第33話 ちょっとした勝負が発生しました。

 この魔獣大陸には、もともと賊の類はめずらしくないらしい。そもそも賊と紙一重なファルクも無数に存在しているとのことだ。


「中でも多いのは、外大陸で犯罪を犯して魔獣大陸に逃げてきた連中ね。ほとんどは冒険者になってどこかのファルクに雇ってもらうんだけど……」


 さすが自由の大陸。実力があれば過去は問わないという姿勢が素晴らしい。


 まぁ全部のファルクがそうだというわけじゃないだろうけど。


「当然、冒険者としての実績がない彼らは、下働きからスタートする者が多いわ。よっぽど優れた魔力を持っているとかでもない限り、ね」


「ああ、なるほど。そんなのやってられっかという奴らもいるわけだな」


「そうなの」


 そうして賊予備軍が増えていく、と。ここは法の支配の及ばない土地だし、好き勝手する者もいるのだろう。


「ファルクの中には、治安維持活動を中心に行っているところもあるわ。ギルドからそれ系統の依頼を中心に受注していたりしてね」


「前にも言っていた、ファルクそれぞれの特色だな」


 アリアシアのように未発見の遺跡調査を中心に行うファルクもあれば、輸送護衛を中心に活動しているファルクもあると話していたな。


「でも他のファルクからの略奪を目的とした海賊ファルクもいるわ」


「え!? それ、アリなのか!?」


 つまりファルクが狩った獲物を狙うファルクということだ。すげぇ……さすが無法地帯……。


「もちろんナシよ。そうしたファルクはだいたい他のファルクから目の仇にされるもの。だからこそほとんどは、証拠を残さないように活動しているんだけどね」


 活動っていうか……まぁ略奪のことだよな。


 一度海賊認定を受けると、問答無用でファルクランクは1になるらしい。また略奪の程度により、ファルクランク0……つまり除外対象にもなり得るとか。


 当然、そうしたファルクにはまともな冒険者が寄ってこない。そもそもファルクとは名ばかりの盗賊集団だからだ。


 しかしそういうファルクでしか活動できない者たちもいる。それが……。


「さっき言っていた、下働きに馴染めない犯罪者どもか……」


「ええ。そうした者たちは、好んで海賊ファルクに所属しているわ」


 無法だからこそだろうな……。まともなファルクにせよ、べつに無理して海賊どもを狩りに行く必要がない。海賊狩りにもコストがかかるからだ。


 だれもタダでリスクを背負ってまで賊を狩ろうとは考えない。


 結果、放置される海賊どもも出てくる。下手に高ランクファルクを狙わない分、しぶとく生き残っているファルクも存在しているのだろう。


「もちろんギルドは海賊どもを良しとしていないわ。駆け出しファルクの成長を阻害しているし、安定した魔獣素材の流通にも影響が出かねないもの」


「しかし善良なファルクが自発的に海賊狩りをするわけでもない。だからこうして指名依頼で、討伐してこいと言われる……と」


 俺たちは町の外を目指して歩いていた。これから町を出て、海賊の拠点があると思わしき場所へと向かうのだ。


「事情は理解できたけどよ。それを結成してまだ10日くらいの新参ファルクに任せるもんなのか?」


「うちにはレッドとオボロがいるもの。2人ともグランバルクファミリーでは、それなりに名の通った冒険者だったのよ」


 そう言うとルシアは2人に視線を向ける。レッドはいつもどおりいい笑顔を見せてくれた。


「おう! 賊討伐はもちろん、ファルク同士の抗争も何度も経験しているぜ!」


「あの時代は今よりも抗争が多かったからな……」


 なるほどねぇ。ギルドとしても、この2人がいれば賊にも対処できると考えたわけか。


 なんにせよ今日は魔獣狩りではなく、賊討伐というわけだ。たまにはこういう仕事もいいだろう。


 そう思ったときにはすでに町の外に広がる大地が見えていた。進路上には見慣れない集団がたむろしており、俺たちを見ている。


 そいつらの1人の顔を見て、ルシアは眉をひそめた。


「よぉルシア! 遅かったじゃねぇか」


 その男は見た目20代半ばといった感じだった。いかにも冒険者といった装いだ。それが全部で6人いる。


 だが1人だけ冒険者ではなく、事務員っぽい服を着ている女性がいた。


「……メリク」


 メリクと呼ばれた男はニヤつきながら口を開く。


「それじゃ、いこうか? 賊討伐によぉ」


「……どういうこと、リメイラさん? わたしはメリクファミリーとの共闘を断ったはずよ」


 ルシアは事務員っぽい服を着た女性に視線を向ける。彼女も困った表情で口を開いた。


「はい、そう承っております。ですが……」


「おいおい、ずいぶんとつれないじゃないか。ルシアよぉ。レッドさんとオボロさんがいるとは言え、たった3人にどこのだれとも知れない輩が2人だろぉ? お前のじいさんには世話になったんだ。俺が心配するのは当然じゃねぇか」


 なるほど……? たぶんこのリメイラさんというのは、ギルドの職員だな。


 ルシアは最初、目の前のメリクファミリーとの共闘を持ちかけられていたんだ。


 話ぶりからして、旧グランバルクファミリー系列のファルクに所属していたか、そこから独立したんだろうな。


 ルシアが断ったのは、それなりの理由もあるんだろうが……。


「特別に俺たちも協力してやるよ。レッドさんたちも、人数がいた方が安心できんだろ? 途中で魔獣が襲いかかってくるかもしれねぇしなぁ」


「……俺はマスターの意向に従うだけだ」


 つまりはルシア次第だと。半ルシアファミリーの俺たちも彼女の判断を尊重するつもりではあるが。


「何度も言わせないで。共闘は不要、わたしたちだけで十分な案件よ」


「冒険者の先輩として心配してやっている、この俺の優しさがわからねぇかなぁ。オボロさんからもなにか言ってやってくださいよ」


「……………………」


 これにオボロは無言を貫く。もともとそれほど口数が多いほうでもないけど。


「なにに警戒してんのかわからねぇけど。俺は純粋に、ルシアの応援をしたいだけなんだぜ? 共闘を通じて俺たちがどれだけ頼りになるファルクなのか、それをわかってほしいんだよ」


「……リメイラさん?」


「あ……あの……。最終的な判断はお二人で話し合ってほしいんですけど……」


 つまりギルドとしては、どうするかは2人で決めてくれというスタンスか。必要以上に介入しないようにしているんだろう。


「ただルシアさんのファルクはまだ実績がないのも事実です。メリクファミリーはファルクランク3ですし、そのノウハウを学ぶ機会になるとは思いますが……」


 マスターとしてファルクを引っ張ってきた実績はそれなりにあるということか。ランク3というのがどれくらいのポジションで捉えられているのかはわからないが。


 すくなくともランク1のルシアファミリーよりも高い評価と実績を積み重ねてきているのは間違いない。


 それにリメイラさんの言い方だと、やはり共闘自体はしてほしいのだろう。ギルドとしてもルシアは特別な存在だ。その安全を考えてのことだと思うが……。


(むしろ最初から、共闘することを前提として指名依頼を出したのかな? しかしルシアは依頼を受けたものの、何らかの理由から共闘は断ったと……)


 一方でリメイラさんの言い分もわからないでもない。


 ルシアにまだ経験が足りていないのは事実。メリクから学べる点もまったくのゼロではないだろう。……たぶん。


「……いいわ。それならこうしましょう」


「ん? なんだい、ルシア?」


「どちらが賊を狩れるか、競争するのよ。ルシアファミリーとメリクファミリーでね」


「………………。へぇ……?」


 ルシアは挑発的な笑みを浮かべる。それにメリクは正面から受けた。


「レッドさんたちがいるからって、ちょっと過信しすぎているんじゃないか?」


「メリクこそ。ランクが3とはいえ、しょせんは下位ファルク。共闘と言っているけど、ギルドから高い評価を受けたくて必死なんじゃないかしら?」


「はぁん……?」


 おお……挑発的だなぁと思っていたけど、ちがったわ。挑発しているんだ……! 


 そういやルシアと初めて出会ったときに言っていたな。舐められたら終わりだって。冒険者とは常にオラオラ系でいることを求められる職業なのかもしれない。


 このまま「先輩、よろしくお願いしますぅ~」という感じで共闘すると、この先ずっとメリクファミリーから格下扱いされると考えたのだろうか。


 大冒険者の孫として、そしていずれ最大規模のファルクを目指す身からすれば、耐えられないことなのかもしれない。


「く……くっく。そういうことならお望みどおり、競争といこうじゃないか。リメイラさんもいることだし、証人になってもらおう」


「構わないかしら、リメイラさん?」


「……わかりました。では今回の依頼は、2つのファルクによる競争とさせていただきます。勝敗条件の設定はいかがされますか?」


 ギルドとしても、このまま揉め事に発展するくらいならば競争させた方がいいと判断したようだ。


 まぁ最終的に賊を討伐できれば、課程はどうでもいいもんな。どちらが勝とうが、ギルドにデメリットはない。


「当然、先に賊を見つけて討伐した者の勝ちよ」


「いいぜぇ。同時に見つけていた場合や賊の拠点が複数あった場合は、討伐数で勝敗を決めようじゃないか」


 その他、賊の討伐数の他に賞金首を捕えた場合も勝敗要素に組み込まれることになった。


 どうやら名の知れた賊は、ギルドもその首に金を出しているようだ。


「了承しました。ではメリクファミリー側の見届け人として、もう一人職員をご用意いたします」


 リメイラさんはルシアファミリーの見届け人として同行する予定だったらしい。


 話し合いの結果、メリクは一度ギルドに立ち寄り、別の職員を連れていくことになった。


「先に向かっていて構わないぜ? 俺たちは全員、魔力持ちだからなぁ。どうせすぐに追いつけるだろうし」


「………………。ねぇメリク。もう一つ提案があるのだけど?」


「あん?」


 ここでルシアは不適な笑みを見せる。


「負けた方は明日から1ヶ月、ギルドからの報酬の10%を勝ったファルクに渡すというのはどうかしら?」


「…………ルシアよぉ。なに言ってんのか、理解できてんのかぁ?」


「もちろん」


 ファルクは基本的に、魔獣を売るにせよ依頼を果たしたにせよ、ギルドから報酬をもらう。


 今後1ヶ月、負けた方は報酬の10%を引かれ、その分は勝ったファルクの口座に振り込むというものらしい。


「いいぜ……! せいぜい恥をかかないように、レッドさんたちの言うことを素直に聞くんだなぁ……!?」


「……ふん」


 こうして突如として、賊討伐レースがはじまったのだった。

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