第37話 騒ぎを聞きつけてきたら、メリクがすでに賊と戦っているんですけど!? (ルシア談)

「…………っ!! 離れろぉ!」


 一瞬だった。洞窟の入り口に近づいた仲間の顔、その上半分が飛んだのだ。仲間の冒険者は切断面から血を流しながら、その場に倒れこんだ。


 なぜいきなり仲間が死んだのか、まったくわからない。誰もが額に汗を流しながら洞窟の入り口に視線を向ける。するとそこから1人の男が姿を現した。


「……は?」


 一見すると獣人種の男に見える。だがその男は筋肉が異様に発達していた。


 四肢が見たこともないくらいに膨れており、肩幅も大柄と一言で片付けるには違和感がある。


 なによりズボンやシャツがサイズ違いで破れていた。ではなぜ今もサイズ違いの服を着ているのか。


(服を着ている途中で……身体が膨張して破れたみてぇだ……!)


 男は手に大きな鉈を持っていた。その刃には血が滴っている。


 さらに両目は白目を剥いており、身体は不規則に痙攣している。どうみても正気ではない。


 その男が。口から涎を垂らしつつ、メリクたちに顔を向けた。


「っ! くるぞ!」


「ガアアアアァァアァァァァ!!」


 男は腰を落とすと、信じられない速度で迫ってくる。しかしここで仲間の1人が杖を握りしめた。


「阻め、土壁よ!」


 正面に土でできた壁がせり上がる。使用できる場所が限られる魔術ではあるが、かなりの高等技能である。


 だが獣人種の男は突如目の前に現れた土壁を、肩で砕きながら突っ込んできた。


「な!?」


「ルアアアアアア!!」


 そのまま仲間の1人に体当たりをしてくる。その男はメリクファミリーの中で最も巨漢であり、金属製の防具もしっかりと身に着けていた。


「俺が受け止める! その間に仕留めろ!」


 男も獣人種の体当たりを受け止めるべく、身を屈める。


 身体能力も強化しているし、賊を押さえつけるつもりなのは十分にわかる。


(やるしかねぇ……!)


 そして2人が接触したとき。巨漢の男は冗談のように、後方へと吹き飛ばされた。


「な……!?」


 そのまま勢いよく岩壁に激突し、地面に倒れ込む。金属でできた鎧は大きくへこんでいた。


 このままでは生きていても、呼吸がままならないだろう。


「ばかな……」


「メリクっ!」


「っ!?」


 気づけば獣人種の男がメリクのすぐ側まで移動していた。彼はそのまま鉈を振り上げている。


 一瞬後、そのまま自分は鉈で切り裂かれるだろう。そう思った時だった。


「ガルアアァッ!?」


 急に獣人種は真横へと飛ぶ。その背中には2本の氷の槍が突き刺さっていた。


「これは……!? メリク、そいつはなに!? この状況は!?」


 凄惨な状況に不似合いな、かわいらしい声が響く。視線を向けると、そこには杖を構えたルシアの姿があった。





(なんなの……これは……!)


 ルシアたちの目には、無数の死体が転がっていた。その中にはメリクの仲間のものもある。


 だがなによりも目を引いているのは、鉈を持つ獣人種の男だった。


「メリク!」


「…………! あいつはたぶん賊の生き残りだ! 見ての通り、完全にイってやがる!」


 すこしではあるが、ルシアたちもその男の動きを見ていた。


 異常に発達した筋肉に加え、身体を薄く光の膜が覆っているように見える。おそらく〈空〉属性の魔力で、身体能力を強化しているのだろう。


(あの筋肉量に加えて、身体能力の強化まで……!)


 メリクファミリーの冒険者が全員魔力持ちだというのは、町を出る時に本人の口からきいた。その上ですでに2人再起不能に追い詰められているのだ。


「ルシア。後方支援を」


「わかったわ……!」


 オボロとレッドが武器を構えて前に出る。


 そうだ。この2人がいれば、どんな強敵でも負けることはない。相手はたった1人。


 そう考えたそのときだった。


「え……」


 オボロがルシアの身体を掴み、レッドと共にその場から移動する。


 ほとんど同時に、そこにいくつもの火球が着弾した。周囲に強烈な熱波が襲いかかる。


「あつ……!?」


「気をつけろ! もう1人いるぞ!」


「っ!?」


 視線を向けると、洞窟からもう1人出てきていた。


 鉈を持っている獣人種の男と同様に、全身の筋肉が異常に発達している。


 着ている服も内から膨張する筋肉に圧迫され、ビリビリに裂けていた。またよだれを垂らしながら、白目を剥いているのも共通している。


 だがその男が握っているのは、魔晶核の取り付けられた杖である。これを意味するところは一つ。


(魔力制御用のセプター……! 〈月〉属性の魔術師……!?)


 〈月〉属性の魔力を持つ者は、いわゆる魔術を行使できる。


 だが他の属性に比べ、〈月〉属性はとくに緻密な魔力制御が求められる。


 〈月〉属性の魔力を持っていても、全員が魔術師としての才を発揮できるわけではない。


 その魔力制御の一助として使用されているのが〈セプター〉だった。魔晶核を用いて作られるこの杖は、使い手との相性次第でさまざまな魔術の行使を可能にする。


 そしてこれを持っているということは、その者が魔術師を名乗れるくらいの腕前を持つ〈月〉属性魔力の保有者だということだ。


「くるぞ!」


 男の持つ杖が光る。すると巨大な火球がルシアたちに向かって撃ちだされた。


「そんな……!?」


 見ればどれほどの魔力が込められているのはわかる。これほどの火球、通常であれば生み出すまでそれなりの時間を要するはずである。


 それにもかかわらず、ほとんどノータイムで撃ってきたことに、この場にいる誰もが驚いていた。


「オボロ!」


「わかっている!」


 オボロは再びルシアの身体を抱き上げると、即座にその場を離れる。火球が着弾した地点からすさまじい熱波が広がっていた。


 一方でレッドは、まっすぐに杖を持つ男に向かって駆けだしていく。


(まずはあの魔術師が先だ……! あまりに脅威度が高い……!)


 彼は両腕にそれぞれ斧を握りしめ、身体能力を強化して大地を駆ける。


 だが間に割り込むように、鉈を持つ獣人種の男が姿を見せた。


「じゃまだあああぁぁぁぁ!」


 このまま渾身の一撃で仕留める。そう考え、斧を振るう。だが獣人種の男はレッドの一撃を、鉈で受け止めた。


「く……っ! そんなボロ鉈でぇ!」


 これをレッドは強引に押し込む。同時にもう片方の腕に握った斧で、男の脇腹を狙いにいく。


(いける……!)


 鉈で渾身の一撃を受け止めきったのは見事だった。


 だがはじめからレッドの本命はもう一本の斧だ。彼はそれを獣人種の男の脇腹に入れた……が。


「………………っ!!?」


 たしかに斧は入った。しかし刃はすこし肉にめり込んだところで止まっている。脇腹から血は流れているが、致命傷にはほど遠い。


 あまりに硬い手ごたえ。レッドは最初、これが筋肉の硬さだと気づかなかった。


(え……? 俺の、身体能力強化……斧……脇腹、たしかに……!?)


「レッド!」


 オボロから鋭い声が届く。意識を前に戻したときには、その顔面に拳が迫っていた。


「ぁがっ!?」


 ぎりぎりのタイミングで足を引いたが、顔面に拳を受けたレッドは鼻から血を流しながら後方に吹き飛ぶ。


 また脇腹に入った斧はそのまま手放してしまっていた。


「よけろ!」


「…………っ!」


 続けてレッドの元に、10本もの炎の槍が飛んでくる。


 体勢を崩しているタイミングでは避けきれるかかなりあやしい……そう危機感を抱いていたところに、土の壁が現れた。


「阻め!」


 土の壁は炎の槍を2発受けたところで、完全に崩れ去る。だがその時にはレッドはすでに場所を移動していた。


 おかげで残りの炎槍の直撃を避けることに成功する。彼はそのままメリクファミリーの魔術師に視線を向けた。


「助かった……! 礼を言う……!」


「い、いえ……」


 今の土の壁は、彼が起こした魔術だった。メリクたちとルシアたちは、この間に互いに距離を詰める。


 正面には異様な2人の男が低く唸りながら近づいてきていた。


「メリク……! もう一度聞くわ、なんなのこの状況は……!」


「知らねぇ……! 俺たちは賊を討伐し終えて、アジトと思わしき洞窟の調査をしようと思っていたんだ……! そしたらあいつらが現れやがった……!」


 鉈を持つ獣人種の男と、杖を持つ普人種の男。2人とも到底意識があるように思えない。


 だが明確な敵意をルシアたちに向けてきていた。


(レッドの膂力に正面から対抗できる男に、どう見ても強すぎる魔力を持つ男……! どういうことなのよ、これは……!)


 ルシアも理解できている。目の前の2人が、そこらの冒険者を遥かに凌駕する実力者だということに。


 だがメリクの言うとおり、どう見ても正気ではなかった。


 いずれにせよ逃げられない。このままリスクの高い戦いになるのは避けられない。しかし。


(あくまで〈空〉と〈月〉属性の魔力……! 切り札を使えば、勝機は十分……っ!)


 そもそもレッドを退けた時点で、油断など一切できる相手ではない。


 もうここは、いつ自分が死んでもおかしくない戦場なのだ。ルシアはそのことを正しく理解していた。


「レッド、オボロ。あれを使うわ。足止めをお願い……!」


「マスター……! それは……」


「……わかった。レッド、お前はあの獣人だ」


 あらためてレッドとオボロの2人は前に出る。そして2人とも魔力を全身にみなぎらせていく。


「レッドさん、オボロさん……! いったいなにを……!?」


「……メリク。今から見ることは、決して他言無用だ」


「え……」


 そう言うと2人はその場から一気に大地を駆ける。レッドは一本になった斧で、獣人種の男に立ち向かった。


「おおおおおおおおお!!」


「ルシャアアアアアァァァァァ!!」


 すぐに激しい衝突がはじまる。オボロはレッドの倍近い速度で走り抜け、カタナを抜いて魔術師の男に斬りかかる。


 だがその男も異様に発達した筋肉のおかげか、しっかりとオボロの一撃をかわしきった。その上で至近距離で魔術を放つが、これをオボロは腰を落として横に飛ぶことで直撃をかわす。


 そんな2人の戦いを見守りながら、ルシアは自分の内に眠る魔力に意識を集中していた。


(ギルド職員もいる前で、こんなにはやく明かすことになるなんて……!)


 いずれ知られることではある。だができる限り手の内は伏せておきたかった。


 よからぬ輩が対策を立ててくることが十分考えられたからだ。


(でも……ここで死んだら、元も子もないもの……!)


 強い決意とともに両目を開く。そして杖を手放すと前方に両腕を掲げた。


「顕現せよ、魔封の鎖! 〈レクタリス〉!」


 強い光が掲げた両腕に集中する。次の瞬間、その手には銀に光り輝く鎖が握られていた。


 これを見てメリクは驚きで両目を見開く。


「これは……! ま、まさか……ルシア……! きみの魔力属性……!」


 魔力を具現化し、術者専用の武具を生み出す。これは〈幻〉属性の魔力を持つ者にしかできない芸当だった。


 ルシアはメリクの反応を無視して、正面に意識を集中する。レッドたちもルシアの準備が整ったことを確認し、さらに魔力を高めた。


「うおおおおおおおおおおお!!」


「かあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 肉弾戦に持ち込んだレッドが、獣人種の男の肺に強打を放つ。


 体勢を崩させたところで、そのまま両手を組んで後頭部を打った。獣人種の男はたまらず地面に倒れ込む。


 オボロも冴えわたる剣技で、杖を持つ魔術師の指を切り落とす。生まれた隙を突く形で、そのままゼロ距離まで身体を詰めて胸倉を掴む。そしてルシアの方へと投げた。


「いま……! 捕えなさい、〈レクタリス〉!」


 ルシアの掲げた両腕から、銀に輝く2本の鎖が意思を持っているかのように飛び立つ。


 鎖は一瞬で2人の男の身体に巻き付いた。


「捕えた……!? で、でも、そんな鎖じゃ……!」


 メリクとしては、細い鎖なんて簡単に破られると思っていた。


 なにせ〈月〉属性の魔術師でさえ、あの膨張しきった筋肉でかなりの動きを見せたのだ。鎖などたやすく引きちぎることができるだろう。ただの鎖であれば。


「ガアアアアアァァァァァァ!?」


「ルルアアアアァァァァァァ!?」


 しかし2人とも、身体をどれだけねじろうが決して鎖を引きちぎることができなかった。ルシアは両手に鎖を持ちながら、しっかりとその動きを制御する。


 また鎖に捕らわれた男たちの状態を確認し、メリクはまさかと口を開いた。


「捕縛した対象の魔力を……封じる鎖……!?」


「……………………」


 これにルシアは答えない。だが正解だった。


 ルシアの顕現する鎖〈レクタリス〉。これに捕らわれたものは、問答無用で魔力がゼロになるのだ。


 また鎖自体を制御できるので、ルシアは自らの筋力で捕えた対象を引っ張る必要もない。


 これぞルシアの奥の手。切り札だった。


 普段は杖状オーパーツの力で〈月〉属性に見せかけているが、その魔力属性は〈幻〉である。


 〈幻〉属性の者はそうそういないため、初見で対応できる者も限られてくる。


「で……でも……。相手はあの筋肉だ、魔力がなくても十分鎖から抜け出せそうなのに……」


 だが現実として、どれだけ暴れても鎖は解かれない。


 これもルシアは無言を通したが、レッドとオボロはゆっくりとした足取りで彼女の元までやってきた。


「ルシア、よくやったな」


「さすがマスターだ! おいメリク、このことはだれにも言うなよぉ?」


「は……はい……」


 メリクとて助けてもらったことは自覚している。さすがにマスターとして、その義理くらいは果たす心づもりはある。


「ん……っ。すごい魔力……」


「だいじょうぶか、ルシア」


「うん……」


 いずれにせよこれで決着はついた。ルシアは鎖を制御しながら、離れたところから様子を見ていたギルド職員のリメイラたちに声をかける。


「できればあなたたちにも、この力のことは他言無用でお願いしたいんだけど……?」


「え……えぇ……」


「……今はあの賊について、どうするかを考えましょう」


「さすがにまともに話を聞ける状況じゃねぇだろ。ここで……」


 殺していく。そうレッドが言おうとしたときだった。どこからともなく拍手が聞こえてくる。


「え……?」


 視線を向けると、岩山の上に1人の女性が立っていた。彼女は拍手を続けながらルシアたちを見下ろしている。


 その姿に、メリクは思わず見とれてしまった。真っ白い肌に長い耳は白精族の特徴だ。


 金に輝く長髪はウェーブしており、上品さを強く演出している。またその女性自身もおっとりとした目をしており、優しそうな雰囲気が感じられた。


 応援にきてくれた冒険者だろうか。そんなことをボウっと考えてしまう。


 だが彼女を見たレッドとオボロは、すばやくルシアの側へと移動した。


「ヘル……ミーネ……!」


「………………え?」


 ヘルミーネ。メリクも聞いたことがある名前である。むしろ冒険者であれば、誰もがよく聞く名前の1つだ。


 だがその悪名と目の前の女性の雰囲気があまりにもかけ離れているため、すぐにそれが該当の人物だと繋がらなかった。


 ファルクランク0、海賊聖女と呼ばれるヘルミーネとは。


 そして。彼女のすぐそばに、突如として大型魔獣が姿を現す。


 それは小型の陸上船とほぼ同じサイズをした、イノシシ状の魔獣だった。

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