第117話 精霊と精霊の戦い
「ブネイス! 精霊顕現を行うわ! 時間を稼いでちょうだい!」
「かしこまりました! 行くぞ、お前たち!」
「おおおおおおおお!!」
ブネイスは部下たちを率いて先行する。ルービスとユアムーンは鞘から剣を引き抜いた。
その刀身は神殿に設置された巨大貴石のクリスタルを削ったものであり、見た目が剣なだけであって刃は研がれてはいない。
重量もあるが、クリスタルでできているだけあり、見た目はとても美しかった。
ルービスとユアムーンは剣に魔力を注いでいく。そして刀身に宿る精霊と意志の疎通を図りだした。
「お前たち! もうすこしだ! ルービス様たちが来てくれたぞ!」
「おお! 四聖騎士様が!」
ブネイスも前線の兵士たちを鼓舞する。この国最強の戦力を援軍として連れてきたのだ。兵士たちは勇気づけられただろう。
「はあぁぁぁぁ……! ここにいでよ! 火の精霊〈イフガルゼ〉!」
「わたしの声を聞いて……! 力を貸してください! 水の精霊〈ディルネイス〉!」
2人の掲げる刀身が強く輝きだす。次の瞬間、そのそばにはそこらの精霊よりも一回りは大きい精霊が姿を現していた。
火の精霊〈イフガルゼ〉。見た目は四本足の獣だが、全身から朱色の炎を吹き出している。また足先と尻尾の先端部にはとくに強く輝く炎を灯していた。
目つきはとても鋭く、牙も生えている。どう見ても人では太刀打ちのできない、獰猛な獣そのものだろう。
そして水の精霊〈ディルネイス〉。こちらは鳥の形をした精霊だった。大きさはイフガルゼとそう変わらない。むしろ羽を伸ばせば、イフガルゼの全長よりも大きいだろう。
いくつもの水球が全身の周囲を回っており、それ自体が意志をもっているようだった。だがイフガルゼの見た目が荒々しいのに対し、こちらはまたちがう荘厳さが感じられる。
「おお……!」
「あれが……!」
「四聖騎士のみが使役できる、わが国最強の精霊!」
大国同士が争っていた昔とはちがい、魔獣大陸での条約が取り交わされてからというもの、四聖騎士は戦場に出たことがない。そのためクリスタルに宿る精霊を直接見たことがある者はほとんどいなかった。
ルービスとて実戦で行使するのは初めてだ。だがこれまでこの精霊がどのような武勇伝を築いてきたのか。これは信仰国によく伝わっている。
「行きなさい、イフガルゼ!」
「お願いします、ディルネイス!」
「グオオオオォォォォォ!!」
イフガルゼが兵士たちを飛び越え、精霊の集団へと突っ込む。そこにはさまざまな動物をかたどった自然現象由来の精霊たちが固まっていた。
イフガルゼはそこに集う精霊たちに、容赦なく燃え盛る爪を振り下ろす。その一撃で大地は焼き切れ、無数の精霊たちを一撃で消滅させた。
「おお……!」
「なんとすさまじい……!」
空を見上げれば、ディルネイスが飛んでいる。その周囲を回っていた複数の水球が不規則に動いたかと思うと、そこから水の一閃が走った。
どれほどの圧力で撃ちだされたものだったのか。何体もの精霊が、細い水の棒に身体をうち貫かれている。それらは空から地上に向けて、何発も続けて撃ちだされ続けていた。
「すごい……!」
「空からあのような攻撃をされては……!」
劣勢だったのに、2体の精霊の登場によって形勢が逆転していく。後方からこの様子を見ていたルービスは内心で安堵していた。
(よかった……! イフガルゼならいける……! このまま精霊たちを倒せる! これなら〈エド〉と言えど……!)
四聖騎士全員がそろわなかったことに対し、若干ではあるものの不安はあった。だがこの様子を見れば、2人でも……いや。自分だけでも問題がなかったかもしれない。
そう思えるくらいに、イフガルゼとディルネイスの力は圧倒的だった。
(維持魔力の消費量も安定している……! このまま押せる……!)
精霊との契約内容にもよるのだが、ルービスたちはクリスタルの精霊を顕現する際に、そこそこの魔力を納めることになる。
そのエドは顕現時間の維持のために魔力を消費し続けるのだが、顕現時ほど多くの魔力は消耗しない。
1日になんども顕現しては引っ込めて……なんてことでもしない限り、魔力も持つ計算だった。そういう意味でも、ここに〈エド〉がいて都合がよかったとも思う。
「グオオオオォォォォォォ!!」
イフガルゼが口からすさまじい業火を放つ。赤き波が地面を伝い、熱波がルービスのもとまで押し寄せてきた。
今ので残っていた精霊のほとんどが消えただろう。だがその炎をかき消すかのように、大量の水が大地に流れ込んでくる。
「え!?」
「うわああああ!?」
その水はイフガルゼの放った炎をきれいに消し去り、また兵士たちの多くを強引に押し流した。
精霊も人も少なくなった戦場に、黒い骨の精霊が前へと出てくる。そしてそれまで戦場の主導権を握っていた2体の精霊に、眼球のない視線を向けた。
「イフガルゼ……それにディルネイス……! こんな形で再び相対することになるとは……!」
黒い骨の精霊……〈エド〉は、言葉の話せぬ精霊に語りかける。
「ここは引け……! 俺は行かなければならないのだ……! 聖都リスタリスへ!」
エドは手に立派な錫杖を持っていた。〈月〉属性の魔力を高めるセプターだろう。
だが他になにか持っている様子はない。これにルービスは違和感を覚えた。
(どういうことだ……!? エドは精霊の目を持っているはずでは……!?)
精霊の目。アンバルワーク信仰国の国宝であるこの貴石は、持ち主の魔力を向上させるという神秘の力を持つ。一説ではこれも古代に作られたオーパーツの一つであると言われていた。
前聖王の弟であるムルファスは約10年前、この国宝を持ち出して聖都を出た。その後、黒い骨の精霊が〈精霊の目〉を手に取り、騎士団と戦ったという記録はいくつか存在している。
ただでさえ強力な精霊が〈精霊の目〉を持っている。これも〈エド〉が強く警戒されている理由の1つだった。
だが今、ルービスの視界に映っているエドは〈精霊の目〉を持っていない。それにこれほどハキハキ話すものなのかという驚きもある。
「グオオオオォォォォ!!」
イフガルゼが勢いよくエドに飛びつく。だがエドは手に握る錫杖をブンと振った。すると強風が生まれ、イフガルゼの勢いが空中でとめられる。
「たとえクリスタルに宿る精霊だとしても……! 俺は……!」
続けて錫杖の柄部分で地面をたたく。するとイフガルゼを取り囲むように土が盛り上がり、そのまま檻を形成した。
「そんな!?」
このタイミングで空中から水が、幾条も細く直線的に撃ちだされる。
速度もすさまじく、防御もむずかしいディルネイスの攻撃。だがそれらは、エドの周囲に展開されていた障壁によって防がれていた。
「…………!? ディルネイスの攻撃が……!?」
これにはユアムーンも驚きを隠せない。しかしディルネイスは空を飛んでいるため、イフガルゼのように簡単には捕まらない。そう考えていたその時だった。
「落ちろ……! ディルネイス……!」
エドが錫杖を掲げる。するとそこから白い雷光がほとばしった。あまりの速度で迫る雷光をディルネイスはよけることができず、まともに攻撃を受けてしまう。
「な……!」
生きてはいるものの、ディルネイスはそのまま地面に落ちてきた。あきらかにダメージを受けている。
(そんな……! え、エドの力が……これほどのものだったなんて……!?)
昔の交戦記録では、エドはただひたすら叫びながら手あたり次第に魔術を放っていたと記載されていた。だが今のエドはとてもその記録に描かれているエドと同じとは思えない。
しっかりと人の言葉を話し、そして冷静にイフガルゼたちに対処しているのだ。〈精霊の目〉がなくともこれだけの強さを持っている理由は、やはり〈フェルン〉だろう。
他の国より〈フェルン〉が多く生まれやすいこの地で、彼女たちを狩り続けていたにちがいない。過去の交戦記録時よりかなり位が上がっているのだ。
「く……! でも……!」
「ルービス様! まだ……いけます……!」
まだイフガルゼもディルネイスも負けたわけではない。イフガルゼはいまにも土で築かれた檻を破りそうだ。
ルービスとユアムーンは剣を掲げ、魔力を込めていく。クリスタルの刀身を通じて、それぞれの契約精霊にさらなる力を注ぎこもうとしているのだ。
初めての実戦だったからだろうか。それとも目の前の出来事に集中しすぎていたためか。2人はまったく気づかなかった。すぐそばに1組の男女が現れたことに。
「…………え?」
男性はルービスの目の前に。女性はユアムーンの目の前に移動する。2人ともその手には立派な装飾が施された剣を持っていた。
そして。ごく自然な動作で、その剣でルービスたちの持つクリスタルの刀身を打つ。
それほど強い力だったわけではない。カツンと当てられたような……そんな手ごたえだ。だが変化は一瞬だった。
「はっはぁー! こんなんでいいのかよ! 簡単だなぁ、こりゃあよぉ!」
「ほんとね……! これでわたしたちが新たな契約者ってことね!」
「………………!?」
これまで顕現していたイフガルゼとディルネイスの姿が消える。同時に顕現維持に消耗し続けていた魔力の消耗もなくなった。
続けて再びイフガルゼとディルネイスが姿を現す。2体の精霊は男女のすぐそばに顕現していた。
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