第114話 筋肉との協定……?

 ランチを終え、いよいよ四聖騎士による視察がはじまった。


 ルドレットたちはこの砦の責任者であるコールドマンというおっさんについて砦内を回り、兵士たちに労いの言葉をかけていく。


 従者扱いの俺たちはそのすこし後ろからついていっていた。


(むさくるしい男しかいないと思っていたんだが……こうして見ると、女性もそこそこいるな)


 女性の方が魔力が強い傾向があるという話だったし。魔力込みの戦闘力が純粋に高い者もいるんだろう。


 しかしコールドマン……頭の髪をぜんぶ剃っているんだな……。やっぱり暑いんだろうか……。顔も濃いし、いかつさも増している……。


 後ろからじっとテカる頭を見ていると、リュインが声をかけてきた。


「どうしたの、マグナ? あ、わかった! あのハゲ頭を見て、自分も将来ああなったらどうしよう……って、不安になったんでしょ!」


「はいぃ!?」


「だいじょうぶよ! 四聖剣を集めて大精霊様を召喚したら、あんなふうにハゲないようにってお願いすれば解決よ!」


「そんな不安、抱いてねぇわ! つか大精霊ってそんなお悩みも解決してくれるもんなの!?」


 人によっては、積極的に四聖剣を探しはじめそうだ。人たるもの、やはりいくつになってもふさふさでいたいと願うだろう。


「してくれるでしょ! なんたって大精霊様だし! よかったわね、マグナ。 このわたしがパーティのリーダーだから、あんなふうにハゲる心配がいらないんだからね?」


「…………ウォッホン!」


 正面を歩くコールドマンがわざとらしく咳払いをしてくる。まぁリュインの甲高い声だとばっちり聞こえているか。


「ほらリュイン。お前がハゲだの言うから……だいたいありゃ自分で剃っているんだって」


「え!? そうなの!? どうして自分からわざわざハゲにするの!?」


「暑いからじゃね?」


「うそよ! それならみんなやってるじゃない! きっと中途半端にハゲてきたから、全部剃ったんだわ!」


 それはありそうだ……。


「ちょっとマグナ、リュイン……! お願いだから静かにして……!」


 前からルドレットが注意を飛ばしてくる。周囲に目を向けると、兵士の中には笑いをこらえている者もいた。


「あー、ルドレット様の従者ですかな? ずいぶんと元気がよろしいようで……」


 コールドマンが笑顔でルドレットに話しかける。キレてるかどうか、微妙にわかりにくい表情だな……。


 ルービスはこちらに視線を向けておらず、ユアムーンさんはすこし困り顔を見せている。もう一人の女はあざけるような視線をこちらとルドレットに向けていた。


「す、すみません……」


「いえいえ。では外に出ましょう。騎士たちがそろっておりますので、激励のお言葉をお願いします」


 コールドマンの案内に従って外へと出る。しばらく歩くと、開けた場所で騎士たちが整列して立っていた。


 どうやら手の空いている騎士たちは、ここで四聖騎士を待っていたようだ。


 コールドマンは前に出て顔を上げる。


「聖都リスタリスより四聖騎士が視察にこられた。我らの働きぶりをみてもらうまたとない機会だ。聖都で笑いものにならないように、全員励むように」


 そう言うと一歩下がる。入れ替わるようにルービスが前に出た。


「火の四聖騎士、ルービスです。まずは神殿長に代わって、みなの日ごろの働きに感謝を述べさせていただきます。ここにいる者たちは、だれもが我が国の……」


 あらかじめ考えてきていたのだろう。ルービスはよどみなくスラスラと激励の言葉を述べていく。


 けっこう長いな……退屈してきたな……と思っていると、隣にいたイケメンマッチョが小声で話しかけてきた。


「やぁ。僕の名前はサム。よろしく」


「ん……? おお、よろしく。俺はマグナ」


 すっげぇさわやかな笑顔を向けてくるな……。


「きみたち、風の神殿の関係者……ではないよね? 神殿長に雇われた冒険者とかかな?」


「当たらずとも遠からず……だな。まぁそんな感じだよ」


 適当に格好つけて答えたが、べつに外れてはいない。魔獣大陸に行けばいつでも冒険者になるからな!


「なるほどね……やっぱり風の神殿長も同じ懸念を持っているということかな?」


「ん? なんだそれ」


「ああ。実はきみたちと僕たち、目的が同じじゃないかと思って話しかけたんだよ」


「ふーん……?」


 ルービスの挨拶が終わると、続けて前に出たのは黄色いドレスの四聖騎士だった。


 彼女もルービス同様、はきはきと激励の言葉を述べていく。そんな中でサムは白い歯を見せてさわやかに言葉を続けた。


「風の神殿長殿は騎士団を警戒している。ちがうかい?」


「ノーコメント。わるいな」


 同じ目的……なるほどな。今のサムの言葉でだいたい見えてきた。


 たぶんサムたち……土の神殿長も、ヴィルヴィスと似たような懸念を抱いているんだろう。


 ノーコメントとは言ったが、話を進めるために答えを示す。


「んで……そっちの神殿長も、騎士が妙な動きを見せたときのために、あのお嬢様を守れとあんたたちに言ったのかい?」


「おお……! マグナくん。きみは思ったとおり、いい人だね……!」


 サムは再び白い歯を見せてさわやかな笑みを浮かべる。爽やかすぎてこのへんの空気だけすっげぇ清涼感がありそうだ。


 だがこのサムの反応で確信が持てた。たぶんサムたちも俺たちと同じ任務を請け負っているのだろう。わざわざマッチョを2人もつけたのは、理由があってのことだったのだ。


 ……いや、あの女の趣味説が完全に否定されたわけではないが。


 前方では黄色いドレスの女が演説を終え、ユアムーンが前に出てきていた。


「んで……実際のところ、どうなんだ? 騎士はなにか妙なことでもしそうなのか?」


「それはわからないね。でもここから騎士たちが築いている防衛陣地は近い。どちらにせよ警戒は怠れないさ」


 ん……? いまのサムの言葉……違和感があるな。俺がこの文明レベルの戦を理解できていないというのもあるだろうけど。確認はしておくか。


「なぁ。防衛陣地ってなんだ? この砦のことじゃないのか?」


「ちがうよ。ほら、前方に岩山が見えるだろう?」


 整列する騎士たちのさらに奥には、たしかに岩山が見える。けっこうな高さがあるな。


「あの岩山の北側と南側でそれぞれ防衛陣地が作成されているのさ。この砦はその陣地への補給拠点といったところかな」


「へぇ……なるほど……」


 どうやら本当の最前線があったようだ。


 サムの話によると、これまで何度かその最前線で精霊たちと戦いになっているらしい。だが防衛陣地を抜かれたことはないそうだ。


「この国はほとんどが砂漠だけど、アンラス地方は緑が多い。それに貴石も多く採掘できる土地だからね。国としてははやく取り戻したい……そしてこの場にはいま、4人の四聖騎士がいる。でも彼女たちは神殿の所属だろう? 神殿長としても、簡単には失いたくない人材なのさ」


 その一方で、火の神殿長は四聖騎士を投入して奪われた土地を奪還すべし……と、唱えているんだったか。


 サムの言葉からすると、土の神殿長も自分のところの四聖騎士を戦場に投入したくはないのだろう。


(とはいえ国の最高戦力にはちがいないし。いつかは最前線に配属される可能性もあるわけだが……)


 目の前ではユアムーンが下がり、いよいよルドレットが前に出る。そして前3人と同じくスラスラと激励の言葉を並べていった。


「それで……サムたちは不測の事態が起きたときに、あのお嬢様を即座に連れ帰る……と」


「そう。きみと同じさ」


「………………」


 否定はしないでおく。いろいろ親切に教えてくれたし、俺たちは目的が同じだよー、と言外に伝えるくらいはかまわないだろ。


 サムは明らかによそ者の俺たちが、どうしてルドレットの従者なんてしているのか。なぜ風の神殿長がそんなことをしたのか。その理由について考えた結果、仲間だと思ったんだろうな。


「どうだい、マグナくん。なにか起こった際には僕たちと協力しないかい?」


「ああ、いいぜ。といってもそうそうなにかなんて起こらないだろうけど」


 うーん……サムの爽やか笑顔に押された感はあるが。まぁいいやつっぽいし。


 それにこのエドはちょこちょこ砦を回って、コールドマンとの対談が終われば聖都に戻る予定だ。短い間だし、今日1日くらいはサムたちと目的を同じくしてもいいだろう。


「ありがとう。彼はマッソー。よろしくね」


「おう。あっちはアハトとリュインだ」


 もう一人のイケメンマッチョはマッソーというらしい。


 サムといいマッソーといい、いかにも立派な筋肉を持っていそうな名前をしているな。


 サムと会話をしているうちに、ルドレットの演説も終わる。そして再びコールドマンが前に出たタイミングでその声は響いた。


「たいへんです!」


 整列している騎士たちの後ろから、全身汗だくの兵士が走ってくる。彼はそのままコールドマンの前まで駆け寄ってきた。


「どうした!」


「ぜ……前線に……! 〈エド〉が無数の精霊を引き連れて現れました……!」


「………………! なんだとぉ!?」

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