第32話 ギルドから指名依頼をもらいました。

 ザックはベンチから移動し、往来の壁に立っていた。そのすぐ後ろ、角を曲がったところでイルマも壁にもたれかかる。


 2人ともお互い姿がまったく見えないまま、騒がしい中で口を開いた。


「驚いたよ。まさか本当に接触しに行くとは思わなかった。それで? サインは?」


「……ああ、忘れていました。まぁ印象には残ったでしょうし、実質サインをいただけたようなものでしょう」


 イルマの顔からは、先ほどルシアたちに話しかけていたような明るさが消えていた。


 ザックはそのまま気になっていたことを質問する。


「……いつ観光業に転職したんだい?」


「本気で言っているのなら、先輩が左遷された理由にも納得がいきます」


「おいおい、勘弁してくれよ……」


 もちろんザックも本気で言っているわけではない。彼はそのまま自分の考えを述べていく。


「狙いはルシア嬢だろう? 本国は彼女を自国内に招き入れることを見越しているわけだ」


「その通りです。もちろん今すぐという話ではありません。ですが時が来てから誘致活動をしても、あやしまれるだけでしょう?」


「それで前もって魔獣大陸に乗り込み、観光業を行っていますよ……と実績作りにきたのか。凝ってるねぇ」


 ザックもルシアも、ディルバラン聖竜国の情報部に所属するエージェントになる。


 彼らは潜伏先でその身分を偽り、本国に情報を送るという任務に就いていた。


 もちろん仕事はそれだけではない。潜伏先での工作も含まれている。


 ザックはここで、なぜ今のタイミングになって本国が動き出したのかを考えていく。


「察するに……知っていたんだね? ルシア嬢が自らをマスターとするファルクを立ち上げるということを」


「ギルドの運営メンバーには本国からも人を送っていますから」


 ルシアという存在は、冒険者たちにとって特別だ。とくに元グランバルクファミリー系列のファルクであればなおさらである。


 しかしディルバラン聖竜国から見ても、彼女はまた特別な存在だった。もちろん冒険者とはまた違う理由でだ。


「ルシア嬢がファルクを立ち上げることを知った本国は、いずれ自国に招く可能性を想定した。そして観光業にカモフラージュして、自然な形で入国させようと考えているわけだ」


「そんな日が本当にくるのかはわかりませんが。今のところ、とくに彼女を支援するような指示もきておりません」


 つまり本国もまだ見定めている最中だということだろう。


 だがこれからの彼女の活躍次第では、積極的に関わりにいくことも考えられる。それだけの価値はたしかにあるのだから。


「ふぅ……殿下も厄介な宿題を残してくれたものだよ……」


「さて……。しかし本国では青竜公の台頭もあります。今すぐ彼女をどうするということはないでしょうが……」


「利用価値なしと判断されれば、邪魔になる前に……と考える可能性もある、か」


 ディルバラン聖竜国は、大国の中で最も歴史と伝統のある国だ。しかしそれは言い換えれば、それだけさまざまな柵に溢れた国とも言える。


 他国と比較して厳格な身分制度、竜魔族を上位種として崇める支配体制。そして数多く存在する貴族派閥。


 権力闘争も毎日のように起こっており、とくに今はいろいろややこしい時期でもある。


 そしてそれはルシアも決して無関係というわけではない。本国での情勢が、魔獣大陸における活動の変化に繋がる可能性は十分にあった


「お互いしばらく忙しくなりそうだね」


「仕方ありません。そういう生き方しかできないのも事実ですから」


 そう言うとイルマの気配が消える。ザックはゆっくりと息を吐いた。


「さて……今しばらく〈クライクファミリー〉のザックとして、見守らせてもらおうかな。放逐された王弟殿下グランバルク……その孫、竜魔族の血を引きしルシア嬢をね」





 5日後。この間、俺はいろいろ動き回っていた。


 具体的にはシグニールとノウルクレート王国の王都を行き来し、レグザさんに魔晶核を買い取ってもらっていたのだ。


 ディルバラン聖竜国に渡る金を作るためである。


 だが正直、これはアハトがいなくても問題ない。そこでアハトにはルシアを手伝ってもらいつつ、俺は単身で王都と行き来を繰り返していた。


 そして今日。久しぶりにルシアたちと合流し、朝からミーティングを行っていた。


「ギルドからの……指名依頼?」


「そうなの! できたばかりのファルクに指名依頼を寄越すなんて、ギルドもわかっているじゃない……!」


 完全にコネだな! 偉大なる大冒険者の孫というコネだ! 


 ルシアは冒険者としての実績が乏しくても、名前だけは界隈に知れ渡っているしな。


 ギルドとしても彼女に実績を積ませ、関係を強化したいと考えているのかもしれない。


 彼女と良好な関係を築いてギルドが得られるメリットはなにか。


 いくつか考えられるが、やはりグランバルクの孫としてこれから成長していく可能性というのも無関係ではないだろう。


 また将来、もし彼女がグランバルクに迫るファルクを作り上げたとき、良好な関係でなければ魔獣素材の供給に影響が出かねない。


 そんな思惑もありそうだな。全部想像の域を出ないけど。


「ところで……指名依頼とはファルクにとって、どういう意味をもつのです? 内容は?」


 アハトは話が進む前に、前提となる部分の確認を行う。


 たしかにそこの理解がないと、指名依頼を受けることによるメリットがわかりにくい。


「そうね……ギルドが認可を出したファルクは、単純にギルドからの依頼が断りにくいという事情もあるのだけれど。これに応えることで、いくつかメリットがあるのよ」


 まず1つ目。報酬がそこそこいい。


 船を持っていない中小ファルクからすれば、ギルドからの依頼はまとまった報酬が約束されているため、とてもありがたいものだそうだ。


 そういえばこの間、生きた魔獣を連れ帰ったときも結構な額が貰えていたもんな。


 あれは指名依頼ではなかったが、ギルドからの仕事をこなすことはファルクにとって、金銭的なメリットが大きいのだろう。


 これが指名依頼ともなれば、依頼をこなすのにかかった費用も、経費としてある程度までは請求できるらしい。


 金のやり繰りに忙しいファルクは、これだけでもかなりうれしいはずだ。


「2つ目だけど。ギルドの心象が良くなるわ」


 これも意外とバカにできない。評判や心象のわるいファルクに、ギルドは仕事を回さないからだ。


 指名依頼をいかにスムーズにこなすか。これもマスターとしての力量として評価されるらしい。


「そして3つ目。普段の魔獣狩りの活動に加え、こうした依頼に応えることでファルクランクが向上していくのよ」


 冒険者には個別のランクがない。しかしファルクにはランク付けがされている。


 ルシアファミリーはまだできたばかりだから、ファルクランクは1だ。


 このランクが上がることで、ファルクはいくつかの特典をギルドから与えられる。わかりやすいので言うと、一部の魔獣買い取り価格査定にボーナスを乗せるといったものだ。


 また国からの依頼も回してくれるようにもなる。


 ファルクランクはそのままギルドからの評価を表しているため、国から回ってくる依頼は「ギルドランク2以上」といった制限が設けられているらしい。


 国からの依頼はギルドからの依頼よりもさらに高額な報酬が用意されている。


 ファルクランクの向上というのは、ファルクとしての仕事の幅をより広げることに繋がるのだ。


「指名依頼の内容もさまざまよ。指示された魔獣素材の納品もあれば、特定の魔獣討伐依頼もある。国から回ってきた依頼をそのまま受けるように指名されることもあるわ」


 ランクはそのままファルクとしてのブランド力にも寄与する。


 ルシアとしては一刻も早く、ランクを上げていきたいところだろう。


「つまりルシアは、この指名依頼というチャンスを活かして、どんどんランクを上げていきたいというわけね! 現在の最高ランクだという〈アリアシアファミリー〉は、どれくらいなの?」


 リュインは同じ〈フェルン〉がマスターを務めているファルクが気になるようだ。まぁ俺も気になるけど。


「〈アリアシアファミリー〉は今の魔獣大陸で最高ランクのファルクなんだけど。そのランクは8よ」


「ランク8のファルクか……」


「ええ。ちなみにおじいさまのファルクも8だったわ」


 つまり現状、ファルクとしての最高位が8ということだ。


 それ以上あるのかはわからないが、アリアシアの働き次第ではさらに上昇することもありそうだな。


「指名依頼とランク、それにファルク側のメリットはわかったよ。それで? ギルドの依頼内容はなんだったんだ?」


「これよ」


 そう言うとルシアは机の上にペーパーを乗せる。今朝ギルドに行ったときに、職員から渡されたらしい。


 そこに書かれている文字を見て、アハトはほぅと頷いた。


「賊の討伐……ですか」

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