第112話 対精霊の前線へ

 水路は想像以上に幅があった。当然ながら波もないので、船は順調に進む。


「はぁ~~……すっげぇな。この水路、わざわざ人が作ったんだろ? よく作れたもんだなぁ……」


「アリエ湖を中心に、東西南北に水路は引かれているんだけど。どれも完成はしていないのよ」


「そうなの!?」


「ええ。幸い西方面はアンラス地方を通過しているから。このまま船で前線近くまで行けるんだけど……」


 水路の建設は何百年も昔から行われ続けている。だがもっと昔から、水路を引こうとはしていたらしい。


「どこまで本当なのかはわからなけど。古い遺跡にも、アリエ湖から水路を引こうとしている様子を描いた壁画あるの」


「それって……古の精霊時代の……?」


「さぁ? わたしはあんまり興味ないもの。とりあえず水路建設が本格化したのは数百年前だけど、それよりもっと大昔から水路自体は引こうとしていたみたいよ」


 あるいは昔から、ある程度水路は引かれていたのかもしれない。時の流れと共にこの地に住む人が増え、それに合わせて工事を続けてきたのかもしれないな。


「しかし途中までとはいえ、これだけの水路が作れるんだ。専用の道具とかいろいろ発達していそうだな……」


「たしかにそうした道具も多いけど。契約した精霊の力を借りているのがほとんどよ」


「え!?」


「こう、精霊の力で強引に地面をえぐって。そこをまた別の精霊の力で形を整えつつ、こまかな部分で人力が入るって感じかしら?」


「想像がつかねぇ……!」


 アンバルワーク信仰国は他国に比べて、精霊と契約を交わしている人が多い。そのため精霊の力をこうしたインフラ事業に投入するなんて発想も生まれてくるのだろう。


 また契約する精霊も、ある程度コミュニケーションが取れる精霊……つまり高位精霊が多い。その力も強大にちがいない。


 なんにせよ砂漠に立派な水路を引くのは、人間の力だけでは不可能ということだ。きっと俺では想像のつかない方法で工事を行っているのだろう。うーん……ファンタジーっぽくていい……。


「そうだ、精霊……! なぁ、俺も精霊と契約したいんだけど。どうすればいい?」


「なによ急に。どうしたらいいって言われても……まずは貴石を用意しなくちゃ」


「ああ……エーテルが含有されている石だよな」


「そうよ。契約できるのはあくまで自然現象由来の精霊のみ。その精霊も相性次第では、貴石に力を宿せないの」


 そして精霊と貴石の相性も、そのときになってみないとわからない……か。


 また契約してくれそうな精霊は自分から探し出す必要があるらしい。


「この国は精霊化現象が多く起きるから、他国よりは契約者が多いけど。それでも契約者は決してありふれているわけではないわ。そもそも精霊の中には人に対して害意を持つ存在もいるし。けっこう危ない行為にはちがいないのよ」


 まずは貴石を確保し、そのうえでコミュニケーションの取れる精霊を探しだす必要がある。そして見つけたら見つけたで、両者の間で契約内容を取り決める必要がある。


 高位精霊になりきれていない精霊とかだと、魔力の定期的な譲渡などで比較的契約がしやすいらしい。だが高位精霊はやはりむずかしいとのことだった。


(そういえば前に魔獣大陸で、海賊聖女さんが水の精霊を出したとき。みんな驚いていたけど……今ならその理由がよくわかるな)


 あれも高位精霊だったみたいだし。精霊化現象の多いこの国でも、高位精霊と契約を交わしている者は稀なのだ。魔獣大陸だとなおさらだろう。


 船は順調に進む。そうして数時間が経過したころ。いよいよ目的地についたのか、先頭の船が陸地へと寄った。


「ここからはすこし歩きになるわ。はぁ……こんなとき、馬車が使える他国がうらやましいわね……」


 まぁ砂漠だと馬車や馬が大変そうだしな。工夫次第で馬車を引けないこともないんだろうけど。ウェルボードも普及はしていないみたいだし。


 だがここから前線の砦まではそれほど離れていないらしい。俺たちの乗る船も陸地へと寄る。そして橋がかけられ、ルドレットを先頭にして陸地へと渡った。


「お待ちしておりました。ここからは私、ブネイスがご案内させていただきます」


 陸地で待っていたのは10人の騎士たちだった。どうやらブネイスという人物が隊長を務めているようだ。


 彼に答えるように、四聖騎士を代表してルービスが前に出る。


「出迎えご苦労。クンベル様から話は聞いている。……案内を頼もうか」


「はい」


 砦に向かって歩きはじめるが、ここでも四聖騎士に並び順があった。


 先頭はルービス、次に黄色いドレスを着た派手な女。3番目にユアムーン、最後は俺たちだ。やはり風の神殿は序列が低くなりがちなのだろうか……。


 それに他の四聖騎士が連れているような供は、ルドレットにはついていなかった。供も神殿から出したとなれば、ここにも人材の差が見て取れるのかもしれない。


(ヴィルヴィスが俺たちにルドレットの護衛を依頼したのは……こういうところも関係しているのかねぇ……)


 たぶん無理やり神殿から人を出すか、もしくは騎士団に話を通して供をつけてもらうかだったんだろう。


 騎士に懐疑的な目を向けているヴィルヴィスからすれば、冒険者をやって戦闘経験もある俺たちがあのタイミングでたずねたのは、渡りに船だったんだろうな。


「そういやよ。この大陸には魔獣っていねぇの?」


 このへんを歩いていたら、いきなり襲われた……なんてことはないだろうけど。気にはなる。


「いくつか魔獣が生息している土地はあるわ。聖地の近くとかね」


 聖地に近づくほど、危険な魔獣や精霊との遭遇率が上がる。精霊もすべてが人に対して友好的とは限らないので、聖地に向かうのもなかなか危険な行為らしい。


「へぇ……それじゃ聖地にはだれも近づかないのか?」


「たまに熱心な四大精霊信仰者が向かったりはするけど……生きて帰ってくるかは半々かしら?」


「よく行こうと思えるな……」


 あれか。そういう生存困難地域に行くことで、自分の四大精霊への信仰心を試そうとしているのだろうか。


『ふむ……一度見てはおきたいが』


 リリアベルさんはずっと興味を持っていたもんなぁ……。俺も聖地に咲く花とか気になる。〈フェルン〉は聖地に咲く花が精霊化したものだって話だし。


 その割には必ずしも、すべての〈フェルン〉がこの大陸で自我を目覚めさせるわけではない……というのが気になる。リュインは聖都リスタリスで自我が芽生えたみたいだけど。


「リュインは? 聖地に行ったこととかねぇの?」


「ないわよ? むしろどこにあるのかも知らないし」


「生まれ故郷じゃないのかよ!?」


 まぁそこで自我が芽生えなければ、知らなくて当たり前か。


 ルドレットの話によると、聖地の近くには高位の精霊も出やすいらしい。稀に高位精霊との契約を望む者が、聖地を目指すこともあるそうだ。


 これも帰ってくる確率が半々なんだろうなぁ……。


(聖地の近くにいる高位精霊ねぇ……)


 もし聖地でたくさんの〈フェルン〉が生まれるのなら。精霊の中には、そこで生まれたばかりの〈フェルン〉を狩っているやつもいるんじゃないだろうか。


 リリアベルが希望する以上、そのうち聖地には行くかもしれないが。聞くぶんにはかなり物騒な土地みたいだし、しっかり準備していかないとな。


 なんてことを考えつつみんなとおしゃべりしているうちに、前線だという砦が見えてきたのだった。

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