第115話 割れる意見
兵士の報告を聞いたコールドマンの指示ははやかった。
砦内にある医薬品を集めさせ、精霊が現れた南の防衛陣地に人を送る手筈を進めさせる。
また聖都に報告を送り、そのままコールドマンと四聖騎士、そして一部騎士が会議室に入った。
「まさか〈エド〉が……!」
「記録では古城を出たことはあっても、最前線まで来たことはないはずでは……!?」
「だが事実、南のルートは今、エドが精霊を率いて姿を見せたのだぞ!」
「陽動かもしれん。北の防御陣地にも警戒を促すべきでしょう」
「精霊にそこまでの知能はあるまい」
みんな混乱してるねぇ……。俺はとなりにいるサムに小声で話しかける。
「なぁサム。〈エド〉ってなんだ?」
「アンラス地方を支配する精霊たち。その首魁さ」
「え……」
話ぶりから敵精霊のネームド幹部クラスかと思っていたが。まさか大ボスそのものだったとは。
「〈エド〉は骸が精霊化を果たしたものだと言われているね。強力な〈月〉属性の魔力に加えて、〈幻〉属性の魔力も持っているとか」
「へぇ……そりゃヤバそうだな」
「実際相当な実力者だと言われているよ。過去に古城へ攻め入った騎士団を追い払った実績もあるから」
2つの魔力属性を持つ、骸の精霊か……。こんな土地だし、これまでたくさんの〈フェルン〉を狩って、自分の位を上げてきたんだろうな……。
骸の精霊と聞いて思い出すのは、魔獣大陸で見たダインルードだ。
あいつの放った黒い雷光は、初動や予備動作がまったくなかった。なんの脈絡もなくいきなり杖から雷がほとばしったのだ。
〈エド〉がどれほどの精霊かは知らないが、ダインルードより極端に弱いなんてことはないだろう。そもそも騎士団の猛攻をしのいだ実績もあるんだし。
会議はあーだこーだと紛糾していたが、ここで1人の騎士が立ち上がった。
「コールドマン様! これは絶好のチャンスではありませんか……!?」
「……言ってみろ、ブネイス」
「はっ! この場には我が国最強の戦力、四聖騎士全員がそろっております! また過去に〈エド〉が最前線に姿を見せたことはほとんどありません! 今であれば……! 四聖騎士のお力を借りれば、〈エド〉を滅ぼし……! 長年の悲願である領土の奪還ができるのではないでしょうか……!」
おお……。なかなか過激な意見が出てきたな。だがブネイスという騎士に賛同する者は多かった。
「たしかに! エドが現れたこのタイミングで四聖騎士がそろっているのは、四大精霊のお導きにちがいありませんぞ!」
「これは四大精霊も、悪を討てとおっしゃっておられるのでは……!?」
「コールドマン様! この機会、逃す手はありませんぞ……!」
会議室を見渡した感じだと、半分以上の騎士はこのまま四聖騎士を前線に……と考えているみたいだな。だが反対意見を言う者もいた。
「まちなさい。四聖騎士は騎士団ではなく、神殿長そして大神殿長たる聖王陛下の管轄です」
勇角族の女性騎士が意見を述べる。自分たちとは所属が異なる四聖騎士を、この場の判断で前線に送るのはどうかと言っているな。まぁもっともだ。
「なにを言う! お前はいつまでも精霊どもに領土を奪われたままでいいというのか!」
「だれもそんなことは言っていない。だが続報も届かないうちに、性急にことを決めるべきではないだろう」
「そうだ! もし四聖騎士になにかあればだれが責任を取るというのだ!? お前か!?」
「私は真にこの国を思っている! これで領土奪還がなせるというのなら、喜んで責任を取ってみせよう!」
おお……ブネイスとかいう騎士。なかなか熱いな……。
暗に「俺の意見に反対するやつは愛国心のないやつだ!」って、攻撃までしてやがるし。おかげで女性騎士も黙り込んでしまった。
ここでコールドマンは頭をテカらせながら、重々しくうなずきを見せる。
「両者の意見はもっともだ。この場に四聖騎士がそろっているというのもタイミングがいい。だが彼女たちは強力な精霊と契約を交わしてはいるが、戦場に慣れているというわけではないのだ。ここは……」
前線に送るべきではない。そんな言葉が聞こえてくるか……というタイミングで、さえぎるように声を上げたのはルービスだった。
「コールドマン指令」
「む……?」
「わたしは火の精霊〈イフガルゼ〉と契約した四聖騎士としてこれより前線に赴き、〈エド〉を討ちたく思います」
「な……!?」
「おお……!」
「さすがはルービス様……!」
おわぁ……。これは流れが変わるな。
四聖騎士をどうするかで議論になっていたのに、その四聖騎士自身が前線に行って戦うぜ! と言ったのだ。
こうなるともうこの空気と流れを変えることはできないだろう。ブネイスも大きく拍手を送る。
「ルービス様! あなたこそ真にこの国を思う騎士だ……!」
「ブネイス。すぐにでも向かいたいのですが……」
「ではウェルボードをお使いになられるといいかと! 我らの隊も、四聖騎士様がたの護衛としてお供いたしましょう!」
「まてブネイス、ルービス様。やはり前線に行かれるには危険が……」
コールドマンがどうにか流れを戻そうと抵抗する。だがブネイス以外の騎士からも次々と意見が上がった。
「指令! これはまたとない機会なのですよ!」
「やりましょう! 指示をいただければ、すぐにでも追従の軍を編成いたします!」
「ここは四聖騎士とブネイス殿の隊に先行してもらうのが先決では!?」
ダメ押しとばかりに、ルービスはコールドマンに顔を向ける。
「コールドマン指令。おねがいします。今こそそのお力をお貸しください」
「…………………………」
会議室がシンと静まりかえる。その顔を見れば、もうルービスを止められないのだと理解しているが、認めたくないとういう葛藤がよくわかった。
「……わかりました。ただし。危険だと判断した際には、すぐにでも撤退してください」
「ええ……!」
「おお!」
「よし! ではさっそく準備を!」
隣を見ると、サムは爽やかな笑みをわずかに曇らせて
、小さく「まずいな……」とつぶやいていた。
騎士たちには警戒していたが、まさか敵の親玉が出てくるとは考えもしていなかっただろう。
ルービスは3人の四聖騎士にも視線を向ける。
「あなたたち。話は聞いていたわね。準備をしなさい、ここで〈エド〉を討つわよ」
顔を見ればわかる。3人とも戸惑いのほうが大きいな。だがこの場の空気を壊すことには抵抗があるのだろう。
それに自分たちのリーダーポジションにいるルービスが決めたことなのだ。真正面から「考えさせてください」とは言えないだろうな。
ま、俺には関係ないけどね!
「はいはーい、ストップ~~~~」
俺は手を叩きながら前に出る。全員の視線が俺に集まった。
「なんだ、お前は……」
「俺? 俺はマグナ。ルドレット様の従者さ!」
「そうか。それで? お前もルドレット様とともに前線まで行きたいと?」
おお……そういう理解になるのか。わるいがそこまで働く気はない。
「いんや? 盛り上がっているところわるいけどさ~。うちのルドレットちゃんは連れて帰るから」
「………………は?」
「マグナ……!?」
ルドレット自身も驚いた視線を向けてきている。
こういう事態になったとき、彼女は聖都まで強引に引っ張ってでも連れ帰る。これがヴィルヴィスから受けた依頼だからな。
「やるなら有志のみなさんでどうぞ。ほらルドレット様。これ以上視察は必要ないでしょう? みなさんの邪魔になる前に、さっさと帰りましょう」
「ちょ……ちょっと」
「まちなさい」
ルービスが低い声で話しかけてくる。
「従者ごときがなにを言っている……? 四聖騎士がそろっているからこそ、〈エド〉を討つチャンスなのです。お前の判断などだれも求めてはいません。失せなさい」
「おっとぉ。そうはいかないなぁ~。こっちもこれが仕事なんだよ」
「仕事だと……?」
「ああ。風の神殿長からは、なにがあっても今日中にルドレット様を連れて帰るようにって言われているんです」
今日中に……とは一言も言われていないが、まぁいいだろう。ここは強引に話を押し通す。
「ヴィルヴィス様もこの状況を知れば、妹を喜んで送り出す。従者が勝手な判断をするな」
「俺の判断じゃないですって。それに四聖騎士は、神殿の所属でしょう? あなたが現場の勝手な判断で騎士と行動を共にするのは自由ですけどぉ。共犯に誘うのはどうかと思いますがねぇ~」
「きさま……わたしが共犯者になるように、彼女たちをそそのかしていると言うのか?」
全員から冷たい視線が突き刺さる。
くぅ……! いいねぇ! こういうの、久しぶりだわ!
帝国宇宙軍で一般兵をやっていたときは、よくこんな空気のなかで似たような視線を独り占めにしていたからなぁ……!
鋼の精神を持つ俺にはまったく通用しないのに、効くと思って無言で白けた視線を向けてきているのだ。
お前ら、自分がどれだけ無駄なことをしてんのか自覚してねぇのかよ! と、よく心の中で笑っていた。
へへへ……! やっぱりいいな、この空気……! お前ら、せいぜい頑張って無言で無駄な圧力をかけているといいぜ……!
「あっれ~? ちがいましたぁ? 私にはルービス様が、1人で言いつけを破るのは怖いから、みんなで一緒に破ろうね! って、言っているように聞こえていたんですがねぇぇ~?」
「…………! 従者の分際で……! 火の四聖騎士たる私を侮辱するか!」
ロジカルで言い返せずに、自分の立場を振りかざして反撃した気になっているな。
くけけ……! エリートぶっている妹をおちょくっていた時を思い出す。
楽しくなってきたぜ……! まぁ妹は実際、超エリートなんだけど!
「侮辱なんてまぁったくしていませんよぉ~。それに私がルドレット様を聖都に連れ帰るというのは、正当性に則った意見です。さっきも言ったとおり、現場の判断でルービス様が勝手されるのは自由ですけど~。それにうちのルドレット様を巻き込まないでもらえますぅ?」
やるならそっちが独断でかつ勝手にどうぞ。こっちは規則にのっとって帰らせていただきます。あくまでこの姿勢を崩さない。
そしてこの場に四聖騎士を管轄する神殿長や聖王がいない以上、この理論を崩せる者は存在しないのだ。
「ルドレット。ずいぶんな従者を連れてきているではないか。お前の口から言ってやりなさい。自分はこれから、大義のために前線に赴くと」
「おやおやぁ。ルービス様、そういうのパワハラっていうんですよぉ? もしここでルドレット様が前線に行くと言っても、私は無理やりルービス様に言わされたのだと判断し、どちらにせよ聖都に連れ帰らせていただきます」
「きさま……!」
ルドレットを味方につけようとしても無駄よ無駄ぁ!
場の9割を味方につけた意見を強メンタルで強引につっぱねるこの快感……っ! 気持ちよすぎてやめられねぇ……! 久しぶりだから余計にキくぜぇ……!
そんな快楽に酔いしれていると、サムも俺の隣まで出てきた。
「ルービス様。土の神殿も彼と同意見です。我らとルスチーヌ様も聖都に帰らせていただきます」
「な……!」
土の四聖騎士……ルスチーヌという名前だったのか……。今はじめて知ったぜ……。
だがサムが出てきたことによって、空気が変わった。4つの神殿のうち、2つが帰ると意見を主張しているのだ。
だからといって、ルービスに「ほら! お前も帰るぞ!」と、こちらの意見は押し付けていない。行くならご勝手に。このスタンスは崩さない。
「ルスチーヌ、ユアムーン。どうするのです!?」
ルービスが詰問するように2人に問いかける。どうやらルドレットはもうあきらめたようだ。
「……わたくしはルドレットと共に、聖都に戻らせていただきますわ」
「な……!? 自分がなにを言っているのかわかっているの!? 四聖騎士全員が力を合わせれば……!」
「わたくしも神殿長たるローアン様に、今日中に戻るように指示されているのです。これを破る理由にはなりませんわ」
「その……ルービス様。ごめんなさいっ! 神殿の指示があれば、またここへ戻ってきますので……!」
ルドレットもはっきりと拒否の姿勢を打ち出す。うんうん、いいねぇ! 流れ変わったよぉ!
「く……!」
「あ……その。ルービス様、わたしは残りますので……」
おや。ユアムーンさんは残るらしい。
まぁルービスはどう考えても、ぜったいに意見を曲げないだろうからな。このまま1人で前線に行かせるのも危険かと考えたかな。ユアムーンさん、優しそうだし。
とにかくこれで意見はまとまった。風と土の四聖騎士は聖都リスタリスに帰る。残りは前線に向かう。じつにシンプルな結果だ……と思ったときだった。ここでアハトさんが久しぶりに口を開く。
「フ……ではわたしは前線に行って、ネームド精霊がどれほどのものか。見させていただくとしましょう」
「うんうん、さっさと帰ろ……んぇ!?」
え……!? アハトさん、いまなんとおっしゃいました……!?
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