第106話 風の神殿長からの依頼

 ヴィルヴィスの話を聞いているうちに、けっこうな時間が経過していた。


 リュインは興味がなくなったのか、アハトの髪の毛をいじっている。


『欲を言えば書物などで記録を確保したかったのだが……まぁ精霊化現象について、多少は理解を深められたか』


 それを科学的に実証できないのは残念なんだろうけどな。


 だが精霊とエーテルに深い関係があるのはわかった。……あくまで自然現象由来の精霊の話だけど。


 でもヴィルヴィスの話のおかげで、この国に来た目的の半分くらいは果たせたんじゃないだろうか。


「いろいろありがとな。参考になったぜ」


「そうか。……ところで。マグナとアハト様は、冒険者の経験もあるのだったな?」


「ああ。つかなんで俺は呼び捨てなんだ」


 いや、俺もタメ口だけどさ。なんとなくこいつにはタメ口でも構わない気がしている。


「ふぅむ……もしかしてだが。腕の方にも自信があるのか?」


 ん……? なにか探りを入れてきているな。


 どう答えるか……と思っていたら、アハトさんが自信満々にうなずきを見せた。


「フ……己の実力は隠しておきたいのですが。星光のアハトの名は、すでに知られつつあります」


「んおお……! アハト様ぁ……! 相変わらずなんとお美しい声……! ぼ、僕……耳が……とけちゃううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


「性格変わりすぎだろ!」


 つかアハトもなに言ってんだ! お前、けっきょくどこでも実力を隠してきてねぇだろ! そもそも隠す気があったって、いま初めて聞いたわ!


 だが言っていることは、あながちまちがいでもない。ノウルクレート王国では、大組織の中心人物となったハルトが今もアハトの実力を称えている。


 魔獣大陸でははっきりとした実力を見せていないが、ルシアたちはただものではないと思っているだろう。


 聖竜国にしてもそうだ。俺たちの実力がわかっているからこそ、青竜公は仕事を依頼してきた。そしてそれは六賢国でも同じこと。


 まだ大々的にアハトの名と実力は知れ渡っていないが……知る人ぞ知る実力者というポジションにはなっていそうではある。


 ……お、俺も……そう、だよな……!?


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……! い、いかん……耳が幸せの過剰摂取を受けすぎて、意識が宙を舞っていた……! ハッ!? ま、また新たなアイデアが降臨して……!?」


 アハト……! たのむからしばらく話さないでくれ……! もともとそんなにおしゃべりでもないけど……!


「ええい……! 創作の泉より次から次へとアイデアが召喚され続けているが……! ……んぉっほん! マグナ、アハト様。この国は今、精霊と戦争状態にあるというのは知っていますか?」


「あ、ああ……。だいじょうぶか? 急展開な性格の変容ぶりに驚いているんだけど……」


「ダイジョブだ。ときに2人とも。精霊との交戦経験はあるか?」


 この質問が飛んできた時点で、どういう類の話をしようとしているのか。薄々見えてくるな。


 だがこの質問にも俺より先にアハトが答えた。


「人、魔獣、高位精霊。いずれも戦ったことがあります」


「んんんんしゅごいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


「アハト……! しばらく俺が話すよ……!」


 アハトさん、わかってやってない!? そんなにこの男を狂わせたいの!?


「で……それがどうかしたか?」


「ああ。端的に言うと、今度我が国の騎士が前線に赴くことになったのだが……それに同行してほしいのだ」


「…………はい?」


 ヴィルヴィスはこの国で起こっている精霊との戦争について教えてくれた。


 事の発端は約10年くらい前までさかのぼるらしい。


「特定の精霊が多数の精霊を従え、周囲をとおりかかる人を襲うようになったと……」


「そうだ。それ以降、ずっと戦いは続いているが、未だに占領された領土は取り戻せていない。いくつか理由があるのだが……大きなものとしては2つ。精霊が強力な力を有しているのと、こちらが総力戦を挑めないからだ」


 精霊化を果たしたものは、だれもが魔力を有している。そのうえ高位精霊になると、物理攻撃では倒せない。


 精霊が人と比較して強いというのはまちがいないだろう。


 そしてこうした強力な個体を滅ぼすために、信仰国が総力戦をしかける……というのも不可能とのことだった。


「なんでだ? こういう国だし、それなりに強い騎士もそろっているんだろ?」


「ああ。そしてそれ故に、高位精霊に対抗できる実力者を前線に送りにくいのだ」


「え……?」


 高位精霊に対抗できる者。それは強力な魔術や、それに類する魔道具を扱える者だ。


 加えてこの国では、高位精霊と契約を交わした者……四聖騎士も含まれる。


 だがもし総力戦をしかけて、この者たちが負けてしまったら。信仰国は大きく戦力を落とす、とのことだった。


「この国も五大大国の1つに数えられている。もし強力な騎士たちを数多く失えば……大国間におけるパワーバランスに変化が出るだろう。そしてその変化は、魔獣大陸における権益に影響が出る」


 ここでも魔獣大陸か……いまやどの国も魔獣資源の恩恵を受けながら発展を遂げている。


 国益のためにも、魔獣大陸における権益争いで後れをとるわけにはいかないのだろう。


 要するに保有戦力を落として、他国になめられるわけにはいかないのだ。


 国際的に大国としての地位を落とせば、影響は多方面に発生する。


 場合によっては大国同士が手を組み、信仰国を大国の地位から追い落とす動きに出る可能性も考えられる。


 もし五大大国が四大大国になれば。利益があるのは残った四大大国の方だ。


 魔獣資源の優先権が、5つから4つの国で割れるようになるということなのだから。


「5つの大国は対等だからこそ相互監視機能も働き、バランスが維持できている。現に魔獣大陸での条約以降、大国間で争いは起こっていない」


 つまり魔獣大陸の存在が、この国の首脳陣に総力戦という選択肢を選びにくくしているというわけだな。


「一方で、もう10年にわたって精霊に領土を占領されているのも事実。内政干渉になるため、他国がこれに口だすことはないが……我が国の戦力を測る物差しには使われているだろう」


 このまま放置し続けていても、大国からなめられる可能性があるということか。いつまで精霊に好き勝手されているのか……と。


「神殿長の一部に、この状況を打破するために総力戦を決意すべきでは……と考えている者がいるんだ。まだ総力戦を仕掛けるとは決まっていないが、いざというときのためにその準備は整えていこう……こういう方向で話が進んだんだよ」


「準備……? 食料とか医薬品の備蓄か?」


「もちろんそうした準備もある。だが焦点は我が国の最強戦力……四聖騎士にある」


 さっき話に出てきたな。神殿にある巨大クリスタル、そこに宿る精霊と契約を交わした4人の騎士のことだ。


「じつは四聖騎士はながらく2人しかいなくてね。この間代替わりもあって、久しぶりに4人そろったんだよ」


「えぇ……そんなこと、ありえるもんなのか……?」


「ああ。言っただろう。契約するにも、強い魔力が必要なのと……もの言わぬ精霊と意志の疎通ができることが条件なんだ。だれでも契約できるというわけではない」


 四聖騎士は全員高位貴族家に名を連ねる女性らしい。


 たしか男性よりも女性の方が魔力が強いという話だったし。高位貴族ほど強い魔力を有しやすいというのも、多くの国で見られる傾向だったな。


「なるほど。つまり久しぶりそろった最強の四人で、いよいよ奪われた土地を奪還しようというわけだ」


「そう唱える人物がいるという話さ。国の方針として定まったというわけではないよ」


 4人を使って領土奪還の作戦を立てる可能性はあるが、まだその前準備段階ということらしい。


「言ったとおり、代替わりしたばかりだからね。そこでまずはその4人に、前線の雰囲気を体験してもらうことになった」


「遠足みたいだな……」


 4人は戦場に出た経験がないらしい。そもそも大国間の争いも長いこと起こっていない。


 今は昔に比べると、どこの国も実戦経験を持つ者がすくなくなっているとのことだった。


「お嬢様方に戦場の空気に慣れていただいて、その様子を見ながらお嬢様を組み入れた奪還作戦を立てようというわけか」


「おおよそそういう感じだ。もちろんあくまで方針であって、決まってはないけどね。で……だ。その四聖騎士の1人が、じつは僕の妹なんだよ」


「へぇ……」


 つまりヴィルヴィスも高位貴族家の生まれということか。


 いや、神殿長を務めているんだし、当たり前なんだけど。変わった奴だから、あんまりそんな雰囲気を感じていなかった。


「かわいい妹でねぇ……! 前まで風巫女の中心に立って、僕の考えた歌と踊りで奉納を盛り上げていてくれたんだよ!」


 だが強い魔力を有していたが故に、ある日契約の儀式に臨むことになった。


 そして風の精霊と契約が成立し、風巫女から四聖騎士になったそうだ。


「もし妹になにかあれば、僕はもう生きていけ……はするんだけど、とにかく彼女を守りたいんだ! よそ者の力を借りるのは反対だという意見もあるが……個人的に雇う護衛で、かつ2人くらいなら問題ないと思ったんだよ」


「なるほどねぇ……」


 ヴィルヴィスもいろいろ大変なんだなぁ……。


「つかなんで、よそ者で出会ったばかりの俺たちにそんな話をするんだよ。どの程度の実力なのかもわからないだろ?」


 この疑問に、ヴィルヴィスはいたってまじめな顔で答えた。


「精霊の知識を求めているとは言ったが、要するに精霊時代の空白期間を解き明かしたいんだろう? 六賢国では歴史の真実に挑むといったか……普通の者ではこの挑戦はできない。挑戦するには知識だけではない、金や力も必要になるからね」


 なんと……驚いた。ヴィルヴィスはこれまでの話で、俺たちが歴史の真実に挑んでいると判断したようだ。


 これまで魔獣大陸や六賢国に行ってきたという話も影響しているだろう。


「歴史の真実に挑む資格があるのは、一部の実力者のみだ。高位精霊との戦闘経験もあると言ったな? つまり実力もそれなり以上にはあるということだ。なにより……」


「なにより?」


「アハト様が言ったんだ! そんなの、信じるしかないだろおおおぉぉぉぉ! 美の大精霊たるアハト様がものすごい実力者だというのは、見ればわっかるうぅぅぅぅ!」


「フ……お前は人を見る目がありますね」


「んっひいいいぃぃぃぃぃぃ!! お、おほおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! ありがとうございまぁぁぁぁぁぁぁぁすううぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 やっべぇ……。ヴィルヴィスを見てると、一周回って冷静になってきたぜ……。

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