第111話 四聖騎士の出陣
次の日。俺たちは早朝から船に乗ってアンラス地方を目指すことになる。
アリエ湖の指定された場所に行くと、四隻の船が並んでいた。船員たちが多くの荷物を運んでいる。
だが船のサイズは思っていたとおり、それほど大きくはなかった。ここは海じゃないし、大きな船は運用がむずかしいのだろう。
「意外と人がすくないんだな……。騎士っぽい人とかもいないし」
『あくまで前線の視察だけなのだろう? わざわざ聖都から戦力を送るわけでもない。船員以外は雑用係と数人の護衛程度ではないのか?』
なるほど。言われてみればそうかもしれない。
てっきり騎士たちを引き連れていくのかと思っていたが、ルドレットたちはべつに戦いに行くわけではないのだ。
「あ! なんかすごい感じの人が来たよ!」
「なんだそのざっくりすぎる説明は……」
リュインが指さす方向に視線を向ける。するとたしかに、なんかすごい感じの女性が歩いてきていた。
これから前線に行くとは思えない、豪華な黄色いドレス。隣にはイケメンマッチョが、女性の頭上に日傘をさしている。
その後ろでは別のイケメンマッチョが立派な鞘に入った剣を持っていた。
女性自身は金髪を腰下まで伸ばしており、これもまた豪華さを演出している。
肌は明るめの褐色、種族は普人種だ。その女性は俺とアハト、それにリュインに視線を向けてくる。
「あら……? なぁに、あなたたちは。ここは関係者以外、立ち入り禁止なのだけど?」
どうやら姿恰好からして、船員や荷物運びには見えなかったようだ。まぁそりゃそうか。こっちも武装しているしな。
「ああ、俺たちは……」
事情を説明しようとすると、その女性は手で制してきた。なんだ……?
「ふん……わたしがだれか、見たらわかるでしょう? まずは名を名乗りなさい?」
知らねえよ!? いや、四聖騎士のだれかだってことは想像つくけどさぁ! ルドレット以外の騎士様は名前すら知らねぇっての!
たぶん後ろのイケメンマッチョが持っている剣が、精霊が宿っているとかいうクリスタル製の剣だろう。
2人とも常に爽やかな笑みを浮かべている。たぶん筋肉に裏切られた経験がないんだろうな。
「あー……マグナです」
「アハトです」
「リュインよ!」
なんだかんだ、言われたとおりに名乗ってしまう。
く……! 辺境の住民のくせに……! ここでは一級帝国人マウントがとれねぇ……!
「そう。で、ここでなにをしているの?」
「ええと。俺たち、四聖騎士ルドレットの付き添いで……」
「…………ぷ」
「…………?」
ん……? 話の途中で、女性が口角を上げて口を震わせる。そして懐からセンスを取り出すと、それを広げて口元を隠した。
「四聖騎士の付き添いにしては、あなたずいぶんと貧相ねぇ? 〈フェルン〉とそちらの女性はともかく……フフ。ルドレットさん、ずいぶんとご趣味がよろしいこと。行くわよ」
「はい」
「我らの船はあちらです」
女性はそれ以上俺たちに興味を示すことなく、さっさとその場を通りすぎていく。そしてイケメンマッチョたちと船に乗り込んでいった。
「…………なんだったんだ?」
『自分の連れと比較して、供の男が大したことないと判断したのだろう』
「ああ、なるほどね。…………って、おい!? 俺があのイケメンマッチョに劣るってか!?」
『お前……普段からもうすこし鏡を見たほうがいいぞ』
「どういう意味やねん!?」
こんなに育ちも性格もいい一級帝国人なんて、そうそういるもんじゃないってのに……!
ぐぬぬと謎にくやしい思いをしていると、また別の一行が歩いてきた。
今度はさっきの女とちがって、動きやすそうな服装をした女性が中心を歩いている。だが着ている服の生地が上等なのは見ればわかった。
その女性は青みががった髪をしており、4人の美少年を引き連れている。そのうちの2人がやや大きめの剣を持ち運んでいた。
「わぁ。さっきの人とはぜんぜんちがうね!」
たしかに。イケメンマッチョが美少年に変わって、人数も倍になっているし。
それに女性も顔が大人びている。肌色もこの国ではめずらしく、全体的に白っぽかった。
だが種族は勇角族だし、白精族ほどの白さではない。その女性が前を通ったとき、リュインを見て足をとめた。
「あら……? フェルン……? あなたたちは……?」
「マグナです」
「アハトです」
「リュインよ!」
さっきのことがあったので、とりあえず最初に名乗っておく。すると女性は驚いた様子で、目をぱちくりとさせていた。
「親切にどうもありがとうございます。わたしはユアムーン。水の四聖騎士です」
そういうと小さく会釈をしてくる。それにつられて俺もすこし頭を下げた。
さっきの女とぜんぜんちげぇ……! なんだこの態度のちがいは……!
「すみません。わたし、こう見えて〈フェルン〉の服を作るのが趣味なものでして……。その……とてもかわいらしい服でしたから。どなたがお作りになられたのかと気になってしまいました」
「ああ……なるほど……」
今、リュインはへそ出しのチアガールみたいな恰好をしている。
これはリリアベルが作ったものだが、スカートのすそ部分など、細かなところにも刺繍が入っている。見る者が見れば、その仕上がりの良さに気づくのだろう。
しかしユアムーンさん……どこかおっとりした雰囲気の女性なのに。引き連れているのが4人の美少年だという点がおもしろすぎる。まぁ他人の趣味をとやかく言うまい。
「マグナさんたちは、だれかの供でしょうか?」
「ええ。ルドレットの付き添いです」
「そうでしたか。よければ今度、じっくり服を見させてくれませんか……?」
「いいわよ! 自慢の服だし!」
俺が答える前にさっさとリュインが答えてしまう。まぁいいけど……。
「ありがとうございます。では……」
そういうとユアムーンさんは美少年たちを引き連れて船へと移動していった。
「はぁ……あれでショタ好きなのか……」
「みなさんとても個性的ですね」
「アハトさんがそれを言うのか……」
「あ! ルドレットが来たよ!」
視線を向けると、たしかにルドレットが向かってきていた。今日の彼女は昨日とはちがい、騎士っぽい出で立ちをしている。
全体的に薄着なのは、この国ならではなのだろう。すくなくともラオデール六賢国でこんな薄着はしていられない。
「お待たせ」
「おう。……って、あれ?」
「なによ? どうしたっていうの?」
ルドレットは腰に剣を挿しており、他に供はだれもいなかった。てっきり爽やかイケメンでも引き連れてくるかと思っていたのだ。
「1人か?」
「そうよ。近くまでは馬車だったけど」
聖都はわりと道が舗装されているので、馬車もたまに見かける。どうやら彼女は、途中まで馬車できたようだ。
「てっきり複数人の男を侍らせてくるものかと……」
「はぁ? なに言ってるのよ……」
ルドレットがあきれたようにため息を吐く。
あ、あれ……? 俺の感覚のほうがまちがっていたのか……?
「さっきねぇ! ここを2人の四聖騎士が通ったんだけど! 2人ともたぁくさんの男を引き連れていたのよ!」
「え……。……ああ、なるほど。それでわたしもだれか連れてくるんじゃ……と、考えていたのね」
リュインの言い方や身振りだと10人くらい引き連れていそうだが、最初の女にいたってはたったの2人だ。まぁわざわざ訂正はしないけど。
「きっと神殿から人を借りたんでしょ。風の神殿は風巫女が中心だから、こういうときにあまり供を連れていけないのよ」
「そうなの? ……騎士団から人を借りたりとかは?」
四聖騎士っていうくらいだし。騎士団ではなく、神殿から供を出すということにすこし違和感を覚える。
ルドレットも俺のそんな違和感を感じ取った様子だった。
「四聖騎士っていうのは、騎士団の所属ではないの。あくまで契約した神殿の所属よ」
「へぇ……」
「だからこそ、時期によってはなかなかその椅子が埋まらないだけどね……」
風の神殿にあるクリスタルと契約を交わした者は、風の神殿の所属になる。そしてこの人物が他の神殿長と距離の近い者や親族だと、いろいろ面倒なことが起きる。
そのためどこの神殿も、契約者の選定には慎重になるとのことだった。
つまり貴族全体から精霊と契約できる者を探すのではなく、貴族の中でも特定の家系や派閥から契約者を探しているのだ。
たしかにこれだとなかなか見つからない時期もあるだろう。
「神殿長が変わると、契約者が変更されるケースもあるし。四聖騎士は国の最高戦力という位置づけではあるけど、各神殿間のパワーバランスにも無関係な立場ではないのよ」
「へぇぇ……」
また四聖騎士が関わる公式行事においても、あくまで騎士団とは関係なく独立して参加するとのことだった。
今回のようなケースだと、神殿もわざわざ騎士団から人を借りることはしないらしい。
(つまりあのイケメンマッチョや美少年たちも、普段は神殿で働いているのか……)
もしかしたら神殿長の趣味だったのかもしれない。
いや……最初の女は明らかに自分の趣味だったな。なぜか俺を見て勝ち誇った表情を見せていたし……!
「いつまでそこに立っている?」
「あ……」
ルドレットの後ろから声がする。顔を向けると、そこには褐色肌の女性が立っていた。
へそ出しスタイルで腹筋はよく鍛えられている。また下半身はホットパンツだが、腰部分両サイドからパンツのヒモが伸びていた。
腰には立派な鞘の剣を挿し、腕には手甲も身に着けている。まちがいなく四聖騎士だろう。これまでみた中だと一番戦士っぽい見た目だ。
そんな彼女は後ろに2人の女性を引き連れていた。こっちも薄着だが、顔にはフェイスヴェールをしており、口元を隠している。いかにも従者といった感じだ。
「ルドレット、そろそろ時間だ。用がないなら従者と船に乗れ」
「は、はいルービス様。すみません。ほらマグナ。行くわよ」
「お……おお……」
俺たちは一番後ろにある船へと向かう。ルービスという女性は先頭の船へと向かった。
「なぁルドレット。あの人って……」
「あの方はルービス様。火の四聖騎士で、わたしたちのまとめ役みたいなものね」
「へぇ……」
どうやら四聖騎士のリーダー的なポジションにいるらしい。
たしかに4人の中では、唯一身体をしっかりと鍛えていたし、一番騎士っぽい雰囲気だった。
それに四隻ある船の中で、一番先頭の船に乗ったし。俺たちが一番後ろの船なのも見ると、あらためて神殿間の力関係が透けて見えてくるな。
そうして船に乗ってすぐに先頭の船が進みだす。俺たちはゆっくりと水路を西に進みはじめたのだった。
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