渡る前に、すべて独占できないものか……』


 リリアベルが欲深いAIになってる……。こいつ、魔道具関連に関しては本当に貪欲だな……。


「まぁまだ先の話だし、今はもっと身近な話をしようぜ」


「身近な話……?」


「ああ。俺たちは明日、ディルバラン聖竜国に行くよ」


「え!?」


 そう。明日はディルバラン聖竜国の港町へ向かう高速魔力船が、マルセバーンに到着するのだ。


 俺たちはイルマさんの手配の元、現地1泊2日ツアーに参加するつもりでいる。


 新たに完成した転移装置はディルバランの港町に設置する予定だ。魔獣大陸に戻ってきたらさっそく向こうへ跳ぶつもりでいる。まだまだいろいろ見て回りたいからな。


「ツアーから帰ってきた後は、一旦魔獣大陸から離れるつもりだ」


「そう……」


 結構長い間、ここに滞在していたからな。最初は想像していた冒険者になれなくて退屈していたけど、思い返してみればかなり楽しかった。


 それにいろんな出会いもあったし、新たに知れたことも多い。俺自身、未知を切り開く冒険者という生き方もわるくないと思えたくらいだ。


「でも冒険者は続けていきたいと考えているからよ。次にここに来たとき、またルシアファミリーの所属として冒険者をさせてくれよ」


「…………! もっちろん! よぉし、それじゃあ今晩は送別会をしましょう!」


「いや、完全に魔獣大陸を離れるのは3日後なんだけど……」


「いいじゃない! わたしもお酒飲みたーい!」


 リュインが俺たちの中心でクルクルと回る。お前、いつも飲んでんじゃねぇか……!


 結局この日は日中に軽く狩りに行き、はやい時間から飲みはじめたのだった。

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