第107話 風の神殿長が事情を話してくれました。

 落ち着きを取り戻したヴィルヴィスが、オホンと咳ばらいをする。


「さっき言っていたな。貴石を求めていると。報酬にいくつか用意しよう」


 話をまとめるとヴィルヴィスの依頼は、今度四聖騎士である妹が前線に行くので、その護衛するというものだ。で、報酬は貴石を用意してくれると。


 まぁそれ自体はかまわないかな。本格的に精霊どもと衝突するわけでもなさそうだし。


「あれ? でも貴石がよく採れるアンラス地方って、精霊に占領されているんだよな? 報酬、用意できんの?」


「お前、僕をだれだと思っているんだ……。たしかにアンラス地方が最も貴石を採掘できるが、エーテルが豊富なこの国では他の場所でも採れる。それに僕の家はそれなり以上に裕福だ。この国でしか採れない貴石を含めて、いくつか持っているに決まっているだろう」


 そうだった。また忘れていた。こいつ、この国ではかなりのお偉いさんだった。


『この国でしか採れない貴石か……わるくない。前線と往復するだけでもらえるのだろう? この話、受けておけ』


 はいよっと。まぁ報酬の話が出た時点で、リリアベルならそう言うと思っていた。


「んじゃまぁ。その話、引き受けるよ」


「おお!」


「でもよ。精霊って、なにが原因で一部地方を占領してんの?」


 武力衝突が本格化した流れは聞いたが、そもそも精霊が人と戦ってまで一部地方を占領している理由が見えてこない。


 ヴィルヴィスは俺の質問にすぐには答えず、ゆっくりと席を立った。


「実のところ、僕もそれを知りたいんだ」


「……ん? どういうことだ?」


 ヴィルヴィスはそのまま窓際へと移動し、外の景色に視線を向ける。


「10年以上前に精霊が占領地近くを通った人を襲ったから……それがきっかけで戦争が本格化した。だがなぜ精霊があの地を占領したのか。それはわからないんだ」


「そんなこと、あり得るのか? 精霊はなにか要求とか言ってきていないのか?」


「ああ」


 つまり精霊がなんの目的があって、今も信仰国と戦っているのか。戦争の原因がわかっていないということだ。


「実はマグナとアハト様に妹の護衛を依頼した理由に、よそ者だから……というものがあるんだ」


「よそ者だから? それは……」


 よそ者の方が信用できる理由なんて、そう多くないだろう。いくつか想像ができる。


「話を戻すが、なぜ精霊と争い続けているのか。おそらく火の神殿長はその理由を知っている。……勘だけどね」


「他の神殿長は知っているのに、お前は知らないって? それ、おかしくね?」


「意図して隠されているのだと思うよ」


 火の神殿長というのが、精霊に対してそろそろ総力戦をしかけるべきだと唱える中心人物らしい。


 また記録によると、10年前からずっと精霊とは徹底的に争うべしという姿勢をとっているとのことだった。


「僕の被害妄想だといいんだけどね。僕は火の神殿長が、四聖騎士遠征でなにかを仕掛けてくるんじゃないかと思っているんだ」


「なにかって……?」


「騎士団と火の神殿長は距離が近い。四聖騎士は今回、騎士団と一緒に前線に向かうわけだけど……そこで妙な動きをしないか、それが心配なのさ」


 今回はあくまで四聖騎士による前線の視察だ。だが騎士たちはそのまま強制的に四聖騎士を戦場に投入……あるいは出ざるをえない状況を作るのではないか。


 ヴィルヴィスはそれを危惧しているとのことだった。


「これまでも火の神殿長が好戦的な意見を述べるときは多かった。だが土の神殿長がうまく話をうやむやにしてきたんだよ」


 土の神殿長は四聖騎士を前線投入することについて、どちらかと言えば否定派らしい。大国としての戦力を維持することの方が大事だと考えているのだろう。


 だがいくつもの会議を経て、いよいよ四聖騎士を前線視察に出すことになった。


 ヴィルヴィスはこれを火の神殿長が絶好の機会だと考えているのでは……と感じた。


「火の神殿長の息がかかった騎士は多い。でもきみたちなら、その可能性はゼロだろう?」


「それでよそ者の方が信用できると考えたのか……」


「そうだ。もし前線で騎士たちが妙な動きを見せたら、途中で妹を連れ帰って欲しいんだ」


「まぁ……それはべつに構わないが……」


 話を聞いていて気になる部分もある。そもそもヴィルヴィスの杞憂という可能性が高い。それに。


「なぁ。火の神殿長は、四聖騎士が4人そろった今なら、戦力的に占領された土地を取り返せられると考えたんじゃないのか?」


 この国でそれなりの要職に就いているんだ、いたずらに貴重な戦力を消耗しようとは考えていないだろう。


 ヴィルヴィスは窓の外からこちらに視線を戻すと、ゆっくり首を横に振った。


「さっき言ったね。四聖騎士はながらく2人だったと」


「ああ」


「たぶん残りの2人は、10年前に精霊との戦いで死んだんだよ」


「え…………!?」


 ヴィルヴィスは神殿長の中では最も経歴が浅い。だがその立場を利用し、さまざまな記録を閲覧することができた。


 もともとこの戦争が起こった原因を調べていたそうだ。そして気になる記録を見つけた。


「10年前に四聖騎士は前線に出向いている。おそらくは火の神殿長の意向でね。でも肝心の交戦記録が一切残っていないんだ」


 そこにあるのは「2人は崩落事故に巻き込まれて死んだ」という記録のみだ。


 また残りの2人も聖都に戻るなり、精霊を剣から神殿のクリスタルへと戻す。そして四聖騎士の代替わりが行われた。


 その他にもいくつか不可思議な記録を見つけ、ヴィルヴィスは「四聖騎士は一度、精霊との戦いに敗れている」と結論を出したらしい。


「土と水の神殿長も、たぶん当時のことを知っていると思う。直接問いただすには、まだ確証がなくてね。あと僕は一番若いし。風の神殿長ということもあって、発言力も低いんだ」


「ああ……風の神殿長はちょっと軽んじられているんだっけか」


 なるほどね……。ヴィルヴィスは火の神殿長と騎士団に対し、不信感を抱いているんだな。


 そして今回の四聖騎士遠征で、強引に戦端を開かせる魂胆なのでは……と疑っていると。


 一度負けた可能性が否定しきれない以上、妹の身が心配でたまらないのだろう。ずいぶんと妹思いのお兄さんなもんだ。


「でもその話が本当だとすれば……ますますわからねぇな。四聖騎士でも占領地を奪還できるかわからないのに、火の神殿長がそれでも戦いを始めると?」


「僕だってわからないさ。でも不安なんだよ、仕方ないだろ?」


「そう言われたらそうだけどよ」


 感情はロジックでは説明つけられないからな。


「王様はなんて言っているんだ? これまでは神殿長の話しか出てきていないけど……」


「今の聖王陛下は3人の神殿長の言いなりさ」


「え……?」


「陛下は10年前、7才で聖王の座についたんだよ。当然、幼い身で政務なんて務まるはずがないだろ? 各神殿長をはじめとした有能な文官たちがずっと支えてきたんだ」


 支えてきた……と言えば聞こえはいいが、要するに傀儡だろう。


 そうでなくては、ヴィルヴィスも言いなりなんて表現を使わないだろうし。


「とくに最近の陛下は火の神殿と土の神殿によく出入りしているからね……。きっと極上の接待を受けているんだろうさ」


「うわぁ……。つかヴィルヴィスもそういう接待とかしてねぇの?」


 風巫女たちもいるんだし。若い王を楽しませることはできると思うが。


「ふん……これだから芸術を理解できないやつは……」


「は?」


「いいか!? 彼女たちは僕の芸術を体現する神聖なる巫女だ! 決して接待に使ったりしていいものじゃないっ!」


「……………………!」


「そこらの商売で踊っている踊り子とはちがうんだ! 彼女たちを政治に利用すれば、その時点で僕の芸術は意味をなさなくなる……! そんなの耐えられるわけがない……っ!」


 こ……こいつ……! 自分の作り出したものに強いこだわりと執着があるんだ……!


 そして自分の芸術を高尚なものだと考えている……! 芸術たるもの、商売や政争といった俗世に触れさせるべきではないと考えているのだろう。


 たぶん論理的な理由はない。感情面だけでそう考えているにちがいない。


「でも公開練習の見学料取ったり、金儲けに活用してるじゃん」


「お前は美しき絵画が飾られた美術館に、入場料を支払わずタダで見るのか?」


「えー……そうなるのか……?」


 ヴィルヴィスの中での線引きがよくわからん。とにかく政治に近づけたくないと考えていることはよくわかった。


「ああ……! 芸術の話をしていたら、また創作意欲が……! く……! と、とにかく! 明日もう一度ここにきてくれ! いいな!」


 そういうとヴィルヴィスはアハトに一礼してから部屋を出る。


 廊下からは「んっひょひょーい! 無限の……メロディー!」という奇声が聞こえてきた。


「話終わったー?」


 ずっとアハトの髪をいじり続けていたリュインが宙を舞う。とりあえず今日はどこかで適当に宿をとることにした。

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