第105話 神殿長による精霊学講習

 ヴィルヴィスはさっそく精霊について教えてくれる。


「最初に精霊化を果たしたのは地水火風。これは知っているな?」


「ああ。四大精霊ってんだろ」


「そのとおりだ。では精霊化とはなにか……これは元は、自然現象が意志を持つことのみを指す言葉だった」


 魔晶核にも含まれている〈エーテル〉。これはこの世界の大気中にも含まれているらしい。


 また火や水といったエーテル濃度の差が、気候にも影響を与えているとのことだった。


「各国でも教養のある一部の貴族くらいしか知らないことだが……この世界は1つの球体の上に存在している」


「………………!」


「ふふ……驚いたか? 平面な世界だと思っていただろう? だがこれは現実だ。僕たちは球体の上に存在する大陸で生活を営んでいるんだよ」


 驚いた……! たしかに驚いたが、それはもちろんヴィルヴィスが言う理由からではない。


 この星の文明レベルで、自分たちの住んでいる大地が球体であると理解していることに驚いたのだ。


 そこまで天文学が進んでいるのか……? いや、とてもそうは思えないが……。


「もともとこの球体にはなにもなかった。だが大空より来たりし者が、この世界の運命に干渉したのだ」


「まてまてまてまて。なんの話だ……!?」


「精霊神話の序章だ」


 どうやら神話として伝えられている話らしい。


 そういやさっき、精霊学がどうのとか言っていたし……。この国では精霊に関することは、学問として発展しているんだろうか。


「運命に干渉された世界は、はじめにすべての根源となる地水火風、四つのエーテルでこの球体を覆った」


 四つのエーテルはたがいに干渉し、混ざり合い、この世界に海や大地、それに生命が誕生した。


 やがて四つのエーテルが純度を増し、それらは意志を持つに至る。これこそが四大精霊らしい。


「聖地で生まれたんだっけか」


「ただしくは四大精霊が生まれた地が聖地となったのだ」


 エーテルにはさまざまな種類がある。雷や氷、光や闇。変わったのだと嵐や霧とかもあるらしい。だがいずれも地水火風の影響を受けているのだとか。


 本当に聖地で四大精霊が生まれたのかはわからない。しかし今もこの大陸は他の大陸よりも大気中のエーテル含有量が多いため、この地で最初の精霊が生まれたのだろうと言われ続けているようだ。


「この国では良質な貴石が多く採れるのだが……貴石というのは、エーテルが含有した鉱石のことを言う。大気中はもちろん、大地にいたるまでこの国は豊富なエーテルで満たされているのだ」


「それって……魔晶核とはなにがちがうんだ?」


 たしか魔晶核もエーテルが含有しているという話だった。


 そして貴族たちはその魔晶核を用いて、思い思いの魔道具を作成する。


「似て非なるものだな。簡単に言うと、貴石は魔道具への使用がむずかしい。エーテルの抽出がむずかしく、また大気に触れるとすぐに霧散してしまうのだ」


 つまり加工向きではないということか。


 …………あれ? でもリリアベルは貴石である輝竜石を、いろいろ活用できていたような……?


『たしかに貴石よりも魔晶核の方が扱いは容易だった。貴石を同様に加工しようとすれば、圧力を調整した専用の部屋が必要になる』


 どうやらシグニールのミラクルパワーでやってのけていたようだ。たしかにあの艦の設備は、この星ではまだまだ作れないだろう。


「だが貴石には魔晶核にはない使い方ができる。精霊との契約だ」


「おお……! そうだ、契約についても詳しく聞きたいんだった!」


 俺が最強の精霊使いになるためにな……! ある意味これも俺がアンバルワーク信仰国に来た理由だ。


「言ったとおり、貴石にはエーテルが含まれている。契約を交わす精霊との相性がよければ、そのまま精霊の力を貴石に宿すことが可能なのだ」


 契約できる精霊は自然現象由来のもののみ。たとえば火の精霊であれば、火のエーテルが多く含まれた貴石が望ましいようだ。


 だが貴石自体の強度も求められる。いくらエーテルが必要量含まれていても、もろければ精霊は宿れない。


「契約内容は人と精霊の間で取り決める必要があるが……それには当然、ある程度コミュニケーションが取れる精霊である必要がある。そしてそうした精霊の多くは位が高い」


 大多数の精霊は、人の言葉を解さないらしい。コミュニケーションが取れる精霊の方が稀のようだ。


 契約が交わされた精霊は、貴石に自分の力を宿す。そうすれば契約者の意志に応じて、その力を顕現できるといいうわけだ。


「そういや神殿に設置されているクリスタルにも、なんかすげぇ精霊が宿っているんだっけか。……ん? でもあのクリスタル、外に持ち歩けないよな?」


 つまり契約を交わしても、外でその力を振るえない。


 そもそもなんであのクリスタルに精霊が宿っているんだ……?


「なんだ、そのことも知らなかったのか。まぁこの国に来たばかりなら仕方ないな。クリスタルに宿る精霊は、この国の守護の要だ」


 あんだけでかい貴石だ、そこに宿っている精霊もかなり強力な個体らしい。


 そしてそれらの精霊は、約2000年前からずっと存在しているとか。


「え……!? 精霊ってそんなに長生きできるもんなのか……!?」


「さぁな。一説によると、貴石に宿ることで自然現象由来の精霊は風化がとまるというが」


 風化……寿命みたいなものだろうか。


 なんとなく強力な力を持つ精霊が、条件次第で人と契約を交わす理由が見えてきたかもしれない。精霊自身の延命につながっている可能性があるのだ。


「この国も何度か王朝が変わっているからな。2000年前のことなど詳細に伝わっているわけではないんだが……魔人王との戦い時に、時の聖王とその配下が強力な4体の精霊と契約を交わしたともいわれている」


 それ以降、ずっと精霊はクリスタルに宿り続けているらしい。


 最初の契約者はもういないのに、未だに存在している理由。これも詳しいことはわからなかったが、おそらくそういう契約が交わされたのだろうとのことだった。


「ん? でも精霊に直接聞けばいいんじゃねぇの? 2000年前のこととか、いろいろ教えてくれるんじゃね?」


 契約を交わしたということは、コミュニケーションが取れるんだろうし。そう思ったが、ヴィルヴィスは首を横に振った。


「クリスタルに宿る精霊は、それぞれ鳥と四本足の獣をかたどっているのだが……言葉自体は発さないんだ」


「え……それじゃどうやってコミュニケーションをとるんだよ?」


「それができるのが四聖騎士……我が国最強の戦力だ」


 風と水の精霊は鳥、土と火の精霊は四本足の獣の見た目をしているらしい。


 そして強力な魔力を持つ者であれば、これらと契約を交わすことが可能とのことだった。


「クリスタルを削って作られた剣がある。クリスタルに宿る精霊はクリスタルからその剣へと力を移すんだ。そして役目を終えると、またクリスタルに戻る」


 ちなみにそのクリスタルの剣は、武器としては使用できないらしい。あくまで精霊を宿しているだけになる。


 言葉を発さない精霊たちだが、彼らに認められ剣に力を移せた者が、四聖騎士となるらしい。


 四聖騎士は戦場でクリスタルの精霊の力を顕現できるため、最強の戦力として数えられている……とのことだった。


「けっきょく精霊化ってのはなんなんだ? あと気になることを言っていたよな。もとは自然現象が意志を持つことを指す言葉だったって」


「ああ。大気中のエーテル純度が高まったとき、精霊は生まれやすいと言われている。この国で自然現象由来の精霊が多く発現するのもそのためだ」


 四大精霊が生まれるくらい、大気がエーテルに満たされている……てことだもんな。そしてだからこそ、貴石も多く採れる。


「だがいつ頃からか。骸や道具、それに一部の木や花も意志を持ち出すようになった。それらもまとめて精霊化と称されるようになったのだ」


 もともと自然現象が精霊化することは知られていた。だから似たような現象として、「精霊化」という言葉で一括りにしたのか。


「どうして自然現象由来のもの以外も精霊化するようになったのか。これは昔よりも今の方が、エーテルの種類が増えたからと言われているな」


「エーテルの種類だぁ?」


「ああ。さっきも言ったな。最初は地水火風の四つしかなかったのに、これらが互いに影響を与え合うことで、新たに様々なエーテルが生まれたのだ。そしてそれは今も続いている。時代が下るにつれ、エーテルの種類はより多様化しているのだ」


 つまり新たに生まれたエーテル同士で、また別のエーテルが生まれているということか。


『なるほど……実に興味深い話だ。惜しいのは、この男の言うことが真実であると裏付けを取るのがむずかしい、という点だな』


 ヴィルヴィスの話は全部理解できたというわけではなかったが、まぁリリアベルが理解していたら問題ないだろ。


 だがたしかに、精霊神話の話はあくまで神話になる。実話だと証明する手段はない。


 そもそも大空より来たりし者が、この星の運命に干渉したってのが意味不明だし。


(……………………。まさかな)


 ふと帝国神話を思い出す。この宇宙に存在する人種は、すべて古代レアディーン帝国の皇族に由来しているという神話だ。


 実際、どれだけ離れた星系だろうが人種であれば、遺伝子情報など共通点は多い。たぶんこの星の人種と俺の間で子を成すこともできるだろう。


 ではだれがこの宇宙に人を作り上げたのか。本当に古代レアディーン皇族であれば……彼らは一度、この星に来たことがあるということだろうか。


 ヴィルヴィスの話を聞いて帝国神話を思い出してしまったが……まぁここで考えていても仕方がないな。

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