第119話 未知との遭遇を果たしてしまった精霊

「おや……」


 アハトはスーザをエドの前まで放り投げた。まだ四聖騎士を狙った男女と精霊の関係がわからなかったため、これで様子を見ようと考えたのだ。


 だが精霊は自分のもとに落ちてきたスーザを、即座に殺してしまった。これを見て戦場の相関図を描いていく。


(四聖騎士とこの男女、そして精霊……それぞれが敵対しているということですか。そこにわたしも入り込んだ……なるほど。わるくないですね)


 精霊は杖の先端部から白い炎を放射し、スーザを焼いた。地面には立派な装飾の長剣が残っている。途中からではあるが、アハトも状況は見ていた。


(ルービスとユアムーンの顕現した精霊……新たに現れた男女があの長剣でクリスタルの剣を打ったことで、一度その姿を消しましたね)


 そして次に精霊がその姿を現したとき。完全にコントロールを奪われている様子だった。


 状況からいくつか仮説が組み立てられるが、どれも確信には至らない。


 それをたしかめるように、アハトは残った男に視線を向けた。


「ふむ……あなたはなんらかの手段を用いて、2人から精霊のコントロール権を奪ったのですか?」


「なに……!?」


「ぜひくわしく話を聞きたいのですが」


 もしかしたら自分も精霊を扱えるようになるのではないか。マグナではないが、やはりアハトもそう考える。


 全員が緊張をもって対峙しているこの状況で、アハトのみが普段どおりなのだ。


「ち……!」


 一方で判断を迫られているのは残った男……ワイドの方だった。


〈エド〉が出てくる可能性は考えていたが、スーザがここで脱落する可能性は低いと考えていたのだ。


 理想は四聖騎士を殺し、精霊を持ち帰ること。だがこの状況ではむずかしい。なんとか精霊を封じたスーザの長剣を回収し、このまま撤収したいところである。


 エドも新たに現れた人物……アハトに興味を示していた。


「この国の人間ではないな? なにものだ……?」


「そういうあなたは、精霊たちの首魁。エドとお見受けしますが……まちがいないですか?」


「エド……? あぁ、俺のことをそう呼んでいるようだな。まぁ首魁というのもまちがいではない」


 アハトはこの場に残っている全員の動きを注視しながら、エドと会話を続ける。


「そうですか。わたしは星光のアハト。風の四聖騎士、その従者として雇われただけのしがない女です」


「しがない女が、神殿長に雇われるはずがあるまい。だがまぁいい。俺の邪魔をしないのであれば、四聖騎士とお前は見逃してやろう」


 そういうとエドは残ったワイドに視線を向ける……が。このときには彼は懐から青白く光るナイフを取り出しており、地面に突き立てていた。


 ワイドはそのまま、ナイフで地面に円をえがく。地面に青いラインのサークルが完成する……というそのとき。なにものかの足が、その動きを途中でとめた。


「は……?」


「それはラデオール六賢国で見覚えがあります。どこかへの転移機能を有した魔道具ですね? まぁわたし自身が直接見たわけではないのですが」


 ワイドは四剣四杖の1人だけあり、個人としての実力も決して低くはない。


 そのワイドをもってしても、いつの間にアハトにここまで接近されたのか。これがまったくわからなかった。


「この……!」


 だが驚きで思考が硬直することは許されない。ワイドは即座にナイフから手を離すと、立ち上がりつつ手刀を……。


「…………っ!!?」


 首筋に衝撃が走る。視界が大きく歪み、だんだん暗くなっていく。ワイドはこの感覚に覚えがあった。気絶寸前なのだ。


(ばかな……なにを……されて……?)


 すでに全身に力は入らない。そしてワイドはそのまま地面に倒れこんだ。側にはアハトが、首に手刀をいれたときの姿勢で立っている。


「リリアベルにいい土産ができましたね」


 そういうアハトの目は、光が収まったナイフと長剣に向いていた。


「お前……! ルドレットの従者の……! なぜここにいる!?」


 ルービスがエドに警戒しつつ、アハトに声をかける。これにアハトは無表情でうなずきを返した。


「確認です。お二人は精霊をもう顕現できない。あっていますね?」


「なに……」


 アハトはルービスの質問には答えず、現状の確認を優先する。


 一瞬で2人の男女を無力化させたところを見たからか、ユアムーンはこれに素直に答えた。


「はい。いまはディルネイスの存在を感じられない状態です……」


「なるほど……では2人は下がっていてください。あの精霊はわたしがお引き受けしましょう」


「は……?」


 アハトの予定では、ネームド精霊〈エド〉に2人が負けそうになる直前に姿を見せるつもりだった。


 だが謎の乱入者が精霊を奪うという予想外の行動に出たため、計画に狂いが生じてしまった。


 しかし大きな問題はない。このまま信仰国の有名人である四聖騎士2人の前で、ネームド精霊を倒せばいいのだ。


 これでアハトの名は広まることだろう。風の四聖騎士の従者が実は最強でしたムーブもできるというものだ。


「ルービス様、ここは引きましょう。彼女の強さを見たでしょう? ここにいては、足手まといになるだけです」


「…………く!」


 ユアムーンに諭され、ルービスはおとなしくその場から離れる。ここであらためてアハトはエドに視線を向けた。


「骸が精霊化を果たした個体との遭遇は、これで3度目になりますか……。しかし黒い骨とは驚きました。もとは人間ではないのですか?」


「……人間さ。位を上げたときにこうなった。さて……もう一度言おう。おとなしくそこをどくのなら、見逃してやる。返答はいかに?」


「フ……」


 アハトは無言でハルバードを手に取ると、ブンと振るう。土埃が舞い、これが返事となった。


「そうか……ではここで死ね!」


 エドとて目の前の美女がただものでないとわかっている。


 だがその動きから、まずまちがいなく戦士タイプの実力者だと考えていた。


(つまりなんらかの魔道具でも持っていないかぎり、この身を傷つけられる手段は持ち合わせていないということだ……!)


 位の上がったいまの自分の特性も理解している。〈幻〉属性で顕現させた杖はエドの魔術をサポートしてくれる。強力な〈月〉属性の魔術がさらに強化されるのだ。


 さまざまな種類のエーテル属性に対応した魔術に加え、精霊の中でもトップクラスの魔力。その実力は四聖騎士の契約する精霊とも渡り合えるほどだ。


 これで〈精霊の目〉があれば、最初の5分でイフガルゼたちは消滅していただろう。


 もっともこの国の守護をつかさどる精霊の消失は、エドも望んではいないのだが。


(恨みはないが……! 速攻でケリをつけさせてもらうぞ!)


 杖の先端部にわずかながら光が灯る。次の瞬間。そこから白い閃光がアハトめがけてほとばしった。


 超高熱の閃光だ。直撃すれば即死、かわしても余波でやけどは免れない。一撃で決着をつけるべく放った火の魔術である。だがその声は真後ろから聞こえてきた。


「ほう……これまで見たどの魔術とも異なりますね」


「っ!?」


 杖からはまだ閃光が放射されている。エドは驚きで首を後ろに回した。


「な……!?」


 いつの間にか自分の後ろにハルバードを持った美女が立っている。


 エドは彼女がそこにいつ移動してきたのか、まったく見当がつかなかった。


「ばかな……!? いや、空間移動系の魔術……!?」


「さて……物理攻撃を克服した精霊と推察します。まずはこれで……試させていただきましょう」


 杖先から閃光がとまるタイミングに合わせるかのように、アハトはハルバードを振るう。この瞬間、エドは勝ったと確信した。


 この身に物理攻撃は通じない。ハルバードを正面から受けてアハトの動きが止まったところを、強力な魔術を叩きこむ。そう考えたところで。


「おごぉっ!?」


 ハルバードによる直撃を受けたエドは、すさまじい勢いで近くの岩壁まで吹き飛ばされた。


(ばかな……!? いや、ダメージは負っていない……が……! 吹き飛ばされるほどの衝撃を無効化できていない……!?)


 警戒しながら起き上がる。するとアハトはまっすぐに歩いてきていた。


「外的損傷は見当たらず……。けっこう。ではこれでいかがでしょう?」


 アハトの姿が消える。いや。時間にして1秒にも満たないのに、彼女はエドのすぐそばに立っていた。


「は……!?」


「いきます」


 そこからはエド自身、信じられないことが起こった。いかにも重そうなハルバードを、アハトは木の棒を振り回すかのごとく、あまりにはやすぎる動きで振るってきたのだ。


 エドはそれらをかわすことができず、足から胴体、頭部に至るまで1秒間に何発も攻撃を受け続けてしまう。


 精霊化を果たした身でさらに位を上げていなければ、とっくに死んでいた。それがわかる攻撃だ。


「お……おお……!?」


 一撃一撃が重すぎる。まったく体勢を整えさせてくれない。絶え間なく全身を殴打され続け、まともに魔術を放つ集中力さえ維持できない。さらに。


(ばかな……!? 我が身体が……キズを負っているだと……!?)


 アハトはまるで踊っているかのような華麗な足さばきと腕の動きで、ハルバードを縦横無尽に降り続けていた。


 通常であれば体力の限界をすぐに迎えそうな、無茶な動きだ。だというのに呼吸もあがっていないし、まったくその動きは鈍くなる気配がない。


 さらに攻撃を受け続けているうちに、黒い骨がだんだん削られていっているのがわかった。あばら骨の一部にはヒビも入りはじめている。


(あ……! ありえない……! 物理攻撃が通じないこの身体を……い、いったいどれだけの力で……!?)


 ここでエドははじめて目の前の人物に恐怖を抱いた。ハルバードも特殊な魔道具には見えず、ただの金属の塊にまちがいない。重量も相当なものだろう。


 だがアハトはまったく表情を変えず、ただ淡々と作業のように振るい続けている。岩壁に追い詰められている自分には逃げ場すらない。


「ほう……これは興味深い。以前相手した骸骨の精霊に比べると、いくらか頑丈ですね。計算が正しければ、とっくにバラバラに砕けているところなのですが……」


「………………っ!!?」


 これはまずい……と、エドは本気で考えた。


 この美女は見た目どおりの人間ではない。これだけハルバードを振るっているのに、その声はまったく息があがっていなかった。


 むしろまだまだ本気を出していないことがわかってしまうほど余裕がある。


「では。もうすこし出力を上げてみましょうか」


「ま……!?」


 アハトはハルバードを引くと、ぐるんと回して柄を突き出す。そして斜めの角度で縫い付けるように、黒い肋骨の骨と骨の間にハルバードの柄を通した。


 そのまま岩壁に突き刺し、疑似的にエドを縫い付ける。


「まずはこれでいかがでしょう?」


 続けて握った拳をまっすぐに突き出す。普通ならハルバードを離して素手で殴ってくるなど、ありえない行動だろう。


 だがその拳を受けたとき。ボキンと不気味な音が響いた。


「は……!? あ、おおおおおおおおお……!?」


 アハトの拳をまともに受けた黒いあばら骨が。ぼっきりと折れていた。決して物理攻撃を通さないはずの骨が。


「やはり素手の方がダメージ効率がいいみたいですね」


「あ……あ……!?」


「時間はかかりますが……このまま続けさせてもらいましょうか」


「おあああああああああああ!!」


 右手に〈幻〉属性の魔力による杖を顕現させる。そして人を超越する魔力の半分以上を消耗して、ある魔術を発動させる。


「あああああああああ!!」


 発動させたのは転移魔術だ。人の身でこの魔術を使えるものはいない。精霊でもほぼいない……そんな超がつく高位魔術だ。


 だが発動には多大な魔力を消耗するし、しっかりと転移先を定めようとすれば時間と集中力が必要になる。


 しかしいまのエドにはその余裕がなかった。なのですぐ近くの岩場の影に転移する。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」


 あぶなかった。まさか高位精霊の身で死を予感するとは思わなかった。


 だが転移しなければ、斜めに突き刺さったハルバードもあってすぐにその場を離れることができなかったのだ。


「な、なにものなんだ……あの女性は……!」


 信仰国にあんな美女がいたという話は聞いたことがない。肌色から見て外国人なのはまちがいないだろう。


 だが強さが人の常軌をあまりに逸していた。ハルバードを振るわれれば抵抗できず削り殺される。素手の一撃では骨を折られてしまう。


 つまり純粋に物理で殺されるのだ。つい先ほどまで、物理攻撃で自分は傷つけられないとタカを括っていたのに。


「く……! 時間がないというのに……! なんとかここから聖都へ行かなければ……!」


 ここはまださっきの場所からも近い。本来であれば有り余る魔力で砦を突破し、水路を上って聖都へ行くつもりだった。


 だがいまはその魔力も半分以上消失してしまっている。


「それでもやらねば……! 聖都を放置することはできない……!」


 なんとしてもあの女性に出会わないようにする必要がある。おそらく次に出会ってしまえば、自分の命運はそこで費える。


 だから。顔を上げて目の前の光景を見たとき、エドはこの10年で最大の絶望を味わってしまった。


「意外と近くにいたので安心しました。さっきのは転移魔術ですか? 便利ですね。わたしの目でもどこへ移動したのか、見切ることができないのですから」


 そこには薄紫の髪を後頭部でまとめ上げ、ハルバードを持った麗しき美女の姿があった。

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