第102話 リヴィアちゃんから奉納歌について話を聞きました。
その少女は名をリヴィアといった。俺たちはいま、通りにある喫茶店に入ってテーブルについたところだ。
リュインはリヴィアと一緒に行動することに抵抗があったみたいだが、リリアベルが彼女からいろいろ話を聞くことを望んだ。リュインの説明じゃわからないことが多いからって。
「へぇ! それじゃお兄さんたち、魔獣大陸で冒険者もしていたんだ!」
「おう! 今は歴史の真実を求めつつ、いろんな貴石を集めてついでに四聖剣を探しているって感じだな!」
あと六賢者からの依頼で、盗人エンブレストも探している。なんだかんだ、旅の目的が増えてきたな……。
「この国には来たばかりでよ。ほとんどなにも知らないんだ。リヴィアちゃん、よかったら話聞かせてよ」
「いいわよ! 今日はこのあと、なにも予定は入ってないし! それに……リュインが四聖剣探しをどこまで進めたのかも聞きたいしねぇ~?」
「んな……!」
どうやらリュインの四聖剣探しのきっかけに関わっているみたいだな……。
「なにが聞きたいのかしら? あ、観光名所とか?」
「それも聞きたいけど……さっき風の神殿で踊っていたよな? あれ、なに? リュインは風の大精霊に対する奉納だとか言っていたけど……」
「そうよ。風の神殿では、ああして定期的に歌と踊りを奉納しているの」
この国は四大精霊に対する信仰が浸透している。では信仰することによって、人々はなにを期待するのか。これも各精霊で役割が決められていた。
土の大精霊には豊穣と繁栄を。水の大精霊には健康と長寿を。火の大精霊には成長と魔除けを。そして風の大精霊には、芸術や芸能分野での成功を期待しているらしい。
「…………ん? 芸術……芸能? なんか風の大精霊だけ方向性がちがうくない?」
他の大精霊はなんとなくそれっぽいのはわかるんだが……。なんというか……人にとって必ずしも必要ではなさそうというか……。
この星でも同じかはわからないが、自然信仰というのは、人では敵わない大いなる力を持つ自然に対する恐れも関係している。
それほど強大な力……神にも等しい存在に対し、大きな加護を求めるというものもある。
豊穣、繁栄、健康、長寿、成長、魔除け……病気の類だろう。信仰することでこうした加護を得たいという気持ちは理解できる。
だがここで芸術という、方向性が異なる大精霊がいることは理解できなかった。
「そうなのよ! 商人は土の大精霊を信仰している人が多いし、他の大精霊もそれなりに信仰を集めているんだけど……風の大精霊だけは、昔から他の神殿ほど信仰を集めていなかったの」
神殿という場所を維持するため、国も予算を割いている。だが神殿もお守りのようなものを販売し、商売もしている。
まぁ精霊信仰が盛んな国で、多くの集客を望めるんだ。商売の1つや2つ、だれでも思いつくだろう。
それぞれの神殿がそれなりに人気を集めているなか、風の神殿だけはあまり人がこなかった。
そもそも芸術なんてものは、金の余った奴の道楽……と言えば語弊があるが。まぁ一般人にとってはそこまでなじみが深いわけではない。
「わたしは貴族じゃないからよく知らないけど。昔から風の神殿長は、他の神殿長から見下されていたみたいでぇ。風の神殿長に任命された方は、他の貴族からもちょっと下に見られていたみたいなの」
どれだけ人気と信仰を集められるか。これも神殿長にとっては、貴族界隈に自分の影響力を高めることにつながるのだろう。
「でね。2年くらい前かな~……風の神殿長が変わったの。そこからちょっと歌と踊りの奉納が変わったのよ」
これまでは月に1回、厳かな感じで昔ながらの歌を奉納していたらしい。だが新たな神殿長はこのあり方を大きく変えた。
彼は自分のポケットマネーを使ってステージを作る。そして庶民の中から、歌や踊りが好きな若い女性を集めた。同時に楽器の扱いも教えていく。
そして特別な衣装も用意し、明るく陽気な音楽に合わせて歌と踊りをさせるようになった。これを月に2回、奉納と称してステージ上で行わせていく。
もともと陽気な性格の人が多い国民性ともマッチし、彼女たちは一気に人気者になったそうだ。そして多くの信仰者……というか、彼女たちのファンが増えた。
「風の神殿長はね! 自分で音楽も作れるのよ! 歌も踊りも覚えるのは大変だけど……お金ももらえるし、やりがいもあるし! わたしは今の仕事、とても気に入っているわ!」
すげぇな、風の神殿長……! 人気を獲得するため、自分でアイドルグループをプロデュースしたのか……!
歌と踊り自体は、どこの国でも独自のものがあるだろう。たぶん風の神殿長は、それをより大衆受けしやすいようにと工夫を凝らしたんだな。
しかも初期投資を自分のポケットマネーから出しているところを見るに、強いこだわりも感じられる。
「というか、なんで風の大精霊は芸術のご利益があるみたいになってんの?」
「さぁ……? まぁ風は気まぐれだし。芸術は気まぐれで生まれるからじゃない?」
「芸術って気まぐれで生まれるもんなのか……?」
逆に計算されつくされた芸術というものがどんなものなのか、見てみたい気もしてきた。
ちなみにリヴィアちゃんみたいな子を〈風巫女〉と呼び、今は30人くらいいるそうだ。だがその全員がステージに上がれるわけではなく、競争も激しいとか。
「そういやリュインとはどういう知り合いなんだ?」
「リュインはねー。もともとわたしの踊りにすっごく熱中していたんだよね!」
「ち、ちがうわ! ぜんぜん、ぜんぜんそんなことないんだからっ!」
風の〈フェルン〉は落ち着きのない個体が多いらしい。自意識が芽生えたリュインも、最初はこの聖都をあっちこっちに飛び回っていたそうだ。
そしてある日。風巫女たちの踊りと歌を見る。それからリュインは毎日彼女たちの練習を見るようになったらしい。なんなら歌と振り付けも覚えていたとか。
「え、まじで。お前、歌って踊れたの?」
「そうよ? たまに歌って踊っていたでしょ? というか、最初に言ったじゃない」
両手をシュッシュッと繰り出すジェスチャーや、むずかしい顔をしながらくるくる回っているところは何度か見たが。歌って踊ってたっけか……?
とにかくリュインは、風の神殿によく出入りするようになったと。四聖剣の話を聞いたのは、そんなときだったらしい。
「神殿に来ていたおじさんが教えてくれたのよ。魔人王と戦った5人の英雄、そして4人の〈フェルン〉! 彼らの伝説をね!」
話を聞いたリュインは、さっそくリヴィアに話したそうだ。だが彼女はその話を否定した。
「あるわけないじゃん! この国の精霊神話にも出てこないんだもの! だいたい〈フェルン〉が英雄と一緒に戦えるほど強いはずないしぃ」
「強い〈フェルン〉だっているわよ!」
魔獣大陸のアリアシアとかな! まぁ実際に会ったことはないから、どれくらいの実力者なのかはわからないのだが。
ファルクランク最高位という話だし、伊達ではないのだろう。
とにかくその日、リュインとリヴィアは言い合いになったそうだ。
そしてリュインは「四聖剣を見つけるまで、ここには帰らないんだから!」と言って、この国を飛び出していった。
「お前……よく無事に大陸を渡れたもんだな……」
「風のフェルンだもん! 他のフェルンよりも高く長く飛べるし、そんな簡単に精霊や人間に捕まらないわ!」
なんとなく猛禽類に襲われていそうではある。まぁこいつも運がよさそうだしな……。
「つか四聖剣を集めてどうしたいんだよ?」
本当に今さらな質問だ。これまでリュインはずっと「四聖剣を見つける」と言っていたが、見つけてなにをしたいのかまでは聞いていなかった。
たしか以前、四聖剣を集めれば大精霊を召喚できるとか話していたっけか。
俺を元の世界に帰れるように、お願いしてあげてもいいとかなんとか言っていたが……それはリュイン自身の目的ではないだろう。
俺たちの視線を集めたリュインは、胸を張って自信満々に答えた。
「大精霊を召喚して、わたしを人間にしてもらうの! それでわたしもステージで踊るのよ!」
「………………。なるほど。それは……」
いい目標だな! なぜか応援したくなる。
歌と踊りを覚えるくらいに風の神殿に行っていたみたいだし。自分もステージに上がって踊りたいという気持ちが強くなったのだろう。
「リュイン……」
そんなリュインを、リヴィアちゃんは曖昧な表情で見つめていた。
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