第118話 混迷の戦場

「なにが……!?」


「ルービスさん……! で、ディルネイスが……!?」


 契約精霊を顕現した際、ルービスたちは精霊たちの存在を強く感じ取ることができる。それは顕現に必要な魔力を常に消耗し続けているからだ。


 だが今は精霊たちを近くに感じることができない。目の前に顕現しているというのにだ。それにクリスタルの刀身にもその力は宿っていなかった。


「はっはぁ! どうだ、スーザ! そっちはよぉ!」


「ワイド、いい感じよ……! でもあっちとちがって、いちいち口頭で命令しないといけないんだっけ?」


「おお。それにチャージされた魔力量がなくなってもアウトだ」


 ルービスは2人の言っている意味はわからない。だがこの男女がなにかしらの方法で、自分たちの精霊を奪ったというのはなんとなく理解できた。


「きさまたち……! いったいなにを……!」


「あん……? おう、そうだ。四聖騎士もここで殺しておくんだったな」


「は……?」


「よし。じゃあイフガルゼ。目の前の女に爪を振れ」


 男の命令を受けたイフガルゼがルービスに飛びかかる。そして鋭い爪撃を放った。


「………………!!?」


 とっさに大きく後方へと飛ぶ。そこに爪が振り下ろされたのは、ほぼ同時だった。


 ルービスは間一髪のところで攻撃を避けるが、イフガルゼのとった行動はとても信じられるものではなかった。


「ばかな……!? イフガルゼ……な、なぜ……!?」


「ありゃ。追撃はしないのか」


「ワイド……どうやら具体的な指示を出さないといけないみたいだねぇ。こっちもあの女を殺せって命令したけど、まったく動かないよ」


「聞いていたとおりだな。逐一行動を指示……か。めんどうだな」


 ルービスたちであれば、魔力を消耗し続けながらおおよその指示を出すだけで、あとは精霊たちが動いてくれる。


 だがこの男女たちとは別のプロセスから精霊たちを動かしている様子だった。


「乱入者たちよ。お前たちはなにものだ……?」


 この場に〈エド〉も近づいてくる。彼もルービスたちの様子を見て、イレギュラーな事態が起こっていることを理解していた。


「……いや。まさか……お前たち。あの男の仲間か……!? 俺から〈精霊の目〉を奪ったあの男の……!」


「え……」


〈エド〉から信じられない言葉が飛び出す。ルービスは今のエドの言葉を脳裏で何度も反芻し、驚愕に両目を大きく見開いた。


「〈精霊の目〉を……奪った……!?」


 この圧倒的な実力を持つ精霊〈エド〉から。とても信じられることではない。


 だが同時に、なぜここに〈エド〉がいるのか。その違和感の正体が薄っすらと見えてきた。


(まさか……エドは奪われた〈精霊の目〉を求めて、古城から出てきた……!?)


 当初予定していた事態と大きく乖離した出来事が起きている。だが事実を並べるととてもシンプルだ。


 前線に〈エド〉が現れた。自分たちの精霊が謎の男女に奪われた。そして〈精霊の目〉も行方知れず。つまり。


(信仰国の……危機……!)


 最高戦力たる精霊の2体が奪われ、強力な力を見せたエドは古城から出てきている。


 最低でも奪われた精霊を奪い返さなければまずいということはルービスにもよく理解できていた。


 イフガルゼに命令を下していた男は、不敵な笑みを顔に浮かべる。


「とにかく第一目標はクリアしたんだ。おいスーザ! さっさと騎士様を殺してこの場をずらかるぞ!」


「ええ!」


 次の瞬間、2体の精霊は姿を消す。いったいなにが……と驚く間もなく、男はルービスに距離を詰めてきた。そのまま手にしたナイフでルービスの喉を突いてくる。


「く……!」


 大きく真横に飛び、ナイフをかわす。だが男もしっかりと追随してきており、腹部めがけて蹴りを放ってきていた。


 これをさけることはできず、ルービスはまともに蹴撃を受けてしまう。


「うぐっ!?」


 そのままゴロゴロと地面を転がる。視線を向けると、女の方もユアムーンに迫っていた。


 彼女は距離を詰めると、ユアムーンの足を蹴る。そうして姿勢を崩させたところで、左腕を突き出して上半身を乱暴に押した。


「きゃ……!?」


 もともと身体を鍛えていたわけではないユアムーンは、たまらず地面に仰向けに転がる。


 スーザと呼ばれた女はそんな彼女に対し、右腕に持ったナイフを思いきり突き出した。


「…………!」


 終わった。まもなくそのナイフは水の四聖騎士であるユアムーンの命を奪うだろう。


 命を刈り取る刃、その先端がまさにユアムーンの胸に突き立てられる……というその瞬間。ナイフを握っていたスーザの腕の動きがピタリと止まった。


「…………っ!?」


 スーザも驚きで表情を硬直させながらも、首を回す。するとそこには、彼女の右腕をつかむ別の腕があった。





 帝国本星に帰れない。このことを理解したとき、アハトは「そうですか」という感情以外はとくになにも思わなかった。


 だがマグナがアハト含め、この星で自分たちらしさを追求して生きていこうと言ったあの日。自分がどう生きたいと考えているのか、その思考に演算リソースのほとんどを集中させた。


(マンガ、ゲーム、ラノベ、アニメ等、いろいろエンタメは体験しましたが。一番心躍るのはやはり王道ファンタジーでしょう)


 マグナの渡してきたデータは様々なジャンルがあったが、その中でもアハトはファンタジー系の創作物にどっぷりとハマりこんだ。


 そしてこの星に精霊や魔法、冒険者が存在していると知り、この世界で生きていくことに「楽しさ」を見いだせるようになった。


 そもそもアハトの量子頭脳はまだ起動して間もない。特定の惑星に降り立つという経験も、この星が初めてなのだ。


 まだ若い量子頭脳はアハトがすこし行動をするだけで、大きな刺激を受けることができていた。


 中でもより強い刺激を受けるのが、対人戦である。きっかけはノウルクレート王国の王都でハルトと戦ったときのことだ。


 ここでアハトは、戦った相手が実は格上でしたというシチュエーションに独特の興奮を覚えるようになった。


 そしてこの興奮を長く味わい続けるために、気をつけなければならないことがある。


 それは己に挑むものがいなくなるくらいの、圧倒的な実力差を見せてはいけないということだ。


 もし本気のバトルモードで戦おうものなら、彼女の強さはあっという間に知れ渡るだろう。それほど隔絶した実力差を発揮できるという確信がある。


 そしてアハトが望むシチュエーションは、相手がアハトに勝てると思っていなければ起こらないものなのだ。


 戦う前からあきらめられては、自分の望む興奮は得られないだろう。


 それがわかっているので、アハトは普段はエコモードで動いていた。


 マグナは「アハトが激しく動くと、部品の摩耗が……」と心配しているが、アハトからすればほとんど必要のない心配である。


 なにせアハトはあらゆる意味で、そこらの戦闘用アンドロイドを越える存在なのだ。


 たしかにエネルギー消費量には一定の注意が必要だが、どのような過酷な環境でも戦闘機動ができるボディでもある。なんならちょっとした部品の摩耗くらいであれば、自己修復すらできる。


 リリアベルはアハトのそうした細かなスペックを把握していない。


 マグナともども自分のメンテナンス設備を整えようとしてくれているのは、純粋にありがたいとも思う。だが完全メンテナンスフリー……とは言わずとも、それに近い完璧なボディではある。


 あえて自分のメンテナンス設備などまだまだ不要だと言わないのは、マグナにもこの星で活動する目的が必要だと考えたからだった。


 まだマグナはアハトとちがい、この星でどう生きていきたいか。どうありたいかというヴィジョンを模索中だ。徐々につかみかけてはきているが、固まってはいない。


 人工知能とはちがい、人は生きる上で目標がなければ普段の行動にぶれが出る。これもハルトとの対談を通して学習したアハトの考えだった。


(つまりわたしは。この星の実力者たちの脳に、適度にアハトという存在を刻み込み。そして人に生きる上での目標を設定させてやることに喜びとやりがい、刺激と興奮を覚えるというわけです)


 そんなアハトからすれば、実力者と戦う……あるいは実力者に自分の強さを刻み込める機会は見逃せなかった。


 つまりよくもわるくも今の状況とマグナの言葉がきっかけで、自分の欲望に正直な最強戦闘用アンドロイドが誕生してしまったのだ。


 それに今はアハト自身、この星の独自性も気になっている。より深くファンタジー世界を理解するため、精霊や過去の歴史についても知りたいと考えているのだ。


 そんなわけでアハトは。しっかりと目立つため、今まさに仰向けに倒れるユアムーンの胸元にナイフを突き出しているその女の腕を。がっちりとつかんでとめてみせた。


「こんにちは」


「は……え……?」


 目の前の女がどの程度の実力を持っているのかはまだわからない。なので最初は様子を見る。


「いっ!?」


 ゆっくりと女の腕をつかんでいる手の握力を強めていく。


 女……スーザは焦った表情で腕を引こうとしたが、やはりビクとも動かせなかった。


「この……!」


 右手につかんでいたナイフを離し、空いた左手でキャッチする。そしてそれをアハトの顔面に突き出した。が。


「…………!?」


 気づけばスーザは空に浮いていた。ナイフもいつの間にか手放してしまっている。


「スーザ!?」


 下から同じ四剣四杖の1人……ワイドの驚いた声が聞こえる。そして2秒後。スーザは背中から地面に落ちた。


「かはっ!?」


 この時になって、ようやく彼女は自覚した。自分が空中に投げ飛ばされたのだと。


(ばかな……!? い、いつ……!?)


 即座に呼吸を整え、上体を起こす。殺そうとしていたユアムーンからはそこそこ距離が離れていた。


「この……!」


「スーザ! うしろだ!」


「え……」


 ワイドの声に反応し、すばやく首を後ろにまわす。するとそこには黒い骨の精霊が立っていた。


「あ……」


「あの男の仲間だな? ……信仰国に災いをもたらす芽はここで滅ぶがいい」


〈エド〉の持つ杖の先端部があやしく光る。これがスーザの最後に見た景色になった。

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