第113話 砦のランチタイム
砦についたのは昼を回ったくらいだった。四聖騎士はそれぞれ別室に通され、そこで一度食事をとることとなる。
「部屋までわけるのか……」
「騎士側も神殿に気をつかっているのかしら?」
さっそく運ばれてきた食事を食べながら、今後の予定を確認していく。
昼食後は四聖騎士全員で、砦の外に出るそうだ。そこで騎士たちに声をかけながら巡回を行う。まぁ視察だな。
順調にいけば、夜にはまた聖都に帰れるとのことだった。これでヴィルヴィスから貴石が報酬としてもらえるんだ。ちょろい仕事だぜ……!
「あなたたちへの報酬だけど。明日、お兄さまから渡すから。風の神殿まで来てちょうだい」
「はいよ」
これでまたリリアベルの研究もはかどることだろう。もしかしたら精霊との契約に使える貴石もあるかもしれないし。この国は薄着の女性も多いしで最高だな!
「ふ……ぐふふ……」
「どうしたのよ、マグナ。気持ちわるい笑い方して」
「どこがや! ……まぁあれだよ。アンバルワーク信仰国って、いい国だなぁ……って思ったんだよ」
ルービスもかなり色っぽい恰好をしていたな! 踊り子たちも薄着でノリノリだし!
すばらしい……! 金がたまれば、聖都に家を買うのもアリかもしれない。
「あら……よそ者のマグナにそう言われると、わるい気はしないわね」
「そうか?」
「ええ。わたしは……お兄さまのためにも。すこしでもこの国をいいところだって思われるようにしたいもの」
そういうとルドレットはすこし目線を落とす。
「風の神殿が他の神殿にくらべて、下に扱われているのは知っているでしょう……?」
「ああ。そういう話も聞いたな。風の大精霊を信仰すれば得られるご利益に関係しているんだっけか」
風の大精霊を信仰すれば得られるご利益……芸能や芸術に対する分野での成功、ひらめき。
たしかに他の神殿と比べると、実生活に根付いていないこともあり、人気が出にくいところだろう。
そもそも芸術を愛する者が限られているのだ。信仰者も少なく、それがそのまま風の神殿長の発言力にもつながる。そういう話だった。
「わたしの家はね。もうずっと風の神殿長を務めているのよ」
「へぇ。それってすごいんじゃねぇの?」
精霊信仰が盛んなこの国で、四つある神殿の一つを代々責任者として務めてきているんだ。この国の貴族の中でも、かなりいい待遇ではないだろうか。
だがルドレットの顔はあまり明るくなかった。
「つまり代々、他の貴族から軽んじられ続けているのよ。おかげで高位貴族でありながら、見下されがちだし……! なぜかお兄さまも下位貴族からバカにされていたし! わたしもう悔しくて……!」
ヴィルヴィスがバカにされてきた背景はもちろんわからないが。でもなんとなく、風の神殿長を務める家だから……という理由だけではない気がする。
ヴィルヴィスの芸能や音楽に対するセンスは、この星ではかなり先鋭的だろう。
俺はわるくない……むしろいいと思っているが。まだ万人受けする段階ではないのだ。言うなれば、時代が追いついていない。
たぶん幼少期からああしたセンスが飛びぬけていたんじゃないかな……。
「実は一時期、わたし冒険者になろうと考えていたの」
「え!? まじで……!?」
「ええ。妹が有名な冒険者になれば、だれもお兄さまをバカにしないと思っていたのよ。いずれお兄さまが神殿長になるのはわかっていたし」
新たな風の神殿長の妹は、魔獣大陸で多くの魔獣を狩りこの国を潤している。
魔獣資源は貴重だし、ルドレットは自分がそう言われる存在になれば、だれも兄をバカにしないだろうと考えたそうだ。
だが現実として、高位貴族の家に生まれた者が冒険者になれるわけがない。成長するにつれ、それを理解したルドレットは気を落としていたそうだ。
だが新たな神殿長となったヴィルヴィスは、ここで風の神殿の改革を行いはじめた。風巫女を集め、自分の芸術を体現させようと体制を整えたのだ。
これにルドレットは喜んで協力した。実際ヴィルヴィスの作る歌と踊りには大きな可能性を感じていたらしい。
「お兄さまはああいう性格だし……あまり周囲からの評判を気にしない人ではあるんだけどね。でもこの国が好きなことにはちがいないのよ。風の四聖騎士になったことで、風巫女は続けられなくなっちゃったけど……わたしもお兄さまに協力して、この国をよくしていきたいの」
けなげな妹だねぇ……。うちの妹とは大違いすぎて泣けてくるぜ……。いや、あいつにこんな態度を取られたら、逆に気持ちわるいんだけど。
話を聞いていたアハトがなるほどとうなずく。
「ルドレットはヴィルヴィスがとても好きなのですね。なにかきっかけでもあったのですか?」
「べつに? でもケンカとかも一度もしたことがないわね。子供のときはよく草で冠を作ってくれたり、いつも遊び相手になってくれていたわ」
そういやヴィルヴィスもルドレットのことを大事に思っていたな。これまで知り合ってきた兄妹の中で、一番仲がいい2人かもしれない。
きっと兄妹間で仲がいいことに理由はいらないのだろう。そして逆もまたしかりだ……。
「とにかくお兄さまのためにも。しっかりと今回の視察を終わらせるわ! マグナ、アハト、リュイン! ご飯を食べたら行くわよ!」
「あいよ」
「おー!」
「フ……」
いや、フ……てなんやねん。1人返事がおかしかったな……。
■
「そう。てはずどおりなのね?」
「はい、ルービス様」
四人の四聖騎士は部屋をわけて昼食をとっていた。わざわざこうした理由はいくつかあるが、最大の理由はルービスとブネイスが自然な形で密会を行うためだ。
ブネイスはクンベルの息がかかった騎士の1人だ。彼は食事をとるルービスと向かい合っていた。彼女の後ろでは2人の女性従者が控えている。
「このあと四聖騎士による視察で砦を出てもらいます。ルービス様がたにはしばらく兵士たちに労いの言葉をかけながら回っていただきますが、途中で急報が入る予定です」
「〈エド〉が精霊たちを率いて襲撃してきたと……そういう急報ね?」
「はい」
〈エド〉。アンラス地方を支配する精霊たちの首魁。これまで〈エド〉が戦場に姿を見せた回数はすくない。むしろこの10年でほとんどないと言ってもいいだろう。
だがその姿と実力の高さは、今もしっかりと伝わっている。
「もちろん実際に〈エド〉が現れたというわけではありません。ですが報告を受けた騎士たちは大きく動揺するでしょう。そしてその場には、この砦の責任者であるコールドマン様もおられます。ここで私をはじめ幾人かの騎士は、四聖騎士と共に戦場に向かうようにと提言を行う予定です」
もし精霊が砦を突破することがあれば。国家として無視できない事態に進展するだろう。コールドマンも砦の責任者として、判断を迫られるはずだ。
「でも実際に精霊は攻めてきていないのでしょう? 戦場に向かったとして……どうするのかしら?」
「ご安心を。前線は主に2つにわけられているのです」
この砦より西に進んだ場所にある古城。精霊たちはそこを居城としている。
また砦からまっすぐ西に進むと砂漠が終わっており、荒野となっている。そして砦と古城の間には岩山が存在しているのだ。
そのためこの砦を拠点として、岩山を北回りで警戒している部隊と、南回りで警戒している部隊とで分かれていた。
「南回りにいる部隊に、魔道具を使ってちょっとした騒ぎを起こさせます。これにより、ルービス様たちにはまず南ルートへ来ていただきます」
「そこから追撃という名目で、古城を目指すと……」
「そういうことですな」
たしかに〈エド〉を討てる機会というのは、そう多くはない。そもそも古城の外に出てくることが稀なのだ。
そしてこの場には信仰国最強の4人がそろっている。コールドマンも〈エド〉を討つまたとない好機と考える可能性は高かった。
つまりクンベルの息のかかった騎士たちがありもしない騒ぎを起こし、その混乱に乗じて四聖騎士を古城まで進ませようというのだ。
またルービスはルービスで、〈精霊の目〉を取り返しつつ〈エド〉が持っていると思われる手紙を焼くという役目がある。
(契約精霊〈イフガルゼ〉……彼の炎で古城内を焼き尽くせば、誰の目にも触れずに手紙を消滅させられる……そうすれば……)
クンベルはなんの懸念もなく、グリアジーンを聖王として支えることができる。そしてそれは信仰国の安定につながるはずだ。
ただでさえ国内の政情不安は、大国間において隙になりやすい。
一度隙を見せれば、魔獣大陸における権利にも影響がでかねない。そしてそれは四聖騎士であるルービスも望んではいない。
「古城までは? 四聖騎士の中で馬に乗れる者は、わたし以外にいないわよ?」
「ウェルボードを用意しております。数は限られますが、先行する騎士は全員、私とその配下で固める予定です」
「つまりわたしたちはあなたの部隊とともに古城へ攻め込むと」
「はい。コールドマン様のことです、すぐに後続の部隊も送ってくれることでしょう」
ブネイスはクンベル派の騎士ではあるが、手紙の件までは知らない。
彼はあくまで、クンベルが愛国心からここで強引に〈エド〉を討とうとしていると思っているだけなのだ。
そして後続の部隊が間に合おうが間に合わなかろうが、ルービスのやるべきことは変わらなかった。
「いいわ……今日、ここで。〈エド〉を討ちましょう……!」
「はい。次に議会の承認を得て、四聖騎士全員がそろってここに来る機会などそうそうないでしょうからね。信仰国のため……どうかそのお力をお貸しください」
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