第110話 アドヴィックのメイフォン

「段取りは頭に入れたな?」


「ああ」


 その日の夜。〈アドヴィック〉四剣四杖の8人は一ヶ所に集まっていた。


 明日からの大仕事について、打ち合わせを行っていたのだ。


「明日、四聖騎士はアンラス地方へと向かう。タイミングは前線視察で姿を現したときだ」


「そこで四聖騎士を暗殺し、この金海工房製の魔道具で……」


「契約精霊を奪い取る」


 それはこの国で行ういくつかの仕事の一つにすぎない。そして本命の仕事は別にある。


「しかし……ギラよ。よくこの短時間で、ソレを手に入れられたものだな」


「ふ……久しぶりに強敵だったがな。工房製の魔道具のおかげで、いくらか楽ができた」


 ギラは右手に大きめの貴石を持っていた。これぞ約10年前に前聖王の弟ムルファスが持ち出した至宝〈精霊の目〉である。


 ギラは単独でアンラス地方に潜入し、そして精霊〈エド〉からこの〈精霊の目〉を奪い取ったのだ。


 それを可能にしたのが、金海工房が作成した特殊な魔道具だった。


「四聖騎士の暗殺……あるいは契約精霊の喪失は聖都を大きく混乱させるだろう」


「その隙に俺はこの〈精霊の目〉を持って、大神殿地下へと赴く。そこでカリアムと合流し、そのままこの身に聖痕を宿す」


「これでギラも玖聖会幹部の仲間入りか……」


「…………そうなるな。ここまで玖聖会と距離を詰めるのは、個人的にどうかと思わないでもないが……」


 あくまで下部組織に甘んじているからこそ得られる動きやすさもある。


 だが組織として玖聖会と一体化することに抵抗がある一方で、そのメリットもたしかに存在していた。


 玖聖会をまとめる総帥の影響が大きいのだが、ギラも今はこのまま下部組織でいるのがいいのか、あるいは玖聖会の実行部隊として一体化したほうがいいのか。その判断がむずかしいと考えていた。


 ギラは無言でい続けているメイフォンに視線を向ける。


「どうしたメイフォン。……この仕事にためらいがあるのか?」


「…………本気で聞いているのか?」


 メイフォンはこの国の出身になる。また元から〈アドヴィック〉の一員として育ったわけではなく、外部から暗殺組織に入った経歴の持ち主でもある。


 もし四聖騎士が死に、信仰国の守護の要である精霊が失われたら。この国は相当大きな混乱に巻き込まれるだろう。


 ギラはこの国出身であるメイフォンが、そのことに対して抵抗を感じているのでは……と考えていた。


「いや……お前の腕は信用している。きっとうまくやるだろう」


「………………ふん」


 暗殺組織〈アドヴィック〉にはさまざまな者がいる。また表の顔と裏の顔を使い分けている者も多い。


 メイフォン自身、仕事の時以外はこの国で踊り子をしているときもあった。


 だがそれも昔の話。〈アドヴィック〉が玖聖会の傘下になってからは、ほとんど活動拠点から出ていない。信仰国に来たのもずいぶんと久しぶりになる。


(もとから自分がまっとうな人間じゃないというのはわかっている。わかっているが……)


 メイフォンの家はもともと一家そろって暗殺稼業を生業にしていた。彼女自身、幼少のころより技を鍛え続けてきた。


 だがある日。父と兄が仕事に失敗し、死んだことを知る。


 どのような仕事を請け負っていたのかはメイフォンにも伏せられていたが、おそらく国の誰かが依頼してきた仕事だろうと考えていた。


 1人になったメイフォンはしばらく踊り子として働きながら、たまに殺しを請け負う生活を続けていた。〈アドヴィック〉が接触してきたのは、そんなタイミングのときだ。


 友人もいるし、これまでの生き方に不満があったわけではない。だがこのときのメイフォンはまだ若かった。


 他の国にも行ってみたかったし、なにより厳しい訓練の末に身につけたこの力をもっと活かせる環境というのも興味があった。


 なにか信念があって暗殺稼業を続けていたわけではない。そういう生き方しか知らなかった。ただそれだけだ。


 しかし〈アドヴィック〉で活動し、やがて四剣四杖の1人として数えられたとき。自分はもう戻れないところに来たのだと実感しはじめた。


 今さら組織を抜けられるはずもない。もはや〈アドヴィック〉の暗殺者として生きていく他ない。


 さらに〈アドヴィック〉が玖聖会の傘下になったことで、この世界には自分よりも圧倒的な実力者がいるということを思い知った。


 異能を持つ玖聖会幹部たちには、自分ごとき足元にも及ばないだろう。


(昔は自分が最強なのだと信じて疑っていなかった……でもちがった。この世界にはバケモノなんて、いくらでみいるんだ)


 どれほど名を馳せた英雄でも、自分であれば仕留めることができる。


 だが玖聖会の幹部たちにはぜったいに敵わない。暗殺できるというヴィジョンが思い描けないのだ。


 そもそもラデオール六賢国の地下にある巨大騎士人形の存在を知っていたり、博士や金海工房に特殊な知識と技能を伝えられるような連中なのだ。自分とは立っているステージがなにもかもちがいすぎる。


 自分と同等の実力者は同じ四剣四杖、それより上は玖聖会。


 そう単純に色分けできていたのに、ラデオール六賢国では、油断すればぱっとしない男に殺されるところだった。これもメイフォンにとっては強いストレスだ。


 剣の振り方一つとっても、まともに訓練を受けてきていないのがわかる。


 だというのに身体能力だけで強引に追い込んできた。あのまま戦いが続けば、先に体力がきれていたのは自分の方だっただろう。


(どうなってんだ……この世界にあんなに怪物がいるなんて……。昔のわたしは、どれだけ無知だったのか……)


 正直なところ、今回の任務には抵抗がないわけではない。やはり生まれ育った故郷だというのは大きい。


 だが四剣四杖としてやらねばならないことだ。それに玖聖会からの仕事である以上、断ることも失敗も許されない。逃げ場もないのだ。


「……例の精霊は?」


「明日か明後日には拘束が解けてもおかしくはない。用心はしておけ」


 信仰国から〈エド〉と呼ばれている精霊は、相当な強さを持っている。


 強大な〈月〉属性の魔力に加え、10年にわたって精霊の多い地で活動し続けてきたのだ。数多くの〈フェルン〉を食らい、位も上がっている。


 そんな精霊を相手にギラがいかに〈精霊の目〉を奪い取れたのか。これは金海工房が作成した魔道具が関係していた。


 その魔道具を使用することで、一時的に精霊を拘束することができるのだ。


 位の高い精霊だと拘束しただけでは脅威は変わらない。魔術は使用してくるし、位が高ければ物理攻撃が通じないことにも変わりないからだ。


 だがギラであれば、その隙を突いて〈精霊の目〉を奪うことができる。


 その場を去るときに大量の魔術を放たれたが、どうにか無傷で済んだ。


 しかし当然、永久に拘束し続けられるものではない。


「では俺は聖都へ向かう。お前たちの仕事ぶりに期待しよう」

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