第104話 風の神殿長 ヴィルヴィス
次の日。俺たちは風の神殿へと訪れていた。
午後から風巫女の公開練習があり、お金を払えば見ることができるらしい。商魂たくましいな……!
どうやらそこに風の神殿長ヴィルヴィスもやってくるようだ。俺たちはさっそく金を払って敷地内へと足を踏み入れた。
「おお……やってるやってる」
公開練習はステージのある場所とはちがうところで行われていた。柵があってあまり近くまでいけないが、それなりに客も入っている。
お守りなどのグッズ販売だけでなく、公開練習見学も売り物にするとは……。ヴィルヴィスという人物はすでに初期投資分の金が回収できていそうだ。
「ステージに1人だけ勇角族の男がいるな。あいつがヴィルヴィスか」
「リヴィアがこちらに気づくように、ヴィルヴィスの意識を誘導するという話でしたね」
リュインが目印になるので、リヴィアはこちらをすぐに発見することができる。
予定ではヴィルヴィスに「自分の友人が見に来てくれています」と伝え、その視線をこちらに向けさせることになっている。
彼女の読みでは、アハトを視界に入れたらすぐに絵のモデルを依頼するだろうとのことだった。
仮にうまくいかなくても、精霊についての勉強をしたがっている者がいると話し、俺たちを紹介できるかトライしてくれるとのことだ。
しかしヴィルヴィスという男……ありゃ本物だな。いまも風巫女の少女たちに対し、踊りや発声を指導している。まさか……振り付けも自分で考えているのか……!?
(見た目は20代半ば……まだけっこう若いな。指導にも熱が入っている。まったく……なんて逸材がこの国にはいやがるんだ……!)
く……! 資材に余裕があれば、音響装置とレーザービームみたいな照明機器をリリアベルに作ってもらって、それをヴィルヴィスに提供したい……!
きっとこの星の音楽文化が一気に成長を遂げるはずだ。
(でも神殿長って、この国では貴族なんだよな……? 風巫女は平民だし。あの距離感は、ディルバラン聖竜国では考えにくいんだろうな……)
聖竜国は軍学校でも、平民と貴族でクラスをわけていたし。まぁあの国の平民はほぼ魔力を持っていないし、同じ授業内容を受けられるとも思えないけど。
しばらく見学を続けていたが、風巫女たちは昨日ステージで見た歌と踊りを披露する。さすがに30人もいると圧巻だな……。
全員がステージに上がれるわけではないというシステムも面白い。風巫女たちの間で競争意識が生まれ、よりよいものをとパフォーマンスにも磨きがかかりそうだしな。
歌と踊りを終えたところで、公開練習が終了した。風巫女たちはその場でへたりこみ、持ち込んだ水などを飲んでいる。
観客たちも帰りはじめていたが、ここでリヴィアがヴィルヴィスと会話をしながらこちらを指さしていた。
さてどうなるかな……と思っていると、ヴィルヴィスは慌ててどこかへ走っていく。そしてリヴィアが柵の近くまで移動してきた。
「みんな! ヴィルヴィス様がぜひ話をしたいって! 主にアハトさんと」
「おお……こんなにあっさり……」
「ね! いったとおりだったでしょ!」
どうやらリヴィアの予想していたとおり、アハトを見たヴィルヴィスは彼女を絵のモデルにしたいと考えたそうだ。
俺たちは神殿長に精霊の話を聞きたいということを伝えてくれたおかげで、このあとさっそく会ってもらえることになった。
「ちょっと着替えてくるから! ヴィルヴィス様のところまで案内するから、神殿の入り口で待ってて!」
「わかった」
■
「んおぉぉ~~~~……! う……うちゅく……ひぃ…………っ!」
リヴィアちゃんはすぐにヴィルヴィスの待つ部屋まで案内してくれた。
部屋に入ったのは俺とアハト、それにリュインで、リヴィアちゃんは呼ばれていないからと入ってこなかったのだ。
そしてアハトを見たとたん、目の前の男が壊れた。なんとアハトの前で両膝をついたのだ。
「おああぁぁ……! まさか……美の精霊が人の形を取ってこの国に顕現なさるとは……! はううぅぅぅっ! 美の大精霊よ、どうか僕にその名を教えてほしい……っ!」
「アハトです」
「んおおおおおぉぉぉぉぉぉお……っ!! な……なんと可憐な声なんだ……っ!! ああ……僕の創作意欲が無限にわいてくりゅうぅぅぅぅ!! 今ならあなたの美を称える讃美歌もすぐに書けてしまいそうだっ!! それにあなたのその美しさをさらにひきたたせる衣服のデザインアイデアも次から次へと出てきて……と、とまりゃにゃいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「……………………」
ああ……わかった。こいつ、あれだ。方向性のちがうメルナキアだ。
アハトの美貌にインスピレーションを無限に刺激され、歌や服の新たなアイデアがどんどん出てきているのだろう。
「あひいぃぃぃぃ……し、神殿長なのに……っ! あなたの美しさの前では、平伏せざるをえないいぃぃ……!」
「あのー……」
「…………なんだ男。僕はいま忙しい。部外者は外に出ていてもらおうか」
「部外者ちゃうわ!」
俺の顔を見たとたん、急にスン……てなりやがって……!
く……! だがこの男はこの星にアイドル文化を生み出す可能性を秘めている……! 変態なのはまちがいないが、貴重な人材なのもまちがいない……!
「アハト様! どうかわたくしめに、あなたのその美しい裸婦画を描かせてはいけないだろうか……!」
裸婦画かいっ!
「フ……わたしは自分よりも美しい絵を描けない者に、肖像画を描かせる気は毛頭ありません。わたしを最も美しく描けるのは、わたし自身だけであると理解しているのです」
はじめて聞いたわ、そんな設定!
「なんと……! アハト様も絵を描かれるのですか……!?」
いや、ぜったい描いたことないだろ。
「さて……ヴィルヴィスといいましたか。わたしたちはこの国に、精霊に対する理解を深めるために来ました。神殿長たるあなたから話を聞かせていただけると、いろいろ助かるのですが……」
めずらしくアハトは話を進めてくれている!? でもえらい神殿長相手に、その態度はどうなんだ!?
「おお! アハト様が望まれるのでしたらなんでも話しましょう!」
いいんかいっ! 持ち前の美貌で押し切りやがった……! いつもやっている気もするけど!
しかしこれまで出会ってきた連中も、アハトの美しさにはたしかに意識が向いていたが……。ヴィルヴィスほどあからさまな反応を見せる奴はいなかった。
人一倍、美しいものに敏感な感受性でも持っているのかね……。まぁ自前でアイドルユニット組むくらいだし、特殊な奴というのはまちがいない。
「なにを知りたいのでしょう?」
「なんで精霊化が多いのかとか……あと古の精霊時代についても、なにか知っていたら教えてほしい」
「どうして部外者の男が口を出すのだ。僕はアハト様と話をしているのだが?」
「それはもうええっちゅうねん」
話が進みそうで進まねぇよ! 順序がちがったが、俺たちはあらためて自己紹介を行う。
「なるほど……これまで魔獣大陸をはじめ、各地を回りながら旅をしてきたと。そしてこの国には精霊に関する知識と、貴石を求めてきたということか」
「ああ。ここに来る前はラデオール六賢国にいたんだが……そこでいろいろ歴史も知れてさ。で、結局精霊ってなんなんだろうと思って」
リリアベルほど強い疑問は抱いていないが、俺も気にはなっている。そもそも精霊化なんて現象、他ではまったく聞いたことがない。
この星は魔力を持っている生物も多いし、大昔には巨大な騎士人形まで作っている。
いろいろ他の星とは環境がちがうが……こうしたこの星独自の未知に関しては、解き明かせるものなら解き明かしてみたい。
「なんだ、要するに精霊学を教授してほしいということか。たしかに神殿長に就任する前に、それなりの知識を修めてはいるが……お前のような一般人に聞かせるにはもったいない話だ」
「アハトならいいのかよ?」
「もちろん! ……と、言いたいところだが。わたしはこのあふれるアイデアをはやく形にしたい……! たとえアハト様といえど、わたしの時間は有限なのです……っ!」
アハトとの会話はしたいが、それよりもわきでた創作意欲を形にしたいという気持ちの方が勝っているようだ。ここでアハトはゆっくりと口を開いた。
「では報酬を用意しましょう」
「おお! アハト様の美しきその身体を描かせていただけるのでしょうか!?」
「いいえ。代わりに以前、わたしが描いた自画像を提供しましょう。いまは持っていませんが、今度お渡ししましょう」
「んっひょおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ……っ!! あ……アハト様御自ら描かれた自画像……っ!!」
えぇ……アハトさん、自画像なんて描いていたっけ……?
『アハトの画像データを印刷しておく。これを渡せば問題あるまい』
ひでぇ! 画像データを印刷したものを、アハトは「これ、自分で描きました」ていうつもりかよ!
『この男、アハトのブロマイドを用意すればコントロールが容易とみた。それなりの地位にいるようだし……うむ。コストのわりにきわめて利用価値が高い逸材と言えよう』
ちなみにちゃんとペンや絵の具で描いたように見えるよう、リリアベルの方で加工しておくとのことだった。
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