第36話 賊討伐レース……?
「……ルシア。この辺りで一度とまってくれ」
「オボロ……?」
ルシアたちはすでに賊が潜伏していると言われている地区に到着していた。
速度を落として〈ウェルボード〉で飛んでいたが、ここでオボロはとまるように指示を出す。
リメイラも含めた4人はその場で停止すると、ボードから足を離した。
「すこし先に、集団の足跡らしきものを見つけた」
「ほんと!?」
「ああ。ここからは慎重に行こう。ボードも一旦この辺りに置いておきたいが……」
「お! ならあそこの岩影なんかがいいんじゃないか? ほら、岩の形といい、目印にちょうどいいだろう?」
ルシアたちは岩陰にボードを置くと、あらためて周囲を警戒する。そしてオボロが見つけた足跡らしきものがある場所へと移動した。
「これは……」
「まだ新しいな。この辺りは新米がよく来るところだし、賊のものだと決まったわけではないが……」
「ときにリメイラさんよぉ。賊の目撃情報はいつくらいからあったんだ?」
レッドはリメイラに視線を向ける。彼女はなにかを考えこむように口を開いた。
「賊自体は、毎日のように目撃情報が来ています。この近辺で新米冒険者をターゲットにした賊が集団でいついているという報告も、以前からいくつかあげられていました」
いくつかの情報を精査した結果、ギルドは特定の賊がここを縄張りにしていると断定。そしていずれかのファルクに指名依頼を出す判断を下した。
「で、俺たちに依頼を出したと……」
「はい。わたしも詳しい経緯は知りませんが、この辺りは新米以外はあまり寄り付きませんから。おそらく……」
「結成したてのファルクに回すにはちょうどいいと判断したのか」
そもそもこの辺りを根城にしているという時点で、賊のレベルも大したことがないとわかる。
わざわざ高ランクのファルクを送りこむ理由もない。彼らは彼らで、そのランクにふさわしい仕事をしているからだ。
メリクファミリーはその時、懇意にしているギルド職員からルシアへの指名依頼の話を聞いたらしい。そこで彼は共闘を提案したそうだ。
オボロはリメイラの話を聞きながら、あらためて今回の依頼について考えていた。
(ファルクの共闘自体は珍しくない。今回はメリクから提案したそうだが……ギルドにとっても渡りに船だったのだろうな)
ギルドから見てもルシアは特別な存在だ。冒険者に危険はつきものだが、今の段階で死なれるのも困るはず。
はじめからどこかのファルクとの共闘させることを検討していたのだろう。
(どちらかと言えば、気になるのは賊の方だ。マルセバーン近郊……いや、町中に拠点を作っている賊もいるが。彼らはギルドから懸賞金をかけられたり、討伐依頼が出ることを警戒している……)
魔獣大陸には毎日のように、いろんな者たちが入り込んでくる。素人に毛が生えた程度の者が徒党を組むこともめずらしくはない。
だからこそギルドも定期的に賊討伐の依頼を出す事態になっている。
(……まぁこの辺りを根城に選ぶくらいだ。やはり考えすぎか)
そう考えながら静かな足取りで足跡を追う。すると岩肌をくりぬいたかのようなスペースを発見した。
「これは……!?」
「火のあと……散らばっているのは魔獣の骨だな」
「誰かがここで、食事をしていた……?」
オボロはあらためて周囲を観察する。賊のアジトの一つなのかはまだわからない。
しかし落ちている骨には肉がこびりついており、まだ腐ってはいなかった。
「どうするよ、オボロ?」
「……正直、これだけではまだなにもわからないな。リメイラ、今回の賊は10人くらいの規模だったな?」
「はい。寄せられた情報からそう解析しています」
その情報がギルドに伝わり、自分たちがこの地にくるまでタイムラグもある。その間に人数が変わっている可能性も考えられる。しかしやはり判断材料に乏しい。
気づけば日はすっかり真上へと上がっていた。すでに後発のメリクたちも周辺地域を探索している頃だろう。
「……ルシア。一度この辺りで昼食を取ろう」
「え……」
「マグナたちも追いついてくるだろうしな。それに周辺で食事の匂いが拡散しにくい場所も限られている。この辺りはいかにも新人が飯を食うのに適していると思わないか?」
冒険者は食事を取る際にいくつか気をつけていることがある。それは食事の匂いだ。匂いは時に魔獣どもを呼び寄せる。
それを利用した罠もあるが、船を持たない冒険者の多くは乾燥した食料を持ち歩いていた。
遠征ではなく、日帰りで活動している冒険者の多くは乾燥食料を持ち歩いている。今のルシアたちも同様だ。
「なるほど……。わたしたちはとくにここで調理するわけではないけど。どこかで食事を取る新米冒険者を見ている賊がいる……?」
「……かもしれない、という程度のものだ。どちらにせよ取れる時に昼食は取っておいた方がいい」
「そうね」
ルシアたちはその場で座り込むと、乾燥させた肉や野菜を木製のお椀に入れる。そこに水を入れた。
「それじゃ、あっためるわよ。…………」
ルシアは杖を握りながら目を閉じる。するとお椀に入った水の中で、小さな光球が生まれた。
あっという間に水がお湯になったところで、光球は姿を消す。
「……見事な魔力制御ですね」
これを見ていたリメイラが感嘆するようにルシアを褒めた。いま見せた彼女の魔力制御が、とても素晴らしいものだったからだ。
「冒険者になるために修練を積んできたのだもの。当然だわ」
「はっは! それでもマスターの年齢で、ここまで緻密な魔術を扱えるものはそうそういないけどなぁ!」
食事を進めながら、今後の予定を立てていく。
まずは夕方まで周囲の探索を行い、賊を探す。見つからなければ暗くなる前に町に戻るという方針で固まった。
「マグナたちと合流できるかしら……」
「合流できずとも、どちらにせよ夜にはラングの店で落ち合うことになっている。それにあの2人ならだいじょうぶだろう」
ある程度食事を終えたところで、リメイラはそういえばと口をひらいた。
「あのお二人はいったい……? ルシアファミリーの協力者だとはお伺いしておりますが」
「そうよ。基本的にはどこのファルクにも所属していないフリーの冒険者なんだけど……」
「まぁ2人には2人の事情があるからなぁ。だがこの地にいる間は、ルシアファミリーに協力してくれることになっているな」
魔獣大陸に来たばかりの無名の冒険者など、この地には掃き捨てるくらいにいる。
だが結成以来ずっとルシアファミリーと協力していることもあり、ギルドもすこし注目していた。といっても、2人がなにか特別な存在だとは思っていない。
この地に流れついたばかりの冒険者であれば、ルシアとしても下手な冒険者と協力するよりやりやすいと判断した。これも簡単に想像できることだ。
昼食を終え、ルシアたちは立ち上がる。そして再び荒野を歩きはじめた。
「うぅん……こうも賊が見当たらないと、メリクたちに先越されていないか不安になるわね……」
「負ければ1ヶ月、報酬が1割減だからな」
「わ、わかっているわよ」
メリクは旧グランバルクファミリー系列のファルク出身だが、ルシア自身はこれまで一度も会ったことがなかった。
偉大なるおじいさま、その直接の部下だったわけではないのだ。なにを狙っているのかわからない、あやしい冒険者の1人に過ぎない。
「……まて」
ここでオボロは足を止める。レッドも真剣な表情で静かにしていた。
「……どうしたの?」
「音が聞こえる……これは……だれかが戦っている……?」
「え……?」
全員口を閉じ、耳に意識を集中させる。するとたしかに、すこし離れた場所から何かがぶつかり合うような音が聞こえていた。
「あっちか」
「どうする、マスター?」
「……行きましょう。もしかしたらメリクが賊と戦っている可能性もあるわ」
■
「おらぁ!」
メリクたちは賊と交戦していた。この地に来てわりとはやい段階で賊のアジトを発見していたのだ。
「だぁ! 数が多い!」
「聞いていた話とちがうな……!」
「メリク!」
「まかせろ!」
賊は20人は超えていた。だが魔力持ちは少ない。対してメリクたちは5人とギルド職員が1人だが、全員が魔力持ちである。
しかも1人が魔術を行使できる〈月〉属性であり、他の4人は身体能力を強化できる〈空〉属性だった。
これはかなり珍しい組み合わせになる。魔獣大陸に限定すれば、魔力を持つものはそれなりに数がいる。
この地ではいろんな背景を持つ者が外大陸から渡ってくるし、また魔力持ちもここで代を重ねるからだ。
つまり大国と比べて、強い魔力を持つ血筋の血統コントロールしてきていないのだ。
極端に強い魔力を持つものは少ないが、そこそこ程度の魔力を持つものならば割といるのである。
そして魔力属性は〈無〉属性を持つ者が一番多い。種族差もあるが、次に多いのが〈空〉属性である。
〈月〉属性1人に〈空〉属性4人というのは、魔力の強さはともかく珍しい組み合わせであることはまちがいない。
「つぉらあぁぁ!」
メリクも身体能力を強化し、剣を振り抜く。賊は身体を大きく斬られ、その場に倒れた。
「これで最後か?」
「だな! おいカルク、ちゃんと確認したかぁ?」
「ああ。見事だったな」
カルクはメリクファミリーの見届け人としてギルドから派遣された男性職員である。
彼はメリクたちが20人を超える賊を倒したことを、しっかりと見届けていた。
「マスター、よかったのかぁ? ルシアに花を持たせなくてよぉ」
「けっ! これで少しは俺たちのファルクを見直すだろうぜ」
相手の出方次第では、1ヶ月の罰ゲーム期間も免除してやるか……。メリクはそう考えていた。
もちろんルシアと親交を深め、遺産のおこぼれを授かりたいという下心はある。
だがかつて憧れた大冒険者の孫というのは、並の冒険者たちからすれば大きなブランド力があった。
単純に長く付き合っていきたいとも考えているのだ。
なにせ2人ともまだ若いマスターだし、魔獣大陸で冒険者を続けていく以上、これから何度も顔を合わせる機会もあるだろうから。
「とりあえずこの洞窟が賊のアジトだったんだろ? 中に誰か残っていないか、確認に行こうぜ」
「だな。まぁこれだけ騒いでいたんだ、もう中に人は残っていないだろうが……」
しかし新米ファルクから奪い取った魔道具や武具を保管している可能性もある。また若い女冒険者が捕まっていることも考えられる。
そう考え、メリクファミリーの1人が洞窟の入り口に近づいたときだった。
「……んぇ?」
気の抜けたような声がその口から洩れる。
その冒険者の顔は、鼻から上がきれいに切断されており、顔の上半分が宙を舞っていた。
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