第34話 指名依頼の裏で動くもの
「さぁ! みんな……! なんとしても勝つわよ!」
「はは……まったくマスターはとんでもないことを言ったもんだなぁ!」
だがレッドはどこか楽しそうにしている。勝負ごとがきらいではないのかもしれない。
「リメイラさん。アレは用意してくれているのかしら?」
「はい。あちらに……」
リメイラさんについていくと、壁に6枚の板が立てかけられていた。
よく見るとボード状に加工されているな。ところどころ、魔晶核らしき物体が嵌め込まれているのも確認できる。
「ルシア。これは……?」
「これは〈ウェルボード〉。高価な魔道具なのだけれど、今回はギルドからの指名依頼だったし。レンタルという形で用意してもらったのよ」
ルシアは〈ウェルボード〉の説明をしてくれる。
この板の上に乗って魔力を通すと、地面からすこし浮いた状態で飛べるらしい。
そして体重移動でボードの傾きを調整すれば、そこそこのスピードを出しながら大地を駆けられるということだ。
「実際に見せてやろう。こんな感じだな!」
そう言うとレッドは板の上に両足をセットする。足は金具で固定される仕組みになっていた。
そして魔晶核がぼんやり光ったかと思えば、板は宙に浮く。
「おお!」
その状態でレッドは身体を傾ける。すると板はゆっくりと進みはじめた。
「すげぇ! たのしそう!」
「使用中は魔力を消耗し続けるからな。そこそこ魔力を持っている奴じゃないと使えないんだぜ。しかも保有しようにも金がかかるから、こいつを人数分そろえているファルクはなかなかない」
王都でも見たことねぇもん! まぁ外大陸と魔獣大陸では、魔道具に対する認識や価値がまたちがいそうだけど。
『なるほど……エアボードみたいなものか。空中に物を浮かせる魔術や魔道具の応用だろうが……便利なものだな』
リリアベルさんが久しぶりに声を出す。それくらい興味のある魔道具だったのだろう。
気づけば最近のリリアベルは、魔道具コレクターになっているからな。
「リュインは誰かに掴まっておいてもらうとして。マグナとアハトの魔力なら十分使いこなせるはずよ。さぁ、行きましょう!」
そう言うとルシアとオボロ、リメイラさんも板の上に両足をセットする。
だが俺とアハトはその場に立ったままだった。
「…………? どうしたの、2人とも?」
「いや、どうしたと言われてもなぁ……」
「フ……。わたしたちは魔力を持っていませんので」
「………………? え? でもこれまですごい動きで魔獣を狩ってきたじゃない?」
アハトもなにが「フ……」なのかわからないが、魔力を持っていないことは事実だ。
つまり俺たちではこの魔道具〈ウェルボード〉を使うことができない。
く……! めちゃくちゃ乗りたいのに……!
オボロはなにかを考えるように、むずかしい顔をしながら口を開く。
「いや……たしかにこれまで、2人が魔力の気配を漂わせたことはなかった。おそらく事実なのだろう」
「え……ええぇぇ!?」
どうやらルシアは、俺たちが魔力で身体能力を強化しながら魔獣と戦っていると思っていたようだ。
「で……でも。マグナはともかく、アハトはどう見ても生まれがよさそうなのに……?」
「おい」
「生まれはいい方ですが。ないものはないのです」
「いい方なんかい」
これはあれだな。いつものアハトの生まれが高貴な貴族だと勘違いされているパターンだ。
……いや、だから! 生まれで言えば、俺の方が高貴だっつうの!
「ど……どうしましょう。ウェルボード無しだと、移動にかなりの時間がかかってしまうわ……」
「ではこうしましょう。ルシアたちは先行してください。わたしたちはあとからしっかりと追いかけますので」
「えぇ……?」
まぁそれが無難かな。全速で走れば、ウェルボードと比べてもそこまで遅くはないと思うが。
その身体能力をここで見せていいかはまだ微妙なところだ。
(魔力がないのに、魔道具と同等の速さを!? 一体なにものなんだ……!? というのもわるくないが。ギルド職員の目もあるし……な)
どうもルシアを巡って、いろんな思惑が走っていそうだし。
それに俺の勘が囁くのだ。今はまだその時ではない……と。
「まぁたしかにマグナたちなら、足もそこそこ速いしなぁ。これまでの魔獣との戦いでも、そこは十分にわかっている」
「そうだけど。でも体力の限界もあるでしょ……?」
「まぁボチボチ追いかけるよ。……ギルドの見届け人がつかないのに、分かれて行動する分には問題ないのか?」
リメイラさんはルシアファミリーの見届け人だ。二手に分かれてもいいのだろうか……と思ったが、彼女は首を縦に振った。
「はい。マグナさんたちはあくまでルシアファミリーの助っ人ですから。功績はルシアファミリーのものとしてカウントもしますが、ギルドが支払う報酬はあくまでルシアファミリーに対してです。今回の依頼、ギルドからマグナさんたちに払う分は一銭もありません」
あくまでルシアが雇った助っ人扱い。報酬を望むのなら彼女からどうぞ……というスタンスか。
まぁこれまでもそうしてきたし、わかりやすいな。
これも冒険者個人の評価が、ファルクへの評価より重視されていないからこそだろう。
やっぱり魔獣大陸は、ファルクという組織でないとギルドからの恩恵をほとんど受けられないようにできている。
そんなわけで、俺たちはあらためて賊の潜伏場所と思わしき場所を教えてもらう。
ルシアたちとその辺りで合流すると決めたところで、リメイラさんを含めた4人はさっさと飛んでいった。
「おお……なかなかの速度だな」
「いいですね。リリアベル、エアボードは作成できますか?」
『可能だ。しかし時間がかかる。まぁ作っておくから、気長に待っておけ』
「ねぇねぇ! わたしたちもはやく行きましょうよ!」
リュインにせかされる形で、俺たちも大地を走りはじめる。
だが本気は出さない。帰りのことも考えると、体力は温存しておきたいからだ。
「フ……マグナ。わたしがお姫様抱っこで担いであげてもいいですよ?」
「どーーーーしても疲れたらお願いするわ」
たしかにその方が速いけど! 格好がつかねぇ……!
■
かつて数多くの冒険者たちをまとめ上げていた偉大なるマスター、グランバルク。
彼の死後、ファルクは解散となり、そこから独立する形でいくつもの新たなファルクが生まれた。
だがそのすべてが真っ当なファルクだったわけではない。中には略奪行為を中心に行うファルクもあった。
いわゆる海賊ファルクと呼ばれるようになった者もいる。そしてここ魔獣大陸でだれもが知っている海賊がいた。
「まさか〈海賊聖女〉が暗躍していただなんてねぇ……」
ダインルードファミリーのカミラは一枚の紙を眺めていた。そこには情報屋から回ってきたばかりの情報が記載されている。
「〈海賊聖女〉……かつてグランバルクファミリーにおいて、マスターダインルードと双璧をなしていた方ですね」
「フフ……そうとも言われているわね。実際はもう一人いたけど……」
グランバルクファミリーから独立し、今もその名をとどろかせている大手ファルクは少ない。
だがダインルードと〈海賊聖女〉ヘルミーネの名は、今も広く知れ渡っていた。
ユンは眉をひそめながら口を開く。
「しかし彼女が、マルセバーン近郊まで来ているとは……」
「普段の縄張りはもっと大陸南方ですものね。おそらくは……」
「ルシアファミリーを試しにきた……?」
海賊ファルクの中で最も大規模な組織は〈ヘルミーネファミリー〉である。
彼女はギルドランクも0であり、ファルカーギルドとしても手を焼いているファルクだった。
なにせ通常の海賊どもとちがい、その活動範囲は大陸南方……つまりある一定以上の実力者しか踏み込めない領域にいるのだ。
新人や下位ファルクを狙う海賊とはわけがちがう。
またその実力も本物であり、下手なファルクでは討伐に向かっても返り討ちに合うだけである。
犯罪者を寄せ集めたそこらの海賊ファルクとは質がちがう。こうした理由もあり、ギルドとしても討伐依頼を出すのが難しかった。
「どうしてギルドがルシアちゃんに指名依頼をしたのかと思えば……」
ダインルードファミリーは魔獣大陸にいくつか拠点を持っているが、今はマルセバーンにいる。そしてここにはギルド本部もある。
大手ファルクの一角であるダインルードファミリーは、ギルド内にもいくつか伝手を持っていた。
そこから情報が回ってきたのだ。ギルドがルシアファミリーに指名依頼を出したと。
まだ結成して間もないファルクに指名依頼を出す。内容は賊討伐だし、ないことはない話だが、そのマスターがルシアとなるとまた話は変わってくる。
いろいろ邪推してしまうというものだ。
(ギルドなりに考えた、将来に向けた先行投資という意味合いかと思っていたのだけれど……)
しかしたった今、回ってきた情報でその線は消えた。
ルシアに指名依頼がいったのは、はじめから仕組まれていたことなのだ。
「さすがは〈海賊聖女〉……どういう手品を使ったのかしらね? どう考えても、ギルド内に通じている人がいるでしょ?」
「それも普段は大陸南部にいるのにも関わらず……ですからね。政治手腕も健在ということでしょうか」
ルシアはただの賊討伐だと考えている。だが実際には〈海賊聖女〉がなにか罠を張って待っているのだろう。
その目的まではわからなかったが、彼女の苛烈な性格を知っている身からすれば、もろ手をあげて歓迎するわけではないと理解できていた。
「あぁヤダヤダ。たぶんかつての主の孫を試したくて仕方ないのよ。さすがにルシアちゃん、まずいんじゃないかしら?」
「主人公の危機……ですか?」
「物語の主人公に危機はつきものよぉ。で・も。危機というのは、適切な時期に適切な危機であるべきなのよ。ルシアちゃんに海賊聖女はまだはやいわ」
はぁ……と、カミラは溜息を吐く。最近のルシアの動向を追うのは、カミラのひそかな楽しみになっていた。
〈ラブルド種〉の危機を払いのけた彼女は、まだまだ主人公としての物語と成長を見せてくれるものだと期待すらしていたのだ。
「海賊聖女は今も南方でグランバルクの隠し財産を探しているみたいだしぃ。ルシアちゃん、ありとあらゆる拷問を受けて、口を割らされるでしょうねぇ……。はぁ……これでルシアちゃんの物語も終わりかしら……?」
「物語というのは、1人で紡ぐものではあるまい」
「っ!?」
不意にユンとは別の声が響く。それはどこか威厳を感じさせる、低い男性のものだった。
カミラもユンも、その声の主をよく知っている。
「あ……! あなたは……!」
「研究がひと段落ついたかと思えば、随分と楽しそうな話をしているではないか。どれ……我もかつてマスターと仰いだ男の孫がどれだけ成長したのか、久しぶりにその顔を見たいと思っていたところだ。カミラ、船の準備をしろ」
「…………! ええ、マスター! よろこんで!」
そこにはマスターダインルードと、ダインルードファミリー幹部である3人の精霊が立っていた。
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