第42話 真夜中の会合 ザックとイルマ

 その日の晩。マグナたちが送別会という名の宴会を行っている時間、〈クライクファミリー〉のザックは公園で夜風に当たっていた。


 近くからは酔っ払いがケンカをしているのか、怒鳴り声が聞こえてくる。これも夜のマルセバーンではめずらしいことではない。


 彼の歩く先には老婆が座っていた。この辺りはまだ治安はいい方だが、それでもこんな時間に老婆が出歩くのは危険だろう。


 ザックはその老婆の近くにある木にもたれかかる。


「……見事な変装だねぇ」


「おや……さすがですのぉ。メイクには時間をかけてきたんですが……」


 老婆は見た目相応の老いた声を漏らす。だがザックはその正体を知っていた。


「昼は観光業の職員、夜は老婆……忙しいねぇ」


「変装は趣味ですので」


 さっきまで老婆だった声が、急に若い女性のものに変わる。老婆の正体はイルマだった。


「それで……調べてくれましたか?」


「ああ。やったのはやはりダインルードファミリーでまちがいないね」


 昨日はギルドもいろいろ慌ただしかった。


 賊の討伐依頼を受けたメリクファミリーとルシアファミリー。依頼自体はこなせたものの、メリクファミリーからは死者が出たのだ。


 さらに海賊聖女とダインルードが相対する事態にもなった。


 その場に同行していたギルド職員の話によると、一触即発の雰囲気だったと聞く。


 もしそこで抗争がはじまれば。どこで予想外の影響が出てくるのか、ギルドとしてもリスクの管理がむずかしくなる。


 幸い抗争にこそならなかったが、昨日の晩は大きな事件が起きた。なんとギルド職員の1人が、路地裏で死体になって発見されたのだ。


 イルマから話を聞いたザックは、その犯人を秘密裏に探っていた。


「……たしかですか?」


「たしかだ。犯人はカミラだよ」


「あの……〈赤手〉の仕業ですか」


「各大陸で暗躍する暗殺組織〈アドヴィック〉……随分と前に抜けたという話だけれど。その腕はまだ健在だねぇ」


 さっきまで聞こえていたケンカの声が聞こえなくなる。決着がついたのか、だれかが仲裁に入ったのだろう。


「そっちはどうだい? ギルドから情報を回してもらっているんだろう?」


「ええ。わたしは先輩とちがって、表の身分がありますので」


「うらやましいねぇ。俺はこっちでは認知されていないから」


 聖竜国のエージェントであるザックだが、その存在は本国から派遣されてきているギルド職員にも知られていなかった。


 老婆の姿をしたイルマは、自身の知り得た情報をザックに共有する。


「死んだ職員はここ魔獣大陸で現地雇用された者でした。過去を洗いましたが、とくに変わった経歴はありません……が」


「………………」


「10年以上前、まだ聖女と呼ばれていたヘルミーネのファルクに、ギルドから出した指名依頼。その時の見届け人として、彼女に同行していますね」


 ヘルミーネとルシア、そしてダインルードとの会話の内容についても伝わっている。その場にギルド職員が2人もいたのだ、情報が回ってくるのもそれなりにはやい。


 その内容から察するに。


「その時から彼女と繋がっていた……そして今回、ルシアをおびき寄せるためにギルド内部で動いた……か」


「憶測の域を出ませんが。ダインルードはそれを把握し、配下を使って消しにいったのでしょう。ルシアを守るためか……あるいはなにか他に狙いがあるのかはわかりませんが」


 ダインルードの狙いもわからない。ヘルミーネの息のかかったギルド職員を消すことによって、ルシアを守っているようにも思える。


 だがダインルードは義侠心を持ち合わせているというイメージからは程遠い存在だ。


 そもそも骸が精霊化しているのだ、人の常識がどこまで当てはまるのかもあやしい。


 まだヘルミーネがきらいだから暗殺の指示を出したと言われた方が、いくらか安心できる。


「いずれにせよ証拠は残っていない。ここ魔獣大陸でダインルードファミリーを糾弾することはできないね」


「そもそも証拠が残っていたところで、あのファルクを取り締まれる存在もいませんが」


 そう。その気になれば大手ファルクはなんでもできてしまう。


 だからこそギルドはファルクに対し、さまざまなルールや枠組みを設けることで、適切な距離感を取り続ける。


 そして間接的にその手綱を握り、無法者たちを冒険者という形に押し込めているのだ。


 もともとこの地に大国は干渉できない。そもそも長い時を経て、魔獣大陸は完全に冒険者たちのものとなった。


 強大な力を持つ彼らに対し、武力介入など簡単に行えるものでもない。


 大国は今や、ギルドを通してでしか魔獣大陸と冒険者たちに介入できないのだ。


 だからこそ両者の在り方と関係性について、慎重に考えている。持ちつ持たれつを維持し続けているのだ。


「いずれにせよ私たちの目的は、ダインルードファミリーではありません」


「ああ。殿下が本国から持ちだした紋章……これを見つけるのが最重要任務だからね」


「そもそも長年に渡って、殿下がこの地にいることを把握できていなかったことが問題だと思うのですが……」


「その点は同意するよ。だがまさか、おとぎ話の登場人物の名前に変えているとは、だれも思っていなかったんじゃないかな?」


 ところで……と、イルマは話題を変える。


「賊の中に、例のクスリを使用したと思わしき者が2名いたそうですが」


「聞いたよ。俺もそれを確認したかったんだ。どういうことだい?」


 ルシアが自らの魔力を具現化させた鎖〈レクタリス〉。これで捕えた2人の賊についての報告も、リメイラたちを通じてギルド内に共有されていた。


 賊の話を聞いてピンときた者はすくなかっただろう。だがザックとイルマの2人には思い当たる節があった。


「症状から見て、〈月魔の叡智〉が開発したクスリだろう? なんだって魔獣大陸に?」


「さぁ……わたしも知りたいところですが。本国からそれを調べるようにという任務がこないことを、聖竜神に祈っているところです」


「ああ……そりゃそうだ……」


 そもそもこういう「なぜ」を調べ、それを本国に報告するのが本来の仕事である。


 だが今回の件は、本格的に調べるとなると、まちがいなくヘルミーネも無関係でなくなる。ザックからすれば、近づきたくない手合いだった。


「ですが……じつは最近、本国でもうわさになっているのですよ」


「うん? なにが?」


「暗殺組織〈アドヴィック〉、マッドサイエンティストの集い〈月魔の叡智〉、そして〈金海工房〉……この三組織に所属する者の一部が、とある特定の組織に参加しているのではないか……と」


 〈月魔の叡智〉と〈金海工房〉の2つは、知っている者はそれなりにいる。どちらもとある国に存在する組織だからだ。


 しかし暗殺組織〈アドヴィック〉のことを知っている者は限られてくる。


 およそつながりのあるように思えない、3つの組織。だがイルマは、これらを繋げるなにかがあると話す。


「物騒な話だね。その特定の組織って……?」


「さぁ? そこまでは。あくまでうわさですし」


「はぁ……。なんにせよこの魔獣大陸には関係がないと思いたいよ……」


 そう言えば、とザックは話題を変える。


「観光業の方はどうなんだい? ルシアを本国に連れて行くという指示は出ていないだろうけど。それはそれとして、しばらくはここで商売を続けていくんだろう?」


「ええ。ルシアはまだ駆け出しですし、とても観光に行こうという考えにはならないでしょう。……まぁ明日、さっそく客を連れていく予定はしているんですけどね」


「え!?」


 ザックは本気で驚いていた。そもそもこの地で観光誘致がうまくいく可能性は未知数だ。


 市場自体は大きいが、ツアーの金もそれなりに高い。回れる場所も港町1つだけ。


 マルセバーンに住む者のどれくらいが、観光という娯楽に興味を持つかは読めなかった。


「奇特なお客さんもいるもんだねぇ……」


「しかもわざわざ高速魔力船での移動を選びましたからね。ああ、そうそう。客はルシアファミリーの協力者、マグナとアハト、あと〈フェルン〉のリュインですよ」


「え……!?」


「そんなわけで、明日は朝から忙しいのですよ。今日はこれで失礼しますね、先輩」


 そう言うと老婆はゆっくりと立ち上がる。そしてどこからどう見ても老婆の足取りで、その場から去っていったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る