第116話 南部前線の異常
結局アハトは前線に向かうことに決まった。ルービスやユアムーンはウェルボードで先行するため、すこし遅れて向かうとのことだ。
俺たちはサムたちと共に、ルドレットとルスチーヌを連れて聖都まで帰還する。今はアハト、リュインと一緒にルドレットを待っているところだ。
「つかアハト。なんでわざわざ前線に行くんだよ……?」
「フ……。砦についたと思ったら、敵のネームドが出てきたのです。このイベントを間近で見ずになんとします……?」
「えぇ……本気かよ……」
どうやらせっかくのイベントを、一番前で見たいという考えらしい。アハトらしいっちゃらしいけど。
「まぁそれはあくまで理由の3割くらいにすぎませんが」
「……ん? じゃあ残りの7割はなんだよ?」
「簡単です。星光のアハトの名をこの国でも知らしめるためです」
………………? なにを言っているんだ、アハトさんは……。
「これまで魔獣大陸を含め、緩やかにではありますが、わたしの名と存在は知られてきていると推察しています」
「まぁ……まちがってはいねぇだろうけどよ……」
大々的に有名というわけではない。だが知る人ぞ知る存在になっているのはまちがいないだろう。
なにげに各国のVIPクラスにはしっかりと認知されているし。
「ヴィルヴィスが言っていたでしょう。おそらく四聖騎士は一度、敵のネームドにやられていると」
「まぁ……あくまでもその可能性がある、って話だったよな」
「相当な実力を有しているのはまちがいありません。これに四聖騎士が2人で立ち向かったところで、どうなると思いますか?」
「普通に考えれば……負ける、よな……?」
これまでの話だけでも、敵の首魁である〈エド〉はかなり位の高い精霊だということがわかっている。
四聖騎士の契約している精霊がどの程度のものなのかはわからないが。召喚したからと言って、楽に勝てるとも思えない。
「では負けそうになるその時。もし第三者が現れ、颯爽と敵ネームドを倒せば……どうなると思います?」
「………………! そういうことかよ……!」
なんてやつだ……! おいしいとこをかっさらうことしか考えていねぇ……! なんでそういうところは無駄に凝っているんだ……!?
「でもだいじょうぶなのか? 相手は未知の精霊だし。アハト、ここでは外部兵装が使えないんだろ?」
「だいじょうぶでしょう。いざとなればコンフォートモードの上であるスポーツモード。そのさらに上のバトルモードもありますので」
「そんなにあんの!?」
以前ディルバラン聖竜国で筋肉怪物と戦ったとき、アハトはエコモードからコンフォートモードになっていた。どうやらさらに上のモードがいくつもあるようだ。
「でもアハト自身のパーツ摩耗がだな……」
「仮にバトルモードで100時間稼働し続けたところで、10年以内に機能停止するわけではありません。せいぜい稼働期間が数年短くなるくらいでしょう。それに」
「……それに?」
「わたしは今を思うがままに生きたい。稼働できているうちに、この名を知らしめたい。とはいえリリアベルとマグナも、いつかわたしのメンテナンス設備を作ってくれるのです。それほど未来に不安を抱いてはいませんよ」
「……………………」
なんとなくアハトの内にある部分が垣間見えた気がする。アハト自身、すぐに自分が動けなくなることはないと理解している。だがいつかそんな日がくる可能性はある。
そうなる前に。この惑星に、自分の存在した証を……名を刻みたいのだ。星光のアハトはたしかにそこにいたのだと。
ここがアハト好みのファンタジーな世界だから、ということもあるだろう。
俺と同じく、やりたいことをして楽しみながら。そして自分の名を多くの人々に覚えてもらいたいのかもしれない。
『まぁアハトは現状、この星で最強の存在だ。たとえ外部兵装が使えずとも、心配はいらないだろう』
「あくまで現状では、だろ。とにかく無茶だけはすんなよ」
「フ……」
なんのフ……やねん。まぁ帝国軍の最新技術があれこれ詰め込まれた戦闘アンドロイドだし。俺が心配するのもどうかとは思うが。
それに前線に向かうユアムーンさんが心配じゃないというわけではない。実はすこし気になっていた。
アハトがカバーしてくれるというのなら、これほど頼もしいことはないだろう。
「おまたせ」
声がした方に視線を向けると、そこにはルドレットとルスチーヌ、それにサムとマッソーがいた。これで聖都帰還組がそろったな。
ルドレットはアハトの側まで移動する。
「アハト……だいじょうぶなの? あなただけ残るだなんて……」
「心配いりませんよ。わたしは戦いにいくわけではなく、あくまで戦場の様子を見させてもらうだけですので」
うそつけ!? がっつり介入する気満々だったじゃねぇか……!
「……はやく行きたいのだけれど?」
ルスチーヌが機嫌わるそうに声をかけてくる。緊急事態ということもあり、船まで付き添いの騎士もいないし、なるべく固まって移動したいのだろう。
そんなわけで、いったんアハトとわかれて船へと向かったのだった。
■
ルービスを中心とした隊は即座に編成され、彼女たちはウェルボードに乗って南に築かれた防御陣地へと向かっていた。
部隊にはルービスの他にユアムーン、そしてブネイスと彼の配下たちが加わっている。
ブネイスは先頭を走っていたが、ルービスはその彼の真横に移動し、並走をしはじめた。
「予定とはずいぶんとくるってしまったわ。クンベル様に申し訳がありません」
「……そうですな。まさか従者ごときがあのように口出しをしてくるとは……」
ルービスは先ほど会議室で起こったことを思い出す。
風の四聖騎士、その従者ごときが不遜な態度で場をひっかきまわし、そして四聖騎士のうち2人が聖都に帰ることになった。
あの従者が出てこなければ、今ごろ4人そろって前線に向かえていたはずなのだ。これにはルービス自身、かなり腹を立てていた。こんなこと、当初の予定にはなかったのだ。
だが場の空気で押そうとしていたところだったこともあり、話の筋は向こうの方が立っている。そのことも理解できているぶん、よりくやしさが増していた。
(でも考えようによっては、四聖騎士がすくなくなったぶん、単独行動がとりやすくもなったともいえる……)
もともとルービスの目的は、〈エド〉の討滅以外にも手紙を焼却するというものがある。
これも人目につかないに越したことはない。ユアムーンだけであれば、簡単にまくこともできるだろう。
「まぁいいわ。すぎたことは置いておきましょう。……予定どおりなのね?」
「はい。実際に〈エド〉が出てきたわけではなく、あくまでそう騒ぎ立てているだけになります」
「そして前線到着後、このまま古城まで突き進むと……」
これは当初の予定どおりだ。南の防御陣地にいるブネイスの配下たちが魔道具を使い、騒ぎを起こす。到着したルービスを中心に隊を組み、古城まで攻め入る。そして〈エド〉討滅と手紙の焼却、〈精霊の目〉を取り戻す。
リスクはルービスも理解している。だが成功したときのメリットがあまりに大きい。
(信仰国の安定した統治、大国としての地位の維持。それにより得られる国益は計り知れない。そして火の四聖騎士たるわたしが〈エド〉を討てば、クンベル様はさらに発言力を増すこととなる……)
ルービスからすれば、四聖騎士の2人が聖都に帰還したところで、自分まで帰る理由はなかった。
そもそも四聖騎士を視察とはいえ、前線まで送ること自体、かなりの時間がかかったのだ。
ここで帰ってしまっては、次にいつこの地へ赴けるか。まったく見通しが立たない。
「見えてきました。あそこが……。…………!?」
正面に防御陣地が見えてくる。そしてだんだん近づくその景色を見て。ブネイスは驚きで両目を見開いた。
防御陣地では今まさに、多くの兵士たちが必死になって精霊たちと戦っているのだ。骸骨や自然現象が精霊化したものなど、数多くの精霊たちと信仰国の兵士たちが戦っている。
だが精霊は全員が魔力を持っている。魔術を連発され、兵士たちは吹き飛ばされていた。
しかし驚きの原因はそれだけではない。精霊たちの軍団、その奥には1体の骸骨の精霊がいた。
「は……!?」
ルービスとブネイス、2人はそろって思考が停止していた。その骸骨の精霊は、骨が黒かったのだ。また王族が着るような、立派な装いをしていた。
「そ……ん、な……!?」
特徴的な黒い骨に立派な服。外見的特徴は〈エド〉と一致していた。
つまり正面の防御陣地には今、正真正銘エドが攻めてきているのだ。
「ブネイス……!?」
「わ……わかり、ません……! まさか……ほんとうに……!?」
つまり砦にきた急報は、偽報でもなんでもなく。本当だったのだ。
ブネイスたちはたまたま騒ぎを起こすつもりだったため、実際に〈エド〉がいないものだと思ってここまで来た。
「ルービス様! エドが……!」
うしろからユアムーンが話しかけてくる。彼女ははじめから〈エド〉がここにいると考えて前線までついてきた。驚き度合いがルービスたちとはちがう。
(そうだ……うろたえるな! 予定とはちがうが、これは好機……! どちらにせよ〈エド〉を討滅するつもりだったのだ! 場所が古城から防御陣地になったというだけのこと……!)
なんとかメンタルを整え、顔を上げる。そう。やることは変わらない。ここで精霊を召喚し、エドを倒す。
そこから単独行動で古城まで赴き、もろとも焼き尽くす。ただそれだけである。
「行くわよ! ユアムーン!」
「はいっ!」
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