第109話 風の四聖騎士
次の日。俺たちは風の神殿に訪れていた。
ヴィルヴィスから話は通っていたらしく、姿を見せるとすぐに別室へと案内される。
「おお……! アハト様ぁ……! 今日もなんとお美しいいぃぃぃぃぃぃ……! 言ったろ、ルドレット! 美の大精霊がお越しになられると……!」
「もう、お兄さまったら。大げさなんだか……ら……」
部屋にはヴィルヴィスの他、もう一人女の子がいた。たぶん彼女がヴィルヴィスの妹だろう。名はルドレットか。
ルドレットちゃんは振り向きながらアハトに視線を向ける。その表情はわかりやすく硬直していた。
たぶん兄が大げさに褒めたたえるアハトが、予想以上に美人で驚いたのだろう。
(へぇ……ヴィルヴィスの妹っていうから、どんなのかと思ったけど……けっこうかわいいじゃん!)
ルドレットちゃんもヴィルヴィスと同じく勇角族だった。頭部に小さな角が見える。
褐色の肌に水色の髪をしており、ポニーテールでまとめていた。顔つきからして活発な印象を受ける。
そういや四聖騎士になる前は風巫女として歌って踊っていたというし。もともと身体を動かすことが好きなのかもしれない。
「た……たしかに美人だったけど。でもお兄さまを篭絡したからといって、調子にのらないことね! わたしはこの国最強の四聖騎士にして、一番人気の無敵風巫女なんだから!」
「篭絡て」
いや……まちがってはないけど……!
あと無敵風巫女ってなんだ。あれか。ナンバー1アイドルみたいなノリで言ったのか。
「話は聞いているわ。マグナにアハト。あなたたちがわたしの護衛を務めるってね。お兄さまも心配性なんだから……いざとなれば風の精霊〈エクツァーラ〉も力を貸してくれるんだし」
それにしても……と、ルドレットはリュインに視線を向ける。
「あなたも来ていたのね、リュイン」
「ルドレット、久しぶりー! そっか、神殿長の妹ってルドレットのことだったのね!」
「え……? 知り合い……?」
「うん。言ったじゃない。わたし、この国にいたときはよく風の神殿に出入りしていたって」
で、そこで風巫女たちの歌と踊りを毎日見て、リュイン自身も踊れるようになったんだっけか。
そうか……そのとき、ルドレットは風巫女たちのセンターで踊っていたんだな。
「ん……? じゃヴィルヴィスのことも知っていたのか?」
「いいえ? わたしがいたときは、ルドレットがみんなに指導をしていたもの」
「ええ。お兄さまから教えていただいた歌と踊りを、わたしからみんなに伝えていたの」
で、そんなルドレットが四聖騎士になったから、ヴィルヴィス自身が風巫女の指導に入るようになったと。というか意外とリュインの知り合いが多いな……。
あらためて簡単に挨拶と自己紹介をすませる。ルドレットはおよそ騎士に見える恰好はしていなかったが、腰には長剣を挿していた。
「もしかして……その剣が……?」
「ええ! 風の精霊〈エクツァーラ〉が宿ったものよ! 刀身まるまるクリスタルで作成されているんだから! ……ちょっと重いんだけど」
神殿に設置されているクリスタルを削って作成したものって話だったもんな。
剣としての実用性はないが、契約者はこれを持っているだけで強力な精霊を任意に呼び出すことができる……と。
「遠征は明日からだけど……いい、あなたたち。わたしの命令にはぜったいなんだからね!」
ルドレットの後ろにいるヴィルヴィスが、なにか言いたげな表情でこちらを見ている。
おそらくルドレッド自身は俺たちを護衛以外のなにものでもないと考えているのだろう。
だがヴィルヴィスは、もし騎士団がなにか不穏な動きを見せた場合。即座に彼女を連れ帰るようにと言っていた。このことは話していないのかな……?
(まぁ仮にも神殿長が四聖騎士である妹に、自国の騎士団に不信感を抱いているなんて言えないか。もし騎士団が白だった場合、ルドレットを不安な気持ちにさせるだけだしな)
それに仕事内容は、あくまで四聖騎士の前線視察についていくだけというものだ。なにも起こらなければ、行って帰ってくるだけで終わる。
また往復には水路を使うとのことだった。
「……って、水路ぉ?」
「そうよ。ここ聖都リスタリスは、広大なオアシスのほとりに築かれた都と言われているけれど。厳密にはあれ、巨大な湖なのよね」
「…………? どうちがうんだ?」
聖都の側にある巨大湖。これには〈アリエ湖〉という正式名称があるらしい。
アリエ湖は地下水を元にしたものらしく、何千年も昔からこの地に水をもたらしてきた。
またこの湖を中心に水路を引き、聖都にはそこらじゅうに広がっている。そしてこの水路は、何百年と時をかけて他の地方にも引かれているとのことだった。
「そのうちの一つが、アンラス地方方面にも伸びているのよ。で、明日は船に乗って、そのまま目的地に向かうというわけ」
「はぇー……」
なんとまぁ……よくそんな大規模な水路を引けたものだ。
まぁ魔力やら魔道具がある世界だし、想像つかない方法で行ったのかもしれないけど。
「ん……? でもそんなに水資源が豊富なのに、なんだってこの大陸は砂漠が広がっているんだ……?」
「さぁ……? お兄さま、なにか知ってる?」
「ああ。昔はこの大陸にも緑があふれていたという話だよ。僕もあまり詳しくはないが……どうやら七種族時代から砂漠化が進んだようだ」
四大精霊が生まれた地と言われているだけあり、この大陸にも古の遺跡がいくつか見つかっている。
その中に大昔の記録が記されたものもあるらしく、それによると四大精霊が生まれた時代は砂漠ではなかったそうだ。
だが遺跡自体が古すぎるし、保管状態もよくないので、結局くわしいことはなにもわかっていないとのことだった。
『ふむ……そういえば魔獣大陸に次いで、この大陸にも遺跡が発見されているのだったな。機会があれば聖地と共に詳しく調べてみたいものだ』
おっと。研究者リリアベル女史が出てきた。まぁ俺もこういう歴史ロマンは気にはなるが。
また四聖騎士はそれぞれ別の船に乗るとのことだった。
「なんで? 仲わるいの?」
「別に四聖騎士同士は仲がわるいわけではないわよ……たぶん。まぁいいわけでもないけど。4人を固めておくと、それだけ一つの船に護衛とか物資とかたくさん積む必要があるし。船の重量を考えたんじゃない?」
ああ……そういうのはありそうだな。いちおう、ルドレットたちはこの国の最高戦力として数えられているもんな。
それにまだ若い女の子だし、いろいろ持っていく物も多くなるだろう。
あと船自体、それほど多くの荷物を詰め込めるほど大きくないのかもしれない。
なにせ湖から伸ばした水路を進むサイズだ。海を渡る船とはまったくちがうのだろう。
ルドレットとは今日は顔合わせという感じだった。用事を終えたところで、部屋から退室する。ヴィルヴィスからはアハトが描いた自画像をはやくくれと催促された。
まぁ今ごろリリアベルが、シグニール内でアハトの画像を印刷しているだろう。
■
「おお! これもうめぇ!」
明日までとくにやることがないので、俺たちは町をぶらつきながら食べ歩きをしていた。今は焼いた果物を串に刺したものを食べている。
果物を焼くなんて……と思っていたのだが、これがけっこううまい。
噛めばザクザクという歯ごたえがあり、こおばしい香りが口の中に満ちていく。そしてこれが甘辛いタレとよく合うのだ。
また果物を売っているお店の近くでは、他の場所よりも〈フェルン〉が多く飛んでいた。中には店員から果物を受け取っている〈フェルン〉もいる。
「なつかしい味ね! わたしもここにいたころはよくもらっていたわ」
「ああ……なるほど。食事事情がどうなっているのか謎だったけど、おこぼれをいただいていたのか」
「おこぼれってなによ! 精霊信仰が根付いているだけあって、〈フェルン〉によくしてくれる人間はけっこう多いのよ!」
聞けば〈フェルン〉は信仰されているわけではないが、他の精霊と比べて最も身近な存在だと認識されているらしい。
たぶん自然現象や物質が精霊化したものと比較して、敵意を持つ個体がいなくて人より弱いというのも、身近に感じられている理由の一つだろう。
またこの国の女性の間では、〈フェルン〉用に服を作るのも趣味の一つとして広がっているのだとか。リュインの着ていた服も、この国の女性が作ったものらしい。
(個人の愛玩動物というより、国民共通のペットという位置付けなのか……?)
聖地がある大陸だし、他の大陸より〈フェルン〉が多そうというのは想像がつくんだが。
なんにせよ精霊との距離が一番近い国なのはまちがいないのだろう。
「そういやお前に四聖剣の伝説を教えたというじいさん。どこに住んでいるのかわからないのか? もしかしたらなにか話を聞かせてくれるかもしれないと思ったんだけど……」
「さぁ? たまたま神殿に来ていた人だったし。どこのだれか、名前も知らないわ」
「お前……そんな人から聞いた話を本気にしたのか……」
「なによ! アリアシアだって探しているじゃない! どこかにあるのは間違いないのよ!」
そうなんだよな……実はそこが気になっていた。
これまでいろんな国を旅してきたが、四聖剣に関する具体的な話はあまり聞けていない。俺の中ではやはり実在していないのだろうという結論になっている。
その一方で、アリアシアは今も魔獣大陸で四聖剣を探しているという。
これがただの冒険者なら無視できる。だがアリアシアは現状トップを走るファルクマスターだ。そして彼女のファルクは遺跡調査を中心に活動している。
いわばどのファルクよりも考古学を専門に取り扱っているのだ。
そんな一流ファルクが四聖剣を探している。つまりアリアシアは「四聖剣は実在している」という根拠を持っている……とも考えられるのだ。
(うーん……リュインはいやがっていたけど。一度会ってみたいな……)
魔術師としても最高クラスらしいし。〈フェルン〉は精霊としての位は変動しないが、長生きすれば強力な魔術を操る個体になる……か。
「そういやリュイン。今さらだけど……お前、なんか魔術が使えるのか?」
「使えるわよ?」
「まじで!? どんな魔術が使えるんだ!?」
てっきり生まれたばかりで、魔術なんてまったく扱えないのかと思っていたぜ……!
「いつも使っているじゃない」
「…………へ?」
「ほら。今も魔術を使って浮いているし」
「……………………。ああ、そう……」
出会ったときから不思議には思っていた点だ。羽は動いていないのに、どうやって浮いているんだ……と。どうやら魔術を使っていたらしい。
いや、宙に浮けるのはすごいとは思うんだけど……俺の想像していた魔術とはちがうというか……。
「リュイン。攻撃魔術は使えないのですか?」
どうやらアハトも俺と似たような考えをしていたようだ。そんな彼女の疑問に、リュインは自信満々にうなずいてみせた。
「いずれ使えるようになるわ!」
「いずれとは?」
「たぶんもうすこしね! なんだかそんな予感がするもの!」
「………………」
まぁ……いいか。べつにリュインには戦闘面でなにか役割を期待しているわけじゃないし。
この日の夜は、踊り子が元気よく踊るお店で夕食を取った。客も店員も陽気でテンションが高い人が多く、俺も楽しく食事をとることができた。
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