第108話 火の神殿長 クンベル

 その日の夜。火の神殿長であるクンベルは、聖王グリアジーンを招いて夕食を取っていた。


 すこし距離を空けたところで、4人の女性が薄着で音楽に合わせて舞を踊っている。


 グリアジーンは踊り子に気を取られながら口を開いた。


「クンベル。本当にだいじょうぶなのか……?」


「なにがですかな」


「四聖騎士の派遣さ。もしものことがあれば……」


 大国としての地位を揺るがしかねない。彼にはそんな漠然とした不安がある。


 それを読み取ったクンベルは小さく笑った。


「今回はあくまで四聖騎士による視察です。そう危険なことはありません。それに……」


「それに?」


「万が一、4人がなにかに巻き込まれて、四聖騎士としての職務を果たすのがむずかしくなったとしましょう。しかしそれで我が国の国威が落ちることはありません」


 そういうとクンベルは果実酒をのどに流し込む。


「……そもそも四聖騎士は、我が国の守護の要となっている精霊と契約を交わしているからこそ、最強の騎士として名を馳せています。つまり我が国最強の戦力というのは、彼女たちではなく精霊の方です。精霊が風化しない限りは、わが国の大国としての地位は揺るぎませんよ」


 そもそもここ数年、四聖騎士はしばらく2人だった。それでも残り2体の精霊が消えていたわけではないのだ。


 クンベルとしては、最悪いまの四聖騎士の中から死人が出ても構わないと考えている。死んでも剣に宿る精霊が神殿のクリスタルに戻るだけだ。


 もちろん次の契約者が現れるまで、しばらく時を要するだろう。


 しかしそれでもいまは、はやくアンラス地方の精霊どもを滅ぼさなければと考えていた。


「それにもう10年です。あまりに時間をかけすぎました。あのことが明るみに出れば、一番困るのは聖王陛下あなただ。……ちがいますかな?」


「……………………。な、なぁクンベル。本当に……アンラス地方を支配する精霊は……」


「前聖王陛下の弟、ムルファス。彼の骸が精霊化したものでしょう」


 この国でムルファスは、反逆者として知られていた。


 10年前に魔道具を暴走させ、前聖王に大けがを負わせた。


 彼自身はそのまま聖都を出たが、追手によって捕らえられ、裁きを受けた……ということになっている。


 だが真実はちがう。ムルファスは聖王家に伝わる国宝を持ち、そのままアンラス地方まで逃げ延びた。


 そしてそれからすぐにアンラス地方は無数の精霊によって占領されることとなる。


 当時クンベルは神殿長会議をまとめ、四聖騎士をはじめとした騎士団を向かわせた。だが敵精霊はあまりに強く、四聖騎士の2人を失うこととなる。


 そして生き延びた四聖騎士から精霊の首魁の特徴を聞いたとき、確信したのだ。敵の首魁はムルファスの骸が精霊化を果たしたものだと。


「かの精霊は持ち出したオーパーツ……〈精霊の目〉を用いて四聖騎士の精霊と戦ったと伝えられています。どちらにせよ〈精霊の目〉を取り返さねば、この国に未来はありません」


「わ……わかってるよ。〈精霊の目〉を持っている以上、例の手紙も持っている可能性があるんだろ……? たしかにこれが他に知られたら、僕も立場がむずかしくなる」


〈精霊の目〉とは、聖王家に伝わる大きめの貴石のことだ。


 当然ただの貴石ではない。大神殿の地下にある扉を開くカギの役割も持っている。


 さらに〈月〉属性の魔力効率も向上させるという性質も持っており、これを手にした精霊は強力な魔術が行使可能になっていた。


「な……なぁ、クンベル。実際のところ……ど、どうなんだ……? 僕のお父さんは……」


「………………。お前たち、もういい」


 クンベルは立ち上がると手を叩き、踊り子たちに踊りをやめるようにと伝える。そして右手をグリアジーンに差し向けた。


「聖王陛下を寝所までお送りするように」


「はい」


「………………」


 薄布を巻いただけの4人の美女がグリアジーンのもとまで移動する。グリアジーンは彼女たちの身体に視線を向けた。


「さぁ陛下。今宵はもうおやすみください」


「あ……あぁ……」


 グリアジーンは頬を緩ませ、4人に連れられるように部屋を出ていく。


 1人になったところで、クンベルは残った酒をのどに流し込んだ。


「……さて。騎士団には話をとおしておいたが……どのみち四聖騎士で奪還できないのであれば、他に手はない」


 クンベルとしては、四聖騎士全員を投入することによって、アンラス地方を奪還するつもりでいた。


 ……いや。正確にはアンラス地方を支配する精霊を倒そうとしていた。


 かの精霊が持つ〈精霊の目〉の他にもう一つ。生前ムルファスが持っていた手紙を処分する必要があるからだ。


「クンベル様」


 部屋に勇角族の女性が入ってくる。その女性は褐色の肌に濃い金髪という、この国では比較的よく見る見た目をしていた。


「ルービスか」


 ルービス。四聖騎士の1人であり、火の神殿のクリスタルに宿る精霊と契約を果たした女性である。


 彼女はへそ出しの服を着ており、よく鍛えられた腹筋があらわになっていた。


「聖王陛下はまっすぐお帰りになられました」


「そうか。……座れ」


「はい」


 ルービスはクンベルの隣に座る。クンベルはそんな彼女の肩に腕を回し、身体を密着させた。


「わかっているな? お前の役割を」


「……はい。ムルファス殿下の骸が精霊化を果たしたもの……通称〈エド〉。彼から〈精霊の目〉を取り戻し、そして遺品をすべて焼くこと……ですね」


「そうだ」


 手紙の存在を表に出すわけにはいかない。そしてムルファスの骸が精霊化を果たしていた……なんてこともわざわざ広める必要はないのだ。


 クンベルはそれらを闇に葬るべく、火の精霊と契約を果たしたルービスを手元に置いていた。


「すべては我がアンバルワーク信仰国を存続させるため。頼むぞ」


「はい。四聖騎士として……そしてクンベル様のため。この力を振るいます。……ですが」


「ん?」


「もし骸にムルファス殿下の意識が残っていたら……」


 なにを言い出すのかと、クンベルは小さく笑う。


「精霊化を果たした骸は、あくまで一個の精霊にすぎん。もとになった骸の意識など残ってはいない」


「……そうですね」


 大昔は自然現象のみが精霊化を果たしていた。だがいまは物や骸、樹木の類も精霊化を果たすケースがある。


 この中でも骸は比較的多い。しかし精霊はあくまで精霊であり、元になった骸の人格や記憶は残っていない。これが通説だった。


「クンベル様。実際、聖王陛下のお父上は……」


「俺だ」


「……………………」


「俺が前聖王陛下の妻を孕ませた。前聖王は妻に関心が薄くてな。いや……ちがうか。為政者として有能だったぶん、自分で多くの仕事を抱え込みすぎていたのだ。政務に忙しく、なかなか妻に構ってやる時間が取れていなかった。奥方からはそこでいろいろ相談を受けていてな」


 アンバルワーク信仰国の民は、全体的に明るく陽気で、酒好きが多いと言われている。


 そしてもう一つ……他国の民に比べて性に明るいという特徴もあった。


 だからといって、不倫が決して許されているわけではない。だが男女ともにそうした行為を楽しむという者が多い。


 こう言えばまだ聞こえはいいが、要は性にだらしのない者が一定数いる国なのだ。


 クンベルと聖王妃の密会はしばらく続いた。そして生まれたのがグリアジーンになる。


 つまり今の聖王は、聖王家の血を継いではいないのだ。


 前聖王は妻の不通を疑っていた。そして秘密裏に進めていた調査からグリアジーンが自分の子ではないと知り、弟であるムルファスに手紙で相談していたのだ。


 その手紙には妻の不通の他、ムルファスを次期聖王にという内容も記載されていた。


 そして今から約10年前の夜。事件は起こった。


(仕方がなかった……聖王はあの時、グリアジーンを殺す気でいた。悩んだが……俺はこの国のため。聖王をこの手で殺めた……)


 そのとき、ムルファスも殺すつもりでいた。


 だが彼は事前に相談を受けていた前聖王から〈精霊の目〉を受け取り、敵の多い聖都から脱出した。


 このときから騎士団にはクンベルの息がかかった者が多かったのだ。


 クンベルは即座にムルファスを聖王殺しの大罪人であると断じ、追手を差し向けた。同時にグリアジーンを即位させ、国の中枢で実権を握っていく。


 だが聖王が死んだことで、その妻は精神が壊れてしまった。


 夫を裏切っていたこと、そして聖王家と縁もゆかりもないグリアジーンが聖王になるということに、今さらながら恐れを抱いたのだろう。


 結果、今はまともに話せる状態ではなくなってしまった。


 だがこれはクンベルにとっても都合がよかった。


 なにも知らない周囲の者は「優れた為政者であった前聖王をそれだけ想っておられたのだ」と、勝手に美化するからだ。


(結果として俺の血が新たな王朝を開くことになったわけだが……責任はとる。俺はこの国をさらに強大にさせ、五大大国のトップに君臨させる。そのために政務面で息子であるグリアジーンを支えるし、国を今よりも豊かにさせてみせる)


 別にこの国を乗っ取るつもりで、前聖王妃を孕ませたわけではない。だがその結果に対する責任は取るつもりでいる。


 そしてより安定した統治のためにも、やはり〈エド〉は無視できない。なにがなんでも滅ぼさねばならぬ。


「ルービス。……しくじるなよ」


「はい」


「ふん……来い」


 クンベルはルービスを立たせると、そのまま彼女の腕を引いて寝室へと消えていった。

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