第103話 リヴィアちゃんに、神殿長を紹介してもらえることになりました。
『おい。ついでだ、この国で起こっているという、精霊との戦争についても確認しろ』
おっと……そうだそうだ。そういやそれもよくわかっていないんだった。
「なぁリヴィアちゃん。この国っていま、精霊と戦争しているんだよな?」
「え? そうだけど……?」
「だいじょうぶなのか? 聖都はそんなに物々しい雰囲気ではないけど……」
これもじつは違和感を感じていた。戦争中の国といえば、もっとピリついているかと思っていたのだ。
だが町自体に活気があるし、笑顔で往来を歩いている人も多い。風巫女のライブを楽しめる余裕もあるみたいだし。
なんというか……そう。これまで行ってきた国に比べても、裕福な感じがするのだ。
「んー……わたしも詳しいわけじゃないけど。精霊って、聖都から西に行ったところを占領しているのよね……」
「西……?」
「うん。アンラス地方っていうんだけど……」
聞けば精霊はもう10年以上、その地を占領しているそうだ。そしてこれまで何度も騎士団が派遣されたが、未だに奪還には至っていない。
「お母さんが言っていたんだけど。昔は貴石がよく採れたから、細工の仕事も多かったみたいなの。でも一番多く貴石が採れるアンラス地方が精霊に占領されたから、ここ数年で細工産業は大変みたい」
「貴石か……」
俺たちの目的の1つだ。リヴィアちゃんが言うには、この国独自の貴石も多いらしい。
ディルバラン聖竜国で言うところの、輝竜石みたいなものだろうか。
「お兄さんたちはこの国になにしにきたの? さっき歴史の真実がどうのとか言っていたけど……」
どうやら歴史の真実という言葉は、ラオデール六賢国でしか通用しないみたいだな。まぁ研究者にしかなじみがない言葉か。
「珍しい貴石が欲しかったのと。あと精霊についてもうすこし知識を増やしたかったんだよ」
「そうなの?」
精霊に関する理解をより深めたいのは、どちらかと言えばリリアベルの方なんだが。まぁ俺もまったく興味がないというわけではない。
「ああ。この国って、他国よりも精霊化現象がよく起こるんだろ? そのあたりの理由とか、そもそも精霊化ってなんなのか。いろいろ知りたいと思ってよ」
「へぇ。勉強熱心なんだ」
「おう! まぁな……!」
ということにしておく。
リヴィアちゃんは右手の人差し指を口元にあてて、んー……と思案顔を見せる。かわいい……。
「そういう話なら、神殿長がくわしいかも? 一度会ってみる? わたしから話を通すこともできるけど……」
「え……神殿長って、えらい人なんだろ? 普通に会えるもんなの?」
風の神殿長という立場は、他の神殿長よりも軽んじられているみたいだけど。それでもそれなり以上の立場なのはまちがいないだろう。
「ふつうは庶民は簡単にお話しなんてできないけど。風の神殿長であるヴィルヴィス様は、比較的庶民に対しても距離感が近いの。わたしたち風巫女の指導も直接行っているし」
まぁいきなりアイドルユニットを結成させ、ステージまで用意するような人物だ。普通の感覚を持っていないということは理解できる。もちろんいい意味でだ。
「それに……」
リヴィアちゃんはちらりとアハトに視線を向ける。
「神殿長のことだから、たぶんアハトさんを絵のモデルにしたいとお願いしてくると思うんだよね」
「え……?」
「明日、わたしたち風巫女の指導に顔を見せられるし。そのときにアハトさんの姿を見れば、神殿長の方から話しかけてくると思う」
どうやら風の神殿長ヴィルヴィスさんとやらは、絵も描く人らしい。これまでも綺麗な風巫女を私室に呼んでは、絵のモデルを務めさせていたとか。
……いや、ぜったいそれ、絵のモデルだけじゃないだろ。肉体美の芸術にも手を伸ばしてるだろ。
『精霊についてはいろいろ話を聞きたい。アハトの美貌で釣れそうなら、その神殿長からいろいろ話を聞かせてもらおう』
まぁ他の神殿長はなかなか会えないみたいだし、そもそも俺たちのような旅人が簡単に話せるもんでもないだろう。
リヴィアちゃんとの縁もあるし、まずは明日、風の神殿に行ってみるかね……。
「それじゃあ明日、寄らせてもらうよ。……でもなんで出会ったばかりの俺たちに、ここまで親切にしてくれるんだ?」
「え? ……まぁリュインの面倒をずっと見ていたみたいだし? わるい人じゃないんだろうなーって思ったのよ」
おや……この様子だとあれかな。聖都を飛び出したリュインを心配していたのかもな。
ただでさえこの国は精霊が多いという話だし。〈フェルン〉は精霊に狙われやすいって話だしな。
そんなわけで俺たちは明日、また風の神殿に行くことになったのだった。
■
その日の夜。聖都リスタリスを一望できる場所に、その者たち……8人の男女は立っていた。
「ここがアンバルワーク信仰国の首都か……。メイフォン。お前はここの出身なんだろ?」
「……ああ」
メイフォンは懐かしいものを見るような目で、町の明かりを見ている。だがそれ以上、なにか言葉を発することはなかった。
「総帥の話によると、あのオアシスの底に目的のモノがあるんだったか」
「あのバカでかいオアシスが、人工的に作られたなんて……信じられんな」
彼らは暗殺組織〈アドヴィック〉の頂点、四剣四杖と呼ばれている者たちだった。そんな彼らの後ろから、9人目の人物が姿を現す。
「さて……きみたち。やるべきことはわかっているね?」
「ああ」
「我らのうち、4人は新たな精霊の契約者に。1人は聖痕をその身に刻む」
「そうだ。総帥からの知恵を得た金海工房……彼らが作った道具があるとはいえ、成功確率は100%ではない。もし契約に失敗した場合は……」
「可能な限り、クリスタルを破壊する」
「そのとおり」
今回の任務は玖聖会にとっても、大きな意味を持っていた。そのため〈アドヴィック〉最高戦力である四剣四杖が全員出てきたのだ。
「だがオアシスの底にはどうやって行くのだ? まさかそのまま潜れとでも?」
四剣四杖のまとめ役であるギラが、9人目の人物……少年に疑問を投げる。彼はゆっくりと首を横に振った。
「どうやら大神殿の地下から行けるみたいだね。でも特殊なカギがないと、そこから湖の底へは移動できないみたいだ」
「特殊なカギ……?」
「ああ。なんでも大きな貴石らしいけど……これは10年以上前に行方不明になっている」
「おいおいカリアムさんよ。それじゃどうするってんだ?」
少年……玖聖会の幹部カリアムは笑みを浮かべながらオアシスへと視線を向けた。
「どうやらある人物が持ち出したみたいでね。その人物はアンラス地方に逃げ込み、そこから行方が知られていないらしい」
「……その人物というのは?」
「前聖王の弟さ」
「…………ほう」
大神殿にゆかりのあるカギを持ち出せる人物。この時点でかなり限られてくると思っていたが、思わぬ者が出てきたことでギラは興味を示す。
「アンラス地方はいま、精霊たちの占領地になっているのだったか……」
「そしてこの国は、10年経ったいまも精霊から領土を取り返せていない。徒党を組んだ精霊がどれほど厄介か、それをあらためて諸外国に示しているね」
話を聞いたギラは、あらためて全員に聞かせるように言葉を発する。
「やるべきことは2つ。四聖騎士の暗殺と契約精霊の奪取。アンラス地方に潜入し、大神殿地下からオアシスの底へつつながる扉……そのカギを確保する。これは我ら以外には不可能な仕事だ」
「しかし……なぜ四聖騎士の暗殺を? この国の最強戦力なんだろ? こいつらを殺すことで、玖聖会はなにを狙っている?」
もし四聖騎士全員が殺されたらどうなるか。大国間のパワーバランスが大きく崩れることはまちがいない。
だがその状況を作り出して、玖聖会がなにをしたいのか。これはだれにも見えていなかった。
「いくつか予想はついているけど……じつは僕も詳しくは知らないんだ。総帥の言うとおりに動いているだけだからね。ただ……」
「ただ?」
「この世界の救済につながる。これはたしかさ」
「……………………」
黙って聞いていたメイフォンだが、彼女は少年の言葉をまったく信じていなかった。
そもそも総裁からして、得体のしれない人物なのだ。その人物が唱える救済が、常人の考える救済と同じであるという確証はどこにもない。
だが任務に疑念があるわけではない。これが自分の生き方なのだと納得しているし、そこにためらいもない。
「しばらくは情報収集を続けろ。決行日やアンラス地方の潜入チームはあらためて指示する」
「了解」
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