第35話 メリクくんから遺産の話を聞きました。

「えぇと……けっこう東の方向だな……」


 賊はマルセバーンから見て東の荒野に潜伏しているようだった。


 なんでもその辺りは新米冒険者たちがよく狩りにいく地域らしく、賊は新人狩りを繰り返しているらしい。


 たぶんその場所に限らず、いろんなところに賊はいるんだろうな……。とりあえず俺たちは該当地域で賊を探すことになる。


「でもでも! アハトもマグナもすっごく目がいいし! 賊なんてすぐ見つかるんじゃないの?」


「ま、たしかに俺もかなり目はいい方だが。アハトはまた別次元だからなぁ……」


「フ……周囲に潜む魔獣の数と位置も把握できていますよ」


 なんでも見える便利なおめめですこと……。


『ギルドからの情報だが、賊は10人に満たないという話だったな?』


「ああ、そう言っていたな」


『ふむ……』


 リリアベルがなにか考え込むような声をもらす。


「どしたよ? なにか気になることでもあんのか?」


『いや……賊の目撃情報がある程度集積されたからこそ、討伐依頼がきたのはわかるのだが。賊も同じ場所で活動し続ければ、いずれギルドの依頼を受けたファルクが討伐にくると理解していただろうに……と考えると、すこし違和感を覚えてな』


 はっはぁ。なるほどねぇ。まったく……勉強ができるタイプの奴は、深く考え込むんだよなぁ。


「そんなの簡単だぜ?」


『いちおう聞いてやろう。言ってみるがいい』


「賊がそこまで考えているわけねぇだろ! そもそも新米冒険者が多く向かうイージーな地域なんだろ? なら新米の賊もそこに行く! それだけのことだって!」


 先ほどのルシアの話を思い出す。


 賊はおそらく、冒険者と比べて魔力持ちの割合が少ない。そんな奴が危険な魔獣大陸でアジトを作れる場所なんて限られている。


 すなわち、新米冒険者がよく向かう土地。生息する魔獣の脅威度も低い場所だ。


 魔獣大陸北部、とくにマルセバーン近郊はもともと大した魔獣はいないという話だが。たぶん賊どもも下手に南方には行けないんだ。


『なるほど。賊の知能がお前並だと仮定すれば、十分にあり得る仮説だな』


「だろぉ! ……ん?」


「リリアベル、マグナ、リュイン。後ろからメリクファミリーが向かってきています」


 リリアベルの物言いにディスられた気もしたが、新たな人物の登場で意識を切り替える。


 後ろを振り返ると、ものすごい速度でメリクたちが飛んできていた。全員もれなく〈ウェルボード〉に乗っている。……うらやましい。


「はっはぁ! なんだ、お前たち! ルシアに置いて行かれたのかぁ!?」


 メリクたちは俺たちに追いつくと、速度を落とした。全員ニヤつきながら俺たちを見ている。


「やっぱりなぁ! 初めて見たときから、お前は魔力を持っていねぇと思っていたぜ! ……そっちの美人はどうか知らねぇがよ」


 そういうとアハトに視線を向ける。どこでも注目を集めるねぇ……。


「ま、俺たちはもともとルシアファミリー所属の正規冒険者ってわけでもねぇしな。あくまでフリーだよ」


「それでファルク結成以来、ずっと手伝っているってか? ……なにが狙いだよ、お前ら?」


 ここでメリクははじめて探るような目つきで俺を見てきた。なんだってんだ……?


「狙い?」


「とぼけんなよ。ルシアの持つ、グランバルクの残した遺産のありか……その情報を狙ってんだろぉ?」


「…………遺産?」


 なんの話だ……? これまでルシアとの会話で、遺産がどうのとかいう話は出たことがない。


「おいおい、白々しいねぇ! 数多くの新遺跡を発見したグランバルクだが、その割にギルドに渡したオーパーツは少ない……。それに腐るほどの魔獣を卸し、それで得た金の一部は金塊に変えていた。それらはギルド未提出のオーパーツと共に、今も魔獣大陸のどこかに眠っている……冒険者ならだれもが一度は聞くうわさだろぉ?」


 初めて聞いたわ! なにそれ、すっげぇ冒険者ドリームを感じる話だな……!


「その話、くわしく教えてくれ!」


「……あぁ?」


 メリクの話によると、グランバルクの隠し財産というのは昔から魔獣大陸にいる冒険者……中でも旧グランバルクファミリー所属だった者はだれもが知っている話らしい。


 彼は当時の冒険者トップだ。当然、莫大な富が集約していたことも想像に難くない。


 また遺跡からは時折オーパーツというものも見つかっており、いくつかはギルドに渡さずに自分たちで使用していたとか。


 しかしグランバルクの死後、金もオーパーツも予想していたほどは出てこなかったそうだ。ファルクの一部には、いまも彼の遺産を探している者もいるとか。


「……んで、ルシアならその遺産の場所を知っていると?」


「そぉだよ! お前……本当になにも知らなかったのか……?」


「ああ。俺たち、ここに来たのはつい最近だし」


 隠し財産が本当にあるのかは不明だが、実在していると確信している者は結構いるらしい。


 やはり冒険者、夢を追いかけるものなのか……と思っていたが、これにもちゃんとした理由があってのことだった。


「船ぇ?」


「そうだよ。グランバルクファミリーの旗艦〈サイレイウス〉。グランバルクはその対となる船を作っていた。だがその船は今も見つかっていない」


 どうやらグランバルクは旗艦と同等の船をもう一隻保有していたらしい。ところがその船は今もどこにあるのか不明。


 つまりその船のある場所に、彼の隠し財産もあると考えている者が多いのだ。


「お前ら、ルシアからなにか聞いていないのかぁ? ファルクを結成したんだ、船を取りに行くはずだろぉ?」


「……聞いてないな」


 むしろルシアは、自らファルクを成長させていつか船を手に入れると考えていた。


 すでにもっています……という風ではなかったな。


(だがなんとなく、ギルドがルシアファミリーを認可した理由が見えてきたな……)


 なにも確証はないが。ギルドもグランバルクの遺産を狙っている……? 


 ルシアを泳がせるつもりなのか、あるいはルシア本人と交渉したのか。


 いずれにせよ夢はあるが、俺たちに直接関係する話ではないな。まぁ彼女が注目される理由の一つがまた明らかになったけど。


「お前こそ、元グランバルクファミリーだったんだろ? それなのに知らないのか?」


「ぐ……! ふん、傘下のファミリーにいただけだ。旗艦〈サイレイウス〉には乗ったこともねぇよ」


 メリクはもともとグランバルク傘下のファルクに所属する冒険者だったが、数年前に独立したらしい。


 マスターとして地道に実績を積み重ね、今はファルクランク3になったとのことだった。


「ランクはまだ詳しく理解できているわけでもねぇけどさ。3ってのは、実際どうなんだ? 船を持っているわけでもないんだろ?」


「ちっ。本当になにも知らない新参だったのかよ。ランク3というのは、駆け出しファルクの中では最上位に位置するクラスだ」


 メリクは口はわるいが、いろいろ親切に教えてくれた。


 どうやらランク1~3は下位ファルク、4~5が中位ファルク、6以上が上位ファルクとして認識されているらしい。


「4以上に上がるには、いろいろ条件があるんだよ。大陸中央部や南部での活動実績だったり、ギルドからの依頼をどれだけこなしてきたか……とかな」


「へぇぇ……」


 駆けだしファルクが勢いと日々の活動で上がれるのは3まで。マルセバーン近郊で活動し続けても到達できる。


 だが4以上に上がろうと思えば、ベテランファルク相応の経験と実績を求められる。つまりマルセバーンから離れ、より危険な魔獣が生息する地域での活動実績だ。


 ルシアがさっき、メリクのファルクを下位だと挑発していたが。


 つまりランク4に挑戦できる位置にいるのに、マルセバーンで活動していることを揶揄していたのか。


「実際、なんでマルセバーンから出ていかないんだ?」


「けっ。いろいろあるんだよ。第一、一流ファルクでもマルセバーンに拠点を持っているところは多いんだ。なにもおかしな話じゃねぇ」


 まぁたしかに。マルセバーンは魔獣大陸の玄関口だし、ギルド本部もあるからな。大手ファルクほど、事務所を構えているものだろう。


 ここで口を開いたのは、メリクファミリーの1人だった。


「はっは。メリクはなぁ、ずっとルシアが心配で、マルセバーンから出なかったんだよなぁ」


「はぁぁ!? おい、適当言ってんじゃねぇぞ!?」


「隠すなよ。憧れていた大冒険者の孫だ、自分と同じファルクのマスターになって喜んでいたじゃねぇか」


「喜んでねぇし! おい、お前! こいつの言うことを本気にするなよ!」


 メリクの仲間たちは仕方ないというように笑っている。


 ああ……なるほどね。つまりメリクは、グランバルクに憧れていたと。


 その孫であるルシアがファルクを立ち上げたことで、同じマスター同士協力関係を結びたかったんだな。


 ……いや、わからんわ! ルシアに対して、ぜったいなにか含みがあると思ってたわ! 


 ……今もその可能性が消えたわけではないんだけど。


「ふん! もういい、行くぞお前ら!」


「はいよ、マスター」


 そう言うとメリクたちは一気にスピードを上げて先へと向かった。


 新米の俺たちに対していろいろ親切に教えてくれたし、わるい奴ではないんだろうなぁ……。


「まぁいいや。俺たちももうすこし速度を上げるか」


「ゴーゴー!」


 隠し財産については、なにかの折にルシアに聞いてみてもいいかな。


『ふむ……オーパーツ、か……。強い好奇心と興味をそそられるワードだ』


 そういやそれが何を指すのか、今いちよくわからなかった。


 魔道具とはまた別……だよな? まぁこの辺りも、ルシアに聞いてみたらいいだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る